インド仏跡巡礼⑨インド国境 | 創業280年★京都の石屋イシモの伝言

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◆京都の石屋 石茂 芳村石材店◆部録/石のセレナーデ
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午前9時20分、ルンビニ遺跡公園を後に、バスはブッダ入滅の地
クシナガルへと向った。

釈尊生誕の地から、一気に、釈尊入滅の地へ。
かなり、気が速いと思うが、コースの都合で、仕方ない。

バスには、インド人のガイドと、ドライバー、スタッフ、そして、
日本人の添乗員が乗って、今日から5日間、旅の世話をしてくれる。

バスは大型。座席は、ほぼ一人二席くらいで、ゆったりと乗れる。

外観は日本のバスと変わらないが、運転席と客席の間が透明板で、
完全に仕切られ、電車の運転室みたいなのが面白い。

予定では、インドへの国境を越え、途中のストーパに寄り、釈尊
の実家のカピラ城跡を見学。そしてクシナガルまで走り、涅槃堂と、
釈尊が荼毘に臥したラマバールを見て、今日のホテル着である。

走行距離、約180kmm。だが、予定が未定なのが“インド時間”。
行程表の時間割にも大きく、午前、午後、としか書かれて無い。

大きな不安を引き摺りながら、バスは国境をめざし走って行く。

                ◆

ルンビニ遺跡公園からインド国境までは、約1時間10分で着いた。



道はきれいに舗装され、道路に明確なラインは、引かれて無いが、
片側3車線程あり、その外側の歩道も、広場のように幅がある。

建物は鉄筋コンクリート造で、2階、3階のビルが多い。

建物の1階は、おおかた店に使われ、活気を感じるが、何故か、
美女が、コーラをラッパ飲みする、赤い看板が目立っている。



建物前に開けた場所も、普段は、もっと屋台が出ているのでは、
と思うが、朝から降る雨のせいか、空間は、マバラである。



それでも道路上の人々は、雨などオカマイナク、自転車はこぐは、
リキシャは走るは、大型トラックやバスに負けじと、飛ばしてる。

路面が濡れ、砂埃こそないが、靄のブレンドで、町の彩度は低い。

そんなこんなの風景を眺めながら、バスは国境のある町へ着いた。

ここまでの行程は、道路状況がすこぶる良く、渋滞もなかった。

どうやら、出発前の心配は、取り越し苦労だったようだ。
それにしても、やたら人と車の数が多いのは、気になる。



バスは、国境近くで徐行し、ゆるゆる走り、やがて停止した。
添乗員がパスポートをまとめ、手続きのため、外へ走る。

そしてバスは、添乗員を待たずに、プシューっと扉を閉め、走り出す。
路上に止めると渋滞する為、国境を越えた場所での待機である。

反対車線には、大型トラックが、長蛇の列をつくっている。
日本のトラック野郎と同じく、色々に外観を飾り、見ていて楽しい。

だが、もうすぐ、国境。初めて国境を見る事に、ひどい緊張が走る。
高い塀に、有刺鉄線、目の鋭い、武装した兵士たち‥

と、思いきや、国境は、良く見かける、紅白の踏切バー、であった。
今にも、嵐電が、プワーンって、おこしやすような^^



マァ、このほうが、ビビらなくて、エエけど、ね。

バスで待機すること、約1時間。
11時30分、インドへの入国手続きは、無事に完了した。

さて、いよいよバスは、遥かなるインドの道を、走るのである。



インド仏跡巡礼⑩へ、続く