「残業代ゼロ」制度と過労死 | 山本洋一ブログ とことん正論

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元日経新聞記者が政治、経済問題の裏側を解説!

 厚生労働省は16日、高賃金の労働者を対象に労働時間規制をなくす「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」の骨子を発表しました。労働の効率性を高める効果が期待されますが、「長時間労働を助長する」との懸念もあります。増え続ける過労死を助長しないためにも、丁寧な制度設計が求められます。


 報道では労働時間規制の話題ばかりが取り上げられていますが、厚労省が公表した「今後の労働時間法制等の在り方について」は「働き過ぎの防止」や有給休暇の取得促進などが中心。その中の一部として「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)の創設」が盛り込まれました。


 具体的には年収1075万円以上で、金融商品の開発、為替ディーラー、アナリスト、コンサルタント、研究開発業務等という5つの業務を対象に、時間外や休日などの割り増し賃金、いわゆる残業代の支払い義務を撤廃する方向。企業側には長時間労働の防止策を講じることや、医師による面接指導などを求めるとしています。


 資料はこちら。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000071224.pdf


 現状は一日8時間、週40時間を超えて働くと残業代が発生するため、同じ成果を出した場合でも、長時間働いた労働者の方が多くの給料を受け取ることになります。個人的には会社員だったころから「この制度は不公平ではないか」という思いがありました。


 同じクオリティ、同じ量の記事を書いても、それにかかる時間は記者によって異なります。特に記事を書くスピードは記者によって全然違いますが、執筆が遅い記者の方が多くの残業代をもらうのです。これでは「早く仕事を終えよう」というインセンティブは生まれませんし、むしろ残業代を稼ぐためにダラダラ働こうと思う人もいるでしょう。早く家に帰れば家族にも怒られかねません。


 実は私が日本経済新聞社に入社したころ、記者職は残業代を含めた「業務手当」の額があらかじめ決まっており、いくら残業しても給料は変わりませんでした。つまり今回の制度を先取りしていたのです。ところが入社一年目の役所の指導が入り、残業代が発生する仕組みに変わりました。


 制度の変更によって残業代を稼ぐために、ダラダラと働く記者が増えました。労働効率、労働生産性は悪化したことでしょう。記者と言う職業こそ、「成果型労働制」に適していると思います。新制度は会社側のメリットが大きいように言われていますが、成果給を求める労働者も多いでしょう。


 一方、「長時間労働を助長する」という懸念も理解できます。いわゆる過労死はここ十数年の間に増え続けており、労災で認定されただけでも、過労による脳・心臓疾患の死者数は年間290人(2013年度)にのぼります。


 昨日の中日新聞に、こんな悲しい記事がありました。2011年に死亡して過労死と認定された男性(当時33歳)の遺族が勤務先の宅配ピザチェーンに損害賠償などを求めていた訴訟で、和解が成立したというもの。記事によると男性は2010年に複数店舗を管理するゼネラルマネージャーに就任。毎月の時間外労働が80100時間にのぼったそうです。妻によると、昇進後から「体がついてこなくなってきた、早死にしそう」と漏らしていました。


 男性が亡くなった当時、妻は長女を妊娠中。長女が生まれてからは父親を感じてもらおうと食事の時に男性が好きだったビールを食卓に置き、家の至るところに男性の写真を置きました。長女が1歳になったころから写真を指差して「パパ」と呼びかけるようになり、2歳になった最近はそれに続け「パパいないね」とつぶやくというのです。


 我が家ではちょうど一昨日、長女が2歳の誕生日を迎えたところ。最近、「誰々いないね」と話すようになったこともあり、この記事がグサッと胸に刺さりました。父親が天国で見ていたら、呼びかけられるたびに涙を流しているでしょう。こんな悲しい家族を増やしてはなりません。


 この男性の仕事がどれだけ大変だったかわかりませんが、過労の度合いは職種や会社、労働者の体力や年齢によってまったく異なります。私は記者として最も忙しかったころ、月の時間外労働が250時間を超えたことがありました。もちろん体力的にきつかったですが、やりがいに燃えており、自分の意思で朝4時台に家を出ていました。今より若くて体力もあったので、「早死にする」とは思いませんでした。


 新制度を会社が労働者を酷使するためのツールにせず、むしろ無駄な長時間労働を減らすためにも、労働者の健康状態をきめ細かく把握し、労働者の意思を反映させる仕組みとすべきです。そのうえで労働生産性を高め、潜在成長率を引き上げる仕掛けとして、企業には堂々と活用してほしいと思います。