一番好きな季節は、季節が変わる時季、と言った人がいた。
詩的な表現だな、と思う。俺は、どの季節も、どの季節と季節の間も、特別に何かを感じたりしない。だけど今、少しだけ開けた窓の隙間から吹いてくる秋風に、どきりとするのはなんでだろう。
俺は、飲み残したアルコールの瓶をリビングからキッチンまで、裸足の足でぺたぺた音を立てて運びながら、一瞬思った。一瞬なのは、考えた瞬間に答えが出ていたから。その答えに、自分でも呆れて脱力する。
俺は、飲み残したアルコールの瓶をリビングからキッチンまで、裸足の足でぺたぺた音を立てて運びながら、一瞬思った。一瞬なのは、考えた瞬間に答えが出ていたから。その答えに、自分でも呆れて脱力する。
———もうすぐ、誕生日だから、か。あなたの。
ああ、いやだ、こんなの。俺はため息をついた。重い。自分がすごく重い気がして嫌になって、俺は乱暴に瓶を冷蔵庫にしまった。あの人なんかに、こんな風に思うなんて。パタン、と冷蔵庫の扉が軽やかにしまる。
ホントに、あの人にこんな風に、思うなんて…
「あの人」はさっき、「ねみぃ」と呟いて、早々に寝室に行ってしまった。今ごろ、すやすや眠っていることだろう。あの人の寝顔はいつも平和で、それを想像すると、それまでの気持ちに反して俺の口元は緩んだ。こっそり、ちゅうでもしてやりますかね。俺は存外、あの人の寝顔が好きなのだ。
それにしても、今年の誕生日は何をしたらいいんだろう。俺は歯ブラシに歯磨き粉をつけながら考えた。もう考えうるすべての欲しそうなものは贈った。そもそも、金で解決出来ることは、お互い、もう十分に享受している。
その上で、あえて欲しいもの…
ああ、いやだ、こんなの。俺はため息をついた。重い。自分がすごく重い気がして嫌になって、俺は乱暴に瓶を冷蔵庫にしまった。あの人なんかに、こんな風に思うなんて。パタン、と冷蔵庫の扉が軽やかにしまる。
ホントに、あの人にこんな風に、思うなんて…
「あの人」はさっき、「ねみぃ」と呟いて、早々に寝室に行ってしまった。今ごろ、すやすや眠っていることだろう。あの人の寝顔はいつも平和で、それを想像すると、それまでの気持ちに反して俺の口元は緩んだ。こっそり、ちゅうでもしてやりますかね。俺は存外、あの人の寝顔が好きなのだ。
それにしても、今年の誕生日は何をしたらいいんだろう。俺は歯ブラシに歯磨き粉をつけながら考えた。もう考えうるすべての欲しそうなものは贈った。そもそも、金で解決出来ることは、お互い、もう十分に享受している。
その上で、あえて欲しいもの…
釣り…とか、釣りする時間、とか?
うーん、と頭のなかでうめいて、口の中の泡を吐き出す。俺じゃどうしようもできないな…一緒に行けないし、時間はあげられない。
あげられるもんなら、あげたいな…
ゲームばかりして、空白の時間を埋めるのにも飽きてきた。この一見勤勉だけど怠惰とも言えるプレイ時間で、あなたが笑顔になるなら、どんなに素敵なんだろう。
歯磨きを終えた俺は、そっと寝室のドアを開けた。意外にも大野さんはまだ起きているようだった。ベッドにうつ伏せで寝転がり、スマホを眺めている。
「起きてたの」
「一瞬寝たんだけど…なんか目さめちゃって」
「…年ですか?」
俺が聞くと、大野さんはスマホの画面を見たまま、「ふふ」と短く、小さな声で笑った。
「もうじいちゃんかもね…朝もなんか起きちゃう日あるし」
俺もベッドに入って、大野さんのとなりに寝転がった。秋の室内のひんやりした温度の中で、薄い掛け布団を羽織った大野さんの体はちょうどいい温かさだ。ぴたっとくっついて、鼻先をパジャマを着た大野さんの腕に押し付けると、大野さんはまた「ふ」と笑った。可愛いな、と思った。
この人と、ずっと一緒にいたいな…
そんなこと口にしたら、笑われそうだ。俺はその代わりに尋ねた。
「今年の誕生日、何か欲しいものある?」
「んー、あ、そっか…」
大野さんは、少し考え込むようにゆっくり呟いた後、スマホを脇に置いた。
「別になんもいらねぇよ」
「んー、でもなんかあるんじゃない? めんどくさくて買ってないものとか」
大野さんは、枕に頭を置いて、こっちを見て口を尖らせたまま「うーん」と考えているようだった。
「物じゃなくてもいいの?」
「…いいよ」
一瞬、さっき考えていたことを見透かされていたのかとどきりとした。
「んーとさ…お前もさ、もしかしたら欲しいもん」
いきなり、もじもじし始める大野さんに、頭の中がはてなマークで満たされる。
「俺も、欲しいもの?」
「あーっっ…あぁ…やっぱ無し、ごめん」
大野さんは慌てて、手を振って掛け布団を鼻まで引き上げた。
「なんだよ、言いなさいよ」
ふざけて笑いながら、両手で肩を掴んで揉むと、大野さんはくすぐったそうに肩をすくめる。
「わかった、やめて…やめてって」
俺が手を引っ込めると、大野さんはこちらを向いた。にこ、と笑った顔にドキドキする。
ああ…重いぞ、俺…
大野さんは照れたように笑って、素早く呟いた。
「朝から晩まで…お前といてぇ」
「え⁈ 」
心臓が止まりそうになった。ドキドキ言ってた胸の音が、ドキン、ドキン、に変わる。
「へ、何?どういうこと…」
「…まんま、だけど…」
大野さんは口を尖らせたまま、呟いた。
まんま…って…
大野さんの言葉を、頭の中で反芻する。瞬く間に、顔が熱くなって、俺は下唇を軽く噛んだ。
「お前も欲しいかは…わかんねぇや…ごめん!」
大野さんは、顔を真っ赤にしてそう言うと、くるりと寝返りを打ってあちらを向いた。
俺は慌ててその背中に額をくっつけた。
…欲しいよ…俺も、欲しいもん、だよ、すごく…
俺は大野さんの体に、腕を巻きつけた。
…なんだ、この人も相当重いな。