Side S
「翔くん、やっぱこれ、結構時間かかっちゃうよね…」
セットに向かって歩きながら振り向くと、智くんは眉をぎゅっと寄せて困った顔をしていた。
「ニノと…話さなきゃ…」
「智くん、集中して、巻きで終わろ?」
「うん…」
智くんはそう言ったものの、心ここにあらずなのはよくわかった。
撮影に入っても、全然表情を作れていない。
目で智くんに訴えると、思い切るように深いため息をついて、急に冴えた表情になった。
俺はカメラに向かって微笑みながら、もう一度頭を整理しようと、さっきの収録前の様子を一生懸命思い出した。
ニノが楽屋にいて…リリティがやってくる。
『この間のこと、どうですか?』
『決めたよ。あとで行く』
『他の人交えて飲んでるだけだし』
この時点ですでに嘘だった…
2人だけだった、と思われる日があるから…
『お祝いの打ち合わせしてるだけ』
ってことは、これも嘘なんだろうな…
『10階の西のはじですよ。お待ちしてます』
楽屋の場所…
ニノは、なんでアイツの楽屋に行くんだろう…
「決めた」結果を話すのか…
わざわざ対面で話すということは、メールや電話では抵抗があって、他の人に知られたくないということ。
…取引。
ごく普通の単語が冷たい響きを持って、俺の頭に浮かんだ。その考えを取り消したい気持ちと、それしかないだろって叫ぶ理性が俺の中で闘う。
しかし、だとすると、何を取引すんだ…
何かの代わりに、何かを要求されている?
ニノが今、守りたいもの…
俺はちらっと智くんに目をやった。すごく真剣な表情で、カメラと向き合っている。
振りのレッスンのとき、智くんに関係あるか聞いたら、ニノは否定しなかったな…
智くんを守るために、ニノは…
とすると…
その代償は…
智くんと、引き換えになるようなもの…
ニノ自身、か…
自分で言った「あの人はどっちもイケる人らしい」って言葉が、重い響きを伴って浮かんでくる。
ニノ…
俺が芸人さんと飲みたいって言ったら、今度誘うよって笑ったニノ。
アイツの楽屋、行くな…!
思わず奥歯をぎりっと噛みしめる。
携帯は楽屋だし、第一、撮影中だから、ニノと連絡はとれない。
撮影の方ははいろんなカットを要求されて、全く終わる様子がない。
さっき、俺たちの収録が終わってから、随分と時間が経っていた。
くそっ…ニノ…!
俺はにこやかに笑顔をカメラに向けながら、拳を強く握りしめた。