もう1つの 明治維新 その2 | お試しブログ
2016年02月13日(土)

もう1つの 明治維新 その2

テーマ:古代 (こだい / 誇大) もうそう

2015年の終わりころ、
明智光秀の子孫である明智憲三郎氏が本を出版し、

その反響からテレビ番組に出演したようです。

 ⇔ すると! 

net 上は『炎上』 したという。


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明智光秀は、織田信長の家臣でありましたが、「本能寺の変 (謀叛事件)」 で織田信長を亡ぼしていました。http://s.ameblo.jp/yuukata/entry-12111360603.html

明智光秀の子孫である明智憲三郎氏が 「本能寺の変 (謀叛事件)」 について『豊臣秀吉が‥ 』というと、
net 上は『炎上』 したという。

*今でも比較的、東日本には徳川家康 ⇔ 西日本には豊臣秀吉のファンが多いようです。

自分はその出版本やテレビ番組は見ていませんが、よく云われるのは『 「信長公記」 という信長 伝の著者・太田牛一は豊臣秀吉の家臣で‥ 』→ 「信長公記」 ≒ 歴史本は豊臣秀吉が作り、その  「信長公記」 を参考に後世の歴史家が‥ と云われています。

『信長公記』の著者は 「太田牛一」 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/太田牛一

太田牛一は尾張生で、「本能寺の変」 後には織田家臣の丹羽長秀に仕え、長秀の没後に豊臣秀吉に仕えている。『信長公記』は長秀・秀吉家臣時代の記録をもとに編纂されたと考えられているようです。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/信長公記


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太田牛一のお墓は『摂津国豊島郡池田 (今の大阪府池田市)』にあり、子孫が建てたといいます。

『摂津国豊島郡池田』には池田城があった。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/池田城_(摂津国)

池田城の築城年は建武元年(1334年)前後で池田城のあった大阪府池田市の市木は『クスノキ』になっていました。* 「建武元年」 という年号と市木が『クスノキ』になっているのは、建武の新政 時代・後醍醐天皇や楠木正成など → 南北朝時代の南朝勢力に所縁 (ゆかり) ある名前と思われます。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/南朝_(日本)

*鎌倉時代 (武の政権) → 建武の新政 (公の政権) 時代 → 南北朝時代 (2つ朝廷の政権) → 室町時代 (武の政権) → 戦国時代 (不安定な時代) → 江戸時代 (武の政権) → 明治時代 (公の政権) → 続きました。

江戸時代 (武の政権) ~ 明治時代 (公の政権) に再び『王政復古』しましたが、 建武の新政 (公の政権) 時代 と 明治時代 (公の政権) の『王政復古』はまったく意味が違うといいます。

建武の新政は後醍醐天皇による 「君主制 (王政) 」 の政権で、わずか2年半ほど行われていました。


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内容は複雑化していますが、
「信長公記」 の著者・太田牛一のお墓が『摂津国豊島郡池田 (今の大阪府池田市)』にあること、豊島?摂津?池田?太田?という名前について、不思議に思う事がありました。

結論からいうと、
織田信長の家臣 > 豊臣秀吉も徳川家康も 「本能寺の変 (謀叛事件)」 の黒幕 (くろまく) であったと考えて見ました。*一歩間違えると危険な考えであるが‥

摂津国は南北朝時代に南朝勢力の居点で、戦国時代に起きた政変 (本能寺の変) に関与した徳川家康が利用した勢力が 南北朝時代の南朝勢力であった?‥ と考えて見ました。*もとは松平家康 (後の徳川家康) は南朝勢力の新田家より、「徳川 (源氏)」 という源氏の氏名を受けて『征夷大将軍』に任命されています。

織田信長の時代の出来事として 「石山本願寺の焼き討ち」 や 「キリシタン弾圧」 など‥ 摂津国を舞台としており、日本を代表するキリシタン大名・高山右近も一向宗 (浄土真宗) の僧侶・顕如 (石山本願寺の) など‥ 織田信長に不満を持つ勢力が満載でした。

また、豊島?太田?池田?という名前についても、とても偶然とは思えない組合せが見られます。


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前回のブログで、

儀間真常は「住吉三神」 を持ち帰り、http://s.ameblo.jp/yuukata/entry-12127385306.html 

と、載せていましたが、儀間真常も一向宗 (浄土真宗) の信徒で、持ち帰った木綿の種や 「住吉三神」 、後の『黒糖生産法』など‥ 非常に重要な意味を持っていたのでは?‥ 思う事がありました。


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明治維新の資金源は 「サトウキビ / 黒糖の生産」 → 原動力 (思想) には『朱子学 (儒教の1種)』で、その関連性がとても偶然とは思えないほど、見られます。