前回は、知覚と幻覚・夢の違いを基に、懐疑主義が誤っているとの著者の主張でした。これは、表面的な話であって、根本的なものでないのは明らかだとの批判を加えました。つまり、脳が認識するメカニズムに迫らないで、“見え方が違うから、認識の方法も異なるのだ”というのですから、論理の飛躍が見て取れます。
知覚も幻覚も見えている事に対しては同じです。現にみえているのですから。
そして、見ている・認識するのは同じ、一つの頭、一つの脳です。
認識に関して違いがあるとは考えられません。
加えて、“認識が直接である”とはどう言う事なのでしょうね。
では今日も、「意識は実在しない」河野哲也から、「水槽の中の脳」について。
この水槽脳は、有名な思考実験の話しですから今更、詳しく説明しませんが、本書では、
「私たちは、実は、すでに身体を失っていて、脳だけが培養液に浸されて水槽のようなものの中で生かされている。脳神経の末端は超高性能のコンピュータにつながれていて、このコンピュータから、現実と区別がつかないほど、ありとあらゆる情報が脳に送りこまれてくる。実際に、身体の内部からのものであろうと、外部からのものであろうと、あらゆる情報はすべて神経というチャネルを通して与えられるのだから、それと同じ情報をコンピュータで作成して、脳に送りこめばいい。」と言う設定です。
「私たちが見ている世界がバーチャル・リアリティではないと言い切れるだろうかという思考実験である」のです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%A7%BD%E3%81%AE%E8%84%B3
この思考実験から、水槽中の脳は、
「普通に世界を経験しているのと同じような正常な心的状態をもてるだろうか」というのが、問題になるのです。
この思考実験の提唱者パトナムはそれに対し
「水槽の中の脳は、身体を持たず、環境から切り離されているゆえに、自分に与えられた刺激を外界の対象と結びつける能力に欠けている。」
「環境と相互作用する身体を持たない脳は正常に作動しないはずだと結論する。」
と。
著者はそれに対し「その通りであろう。」と賛意を示されます。
それに対する常識的で当然起こる反論
「だが、もし、自分の運動感覚や行動した身体的変化もコンピュータによって与えられ、それが外界の変化と連動しているとしたらどうであろうか。」に対して著者は、
「そのように、なりそうにもない。」と現実とバーチャル・リアリティが同一になり得ないと断定します。
双方向の情報のやり取りを行なっても駄目と言うのです。
その根拠として、たとえば小石を砕いたり、酸・アルカリの浸すとか、さらのは人類初の実験を試みた場合、「これらの私が行なったさまざまな行動的な働きかけは、これまで人類が試みた事の無い実験だとしよう。それに対する小石の反応変化をすべて事前に知り尽くして、ぃれまでの私たちの科学的知識に整合するような刺激を脳に送ってくるコンピュータなど存在するだろうか」と。
「従って、私たちの知覚している世界は、現実だ。なぜなら、知覚とは刺激が脳に到達するだけの受動的な過程ではなく、環境のはたらきかけて、何かを探索していく能動的な行為だからだ。」と。
そしてその結論として
「知覚は、実在世界とインターラクションする探索行為である。従って、知覚行為は実在世界の中に組み入れられている。知覚行為は、幻覚や夢を「見る」体験とは決定的に異なるものであり、その間には共通の要素など無い。すなわち、先程の「赤いリンゴを見ている」知覚と「赤いリンゴを見ているようにみえる」幻覚の間には同一のクオリアなど存在していないのである。」と言われます。
そうでしょうか、私には、
以上の論理には、問題のすり替え、検討の杜撰さが目に付き、全く首肯できません。
先ず、問題のすり替えとは
当初は脳と外界のチャンネルである入出力神経系の話で、外界をコンピュータに置き換え、この時に現実とバーチャル・リアリティが同一かどうかを問題にしていましたが、
“人類が試みたことのない実験の結果”を予想できるコンピュータなど存在しないと、現実をそのままでは十分予測できない時の不合理を問題にしています。貰う情報が悪いだけなのです。これは問題のすり替えです。
当然ですよね、出来の悪いゲーム機にはバーチャル・リアリティに不満を持つのは当たり前のことですから。
ちゃんとした情報があれば水槽中の脳は納得する話です。
ということで、検討の杜撰さは、使用しているコンピュータにあります。この実験は思考実験であるはずです。ですから思考できる事はその可能性で実験を行なわなくてはいけません。
その可能性とは、超高性能そのコンピュータが実際の実験を行ないその結果を高速で、正確に、ありのままを、水槽中の脳に伝えればいいのです。ものコンピュータは人類初の実験も行なえるのです。
当然、水槽中の脳の意志(これこれの実験をしよう)はコンピュータが即時の解読します。
思考実験ですから、
痛いという感覚から、富士山のきれいな景色、自転車ののった感覚・操作、ナイフとフォークでもってビフテキを食べ美味しいと思える、何でも出来ます。
全ての情報を、実際の神経情報が伝えるスピードでやりとりをする。
すると自分の脳を直接見る事ができない水槽中の脳は、自分が水槽で飼われている事を認識できない。
さらに、
人類初の実験も出来るし、ノーベル賞が貰える結果も出せそうです。
水槽中の脳も、飛行機に乗りスエーデンまで行き、ノーベル賞を貰えば納得するでしょうね。