※あまりネタバレを気にする類の本ではないかもしれませんが、本書の内容に関する記述を含みますのでご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、出某で鳥取県に行った。米子空港から出某先に向かう車窓から日本海に目をやりながら、「ここが高校時代の武尊選手がテトラポッドから身を投げようとした海岸か」と思った。

 

 

 

 

格闘家たちが華々しく激しい試合の裏側で過酷な練習や減量に取り組んでいることは、一般に知識として知られている。しかし、彼らが精神的にどれだけ追い詰められているかを我々が知る機会はあまりない。それでも、2020年3月22日にさいたまスーパーアリーナにて行われたK'ESTA.3で、ペッダム・ペットギャットペット戦後にマイクを手にした武尊の姿から、彼が相当に追い詰められていることは明白だった。試合後、武尊は突発性難聴を発症していたことを明かした。その約1年後のInstagramライブでは、一時期パニック障害を患っていたことも告白している。それらの要因が試合のプレッシャーだけでないことは、近年の彼の動向を追っている読者からすれば想像に難くないだろう。このあたりの話も本書では詳細に記されている。

 

しかし、本書で知って最も驚かされた事実は、武尊のメンタル疾患との戦いが高校時代に始まっていたということだ。うつ病を患いあの手この手で自殺を試みた描写は痛ましく、第3章を読み終えてからしばらくは半ば放心状態に陥ってしまった。うつ病を発症した要因として彼は「減量」と「孤独」を挙げているが、その前段階として完璧主義的な性格も災いしたようだ。競争でトップに立つ人間は性格が悪くてナンボ、などとよく言われる。そんななかにあって、武尊は幼少期から周囲に気を遣う性格の持ち主であった。母親と蟹味噌にまつわるエピソードなどは、図太くてナンボの世界に生きる人間のそれとしては、微笑ましくも“異質”にさえ感じられる。

 

でも、だからこそ、武尊は現代のヒーローだと思う。格闘技はあくまでリング上での技術・体力・気持ちのぶつかり合いであり、そこに〈物語〉やら〈表現〉やら〈人間力〉やらを挟み込む広告代理店的な思考を、私は好まない。6月に対戦が予定されている那須川天心と比べても、試合におけるパフォーマンスが好きなのは天心のほうだ。そんな私も、武尊の試合に心震わされる瞬間は幾度となくある。それは、良い意味で時代を象徴/リードする存在として彼に期待してしまうことと無関係でないのかもしれない。私にそう思わせた一つの事例として、木村花さんの自死をきっかけにソーシャル・メディアでの誹謗中傷が話題になった時のことがある。「そんなに誹謗中傷したいのならみんな俺にしてください」と天心がツイートする一方で、自身の経験も踏まえて現実的な解決策を提示していたのが武尊だった。

 

諸要素を勘案した結果、両選手とも好きなので、6月のビッグ・マッチについてはどちらにも肩入れしないことにしている。ただ、『光と影 誰も知らないほんとうの武尊』を読み終えた今、これまで人知れず苦労を重ねてきた武尊がLAやデンバーでMMAの練習に励む姿を想像し、勝手に応援したくなってしまうのは、もうどうしようもない。

 

 

※文中敬称略

 

 

 

 

告知

格闘技関連のブログ記事で音楽関連の記事を告知する—それがこのブログです。

 

 

あまり音楽を聴けていない今日この頃ですが、アンバー・マーク(Amber Mark)の『Three Dimensions Deep』はかなり当たりでした! 同作から「FOMO」の歌詞解説を洋楽ラップを10倍楽しむマガジンさんで、

 

 

レビューをTURNさんで

 

 

書いています。

 

 

もう一つ素晴らしかったのが、前作『CARE FOR ME』(2018年)が個人的に年間ベスト級だったサバ(Saba)の『Few Good Things』。こちらについてはTURNさんでレビューを書いていますので、ぜひご一読ください!