これは久坂玄瑞の2回目の手紙、

長い手紙で、読むのに苦労しました、また

読み下し文がないので、読み誤りがない事を願うばかりです。

久坂は彼なりに反撃しています、がどうでしょうか?



「再び吉田義卿に与う書」


六月六日かたじけなくも尊報賜わり、読了、憤激す。一言座下に言いたき事あり。

貴殿からの来書に言うところの、“凡そ国勢を論ずるに、上は神功皇后、下は秀吉が可であり、時宗は国勢を論じるには不足であるなり”に関して。


さて、現今においては日本の気は行き詰まり、力は挫け、そして益々あたふたとしているのが本邦の勢いである、すなわち勢いは退いていると。

一方、艦船は巨大であり、砲は大でありそれを以って我が国を窺っているのが外国の勢いであり、すなわち勢いは進んでいると。


古人に言葉があり、“我一歩引くは、彼一歩進むと”。

外国の勢い一歩日進し、本邦の勢い一歩日退している。

退者は必ずよろしく守らなければならない。守ればすなわち一歩進む事が出来る。

我が国が一歩進むことは、すなわち外国は引かず守らずという事ではなくなる。我が引き守ることを以って、彼の進攻を変える事ができるのだ。


神功皇后の三韓における場合とか、秀吉の朝鮮に於けるとか、波頭万里を越え海外で武勲を建てた者は、“守る所ありて、後攻める所ある”を知っている。

現今はそうでなく、

日本の気はゆき詰まり、神功皇后の気が伸びている状態でなく

力くじけ、秀吉の力が振るっている様な状態でもない。


アメリカ・イギリスの強き事はかつての朝鮮の弱きと、比べ物にならない。

今日の勢いは昔日の勢いとは比べ物にならない。

また、鳥銃・大砲については、外国の数里に届くものとは比べ物にならない。

我が方の戦艦は、彼の城壁のような軍艦には及ばない。

海外に出兵しようとしても出来ない相談である。

そうであるから、神功皇后・秀吉の行動は昔日において実行可能で今日においては不可である。


しかし、今日において可能なのはただ時宗の例だけである。時宗は元使を斬ったのである。

そこで天下の人皆が言うに、元軍が必ず攻めてくると。そこで弓の弦をひき、剣を砥ぎもって元軍を待つ。元軍が来、一戦をまじえ、これを全滅させた。

今はこのようにすべきである。


すなわち、ゆき詰まる所の気を奮い立たせ、くじける所の力を必ず伸ばす。


我が守りに余裕があれば、彼あえて進まず、我すぐに進むのである。そして正にこの時にあたり、神功皇后・秀吉の行動が出来、武内とか清正の行動が可能になる。その武勲を建てること昔日の如くは、もとより困難なことではない。言うところ守をもって攻めを変える、これなり。

そしてある人(松陰)が言うに、使いを斬る行動は癸丑に行なうのはいいが、今は事機を失していると。

(松陰の言う如く)袖に手を入れ、傍観・坐観するのと、(私の言い分)その成果はどうであろうか。


私は言う、兎を見つけてから犬を求めても遅くないのである。羊が逃げ出してから柵をなおすのも遅くないのである。どうして事機すでに失していると言うのか。

外国の使いを斬り・寸断する事は武威を以って四夷に示す事である。

我が守り有りて、しかる後彼を攻めるべし。

彼なんぞ進む事が出来ようか。そうではなく彼の力、益々くじけ気は益々ゆき詰まり、そして遂にその言葉が未開人の、もずの鳴き声のような意味の通じない言葉(孟子)になりその服が左前(論語)になるのを知るのみ。


郁離子に曰く、一指の寒さは、その手足に及ばずもだえさせない。手足の寒さは、その身体全体に行き届かずもだえさせない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%89%E5%9F%BA

(劉基・郁離子・いくりし)


また古語に曰く、黄河が決壊すれば水を止める事が出来ない。魚が煮崩れすると元に戻す事が出来ない。


これはすなわち、

魚を元に戻すには煮崩れの前に止めなければいけないし、

黄河の水があふれるのを止めるには決壊をしない様に、しなければならないのである。

寒さにもだえても、それが身体にまで行き届かなければいいのだ。そして天下の禍を除くには、もずの鳴き声とか左前の服を着た未開人・外国人をいなくし、

そうすべきなのである。

ゆえに、袖に手を入れ、傍観するのは駄目なのであり、旧習を守る因循維持は駄目なのである。


従って即座に使いを斬るという事が、天下の大計になっていると言える。これでも時宗が国勢を論じるに以って不足であると言えるか。



それ、誠(玄瑞)の務めは医である。弓馬刀槍にあらず。舟船銃砲にあらず。将軍にあらず。使役にあらず。ただの一医生、しかして天下の大計をもってそれを言うことは、外交交渉をする身分でない事、よくわかっている。

義卿(松陰)に言われなくても、いずれ知るなり。


そこでもし、用兵が剣矛を交え、大砲を互いに撃ちあえば、

すなわち戦闘の際、区々(小さな)の私は刀圭(とうけい・医者)として働き犬死する、そしてやむのだ。

これは天下国家の為に死ぬのでなく、一身の為に死ぬのである。


平生は気持ちのよい生活をしているが、今は憤激に堪えない。

憤激のあまり心これを発し、紙これを書く。そしてあえてその無益を以って人に語らず。


義卿の人となりが豪傑の士であることを知っている。

だからその豪傑ぶりを、ひそかに告げるものがいる。


そして義卿は、慷慨を装い、気節(意気と節操)のふりをする者、不遜の言を責める、

しかし私は、どうしてそれに屈しないといけないのか。

医者が、天下大計の事を言うのに対し、人は必ず信ぜず。信ぜずんば、即ち口焦げ唇爛れ言っても天下に裨益なし、むべなるかな。

そうであっても、誠(玄瑞)が大計を言う、これ即ち憤激の余り出てくる所であり、もとより強く貴いものではない。


今、義卿の返答にある罵詈・妄言・不遜は大変なものだ。

誠は一人怪しむ、義卿が“言葉以って有る”か、と。(有言実行か?)

もしはたして、“言葉以って有らば”先の日、宮部生が賞賛した所を納得し、誠は義卿を以って豪傑となす。

また、そうでないならば、紙に臨み憤激し、そのまま書を破り捨てさる。

(臨紙憤激不覚撃案)


誠が再拝謹白。