白いカーテンが
窓越しに揺れている
店先の看板には
白地に薄い青で書かれた
「レトロ喫茶室」の文字
よく見ると
薄く剥がれかけている
けれど
初老のオーナーはこの看板を
替えようとはしない
*
学生バイトが一人
暇を持て余すように
看板をいつものように
乾いた雑巾で拭いていると
物静かな雰囲気の女性が
会釈しながら
店内に入っていった
*
*
*
『青いクリームソーダ』
お気に入りの
クリームソーダを頼もう
キラキラの
赤いシロップが
ふわふわのアイスクリームをまとって
ほんのりお化粧をしているみたいだ
彼女は久しぶりに会う
彼の顔を思い浮かべて
ほうっとため息をついた
風の吹き抜ける特等席で
読みかけの本を出す
すると風に煽られて
勝手にページが開いた
「借りぐらしの小人の仕業かも」
そんな想像をしてしまうくらい
彼女の気持ちは浮き立っていた
*
*
*
溶けかけたクリームを
慌てて柄の長いスプーンで掬い取る
クリームとシロップはグラスの中で
緩やかに混ざり合い
甘いシロップを飲み込む頃には
ほんのりとした
ピンクのグラデーションに変わっていた
そろそろ待ち合わせの時間
少し早いけれど
彼の分も頼んでおこう
彼が大好きな
青いクリームソーダを
夕方になると
レトロ喫茶室は学生のお客で満席になる
目印がわりに頼んだ
青いクリームソーダは
つやつやとした
チェリーを乗せて
冷んやりとしたグラスの中で
凛とソーダの泡を弾けさせていた
*
*
*
綺麗な青
うっとりしながら
見つめ続けていた彼女は
ふと我に返る
そうだ、、、彼はもう居ないんだ
そう思った瞬間
一気に悲しい記憶が蘇った
*
*
*
もう3年前のことだ
遠い場所へ旅立った彼の記憶
あまりにも苦しく辛い出来事に
心が麻痺してしまった
そしてまた
同じことを繰り返してしまう
*
待ち合わせは
いつも遅刻ばかりの彼だった
それでも
何かしら理由をつけて
ごめんごめんと笑ってやって来ると
不思議と許せてしまうのだ
ふざけて
待ち合わせの時間になったら
私がクリームソーダを頼んでおくから
アイスクリームが溶ける前には
絶対来てよねと言ったら
彼はちょっと困ったふりをしながら
「いいよ」と笑った
*
もう見ることも
聞くこともできないはずの
穏やかな彼の笑顔と声
そしてここで過ごす
静かな二人だけの時間
時間を巻き戻したくて
ついこの店に足が向いてしまうのは
忘れたくない一心から
なのかもしれない
*
*
*
もう1時間はそのままだったろうか
どろどろに溶けたクリームが
ソーダに混ざり合い
まるで粘土の様な層を作っていた
事情を知らない学生バイトが
「お下げしましょうか?」と声を掛ける
初老のオーナーが
それをやんわりと制した
いいんだ
そっとしておいてあげなよ
そっと
そう言いながら
いつも通り使い終わったグラスを
丁寧に拭きあげていった
おわり
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インスタグラムにて
今回の写真を掲載しています
こちらも合わせてご覧いただけると
とっても嬉しいです✨
<レトロ喫茶室>
新シリーズ
「レトロ喫茶室」
いかがでしたでしょうか。
今回は少し切ない雰囲気に仕上げてみました。
「マダム・スイ写真館」
「願いの森」
「森のくまさん」
そして、今回の「レトロ喫茶室」と
シリーズ物がどうやら好きみたいなので(わたしが^^)
この場所を舞台にまた別のエピソードを
増やしていこうかなと思っています。
楽しみにしていてくださいね♪
前回は珈琲ゼリー。
そして今回はクリームソーダ。
クリームソーダは「ピチカートな夜に。」での撮影で経験済みですが
あの時はフードコーディネーターとして
お料理上手なemi+さんがいてくれたので
わたしは撮るだけでよかったので楽でした^^
(emi+さんあの時はほんとうにありがとうございました♪)
今回はステイホームでの一人撮影でしたから
構図の下準備をしたらクリームソーダを作るという
2段階の準備が必要で結構バタバタしてました^^;
しかもアイスクリームの溶ける速度の速いこと😭
冷蔵庫から出して移動するときにすでに溶け始めてしまい
あれ?もしかしてクリームソーダの撮影は冬の方が良い?
なんて今更な疑問も出たり 笑
一応炭酸水できちんとソーダで作りましたけど
グラスの柄が細かすぎてソーダ感ゼロだったり^^;
反省点多発な撮影でした 笑
それでもやっぱり
クリームソーダの写真は彩りが綺麗ですよね〜
そしてフードフォト楽しい♪
レトロ喫茶室のシリーズ化に向けて
また腕を磨こうと心に誓った一日でした✨←大げさw
スイ