ボートは僕の頭上わずか1メートルほどのところにあるように感じられた。帰国後「この距離でSZA観たんだよ」と触れ回るためにカメラを向けることもできた。でも、彼女が黒いTシャツを着たこの黒縁メガネのエイジャン・ボーイを見て歌っている(と、少なくとも僕はそう思っていた)今となっては、もはやそんなことはどうでもよかった。この瞬間をうかうか逃してなんかいられない(I can't just snooze and miss the moment)とばかりに、僕は彼女の目を見て(いるつもりだった。少なくとも自分としては)「Nobody Gets Me」のコーラスを一言一句違わず叫ぶように歌った。

 

 

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10月のLAに居るのは5年ぶり人生2回目だった。サンシャイン・ステイトとはいえ、朝晩は普通に冷えるし、昼間も陽射しこそ強いものの23℃くらいまでしか上がらない。Xを開くと、某ラッパーが某フェスの舞台裏で喧嘩したというニュースと、それについて私見を述べる人々のポストの隙間を埋めるかのように「今日、夏じゃね?」などといった声が流れてくる。遅めの夏休みを取って太陽を追いかけて来たはずなのに、こっちは普通に秋なんだが? まぁ、まだギリギリ半袖で過ごせるし、11thストリートの向こうに見える夕日が綺麗なのでいいのだが。

 

 

 

 

そうはいってもやはり、日の入り後は半袖では普通に寒くなる。会場=Crypto.com Arena屋外のテントで買った、アルバム『SOS』(2022年)のアートワークがプリントされた黒いTシャツの上に、これまた同じテントで買ったホッケーのジャージのような白いロンTを重ね、SZA『SOS Tour』セカンド・レッグLA公演2日目の開場時刻を今か今かと待ちわびた。

 

 

この日のオープニング・アクトは、SZAの姪にあたるVANS!と、藤井風とも交流があることでも知られるd4vdの2人。特にまだまだ駆け出しのアーティストであるVANS!にとっては、このツアーでステージに立つのはこの夜が2回目。客席には20歳前後の若い女性が多かったものの、ステージ上の彼女に対しては姪っ子や年齢の離れた従姉妹を見るような温かい視線が向けられていたのが印象的だった。

 

 

さて、21時15分。SZAの登場である。ステージの前に垂れ下がった幕が引き上げられると、『SOS』のカバー・アートよろしく飛び込み台の端に腰掛けたSZAの姿が現れる。金切り声が密集して地鳴りのようになった歓声。「PSA」を歌うSZA。SZAの姿に重なり合うスクリーン上のシルエット。そのシルエットは海にマイクを投げ、自らも海にダイブする。ぜんぶ、各種ソーシャル・メディアのフィードで目にしてきたとおりだ。画面には"SOS Tour starring SZA"の文字が映し出される。SZAを生で観るのは5年5ヶ月ぶり2回目。彼女が目の前に現れたことへの興奮よりも、彼女がこれから何を見せてくれるのかワクワクする気持ちのほうが上回っている自分に気づいた。

 

 

 

Setlist.fmで予習してきたとおり「Seek & Destroy」から本格的にパフォーマンスが始まる。最初に感心し驚かされたのが、SZAの貫禄だった。5年5ヶ月前にThe Forumで観た彼女も、確かに世代を代表するアーティストであったけれども、ステージングにはムラがあるようにも感じられた。『Ctrl』(2017年)にしろ『SOS』にしろ、彼女の作品を貫くものがあるとすれば、それは〈不安定感〉だと私は常々思っている。まさに、ソーシャル・メディアで日常的に弱音を吐くSZAにも通じる〈不安定感〉。でも、ステージ上の彼女は違った。特に「Love Galore」あたりをダンサーたちと共にパフォームしている時の彼女は、自信に満ちているばかりでなく、誰よりもショウを楽しんでいて、発声も安定しているように感じられた。2024年のグラミー賞で最多ノミネートされているトップ・アーティストの姿がそこにはあった。

 

 

 

冒頭で予感させられたように、この日のセットはかなりシアトリカルな構成だった。SZAらを乗せた船は荒波に遭い、ステージ上のセットは甲板を模したものから船の操縦室を模したものに変わり、「Forgiveless」のオール・ダーティー・バスタード(Ol' Dirty Bastard)のヴァースが映像と共に流れると、ステージ脇から文字どおり〈一肌脱い〉だSZAが登場して同曲をパフォームする。映像が本当に綺麗。船のセットもかっこいい。途中には「Used」からエリカ・バドゥ(Erykah Badu)の「Bag Lady」カヴァーに繋げる構成もあり、「Shirt」では海中を思わせる映像をバックに妖艶なダンスを披露する。

 

 

再び船上に戻ったSZAは「All The Stars」や『Ctrl』収録楽曲をメインにパフォームするのだが、彼女自身も観客のシンガロングを前提にしているのか、このあたりになると、イントロが流れると歌詞を頭出しするように歌ってみせ、観客の合唱を促す。そうしたなかで「Garden (Say It Like Dat)」が始まると、後列の女の子2人はその日最も大きな声でシンガロングしていた。

 

 

誰にでもその人にとってのSZAがいる。2017年の僕は、朝方にパーティーが終わると"Why is it so hard to accept the party is over?"と口ずさみながら、パーティーが終わる寂しさを紛らせていた。だから、彼女たちにとって「Garden」がそうであるように、僕にとっては「Drew Barrymore」が特別な曲。もちろん同曲もバッチリ観れた。

 

 

 

船は嵐に巻き込まれ、SZAは会場前方で救命ボートに乗って現れ、そのボートは高度を上げた。ここから「Supermodel」、続いて同じビートで「Special」のパフォーマンスが始まる。そうか、そういう手もあったか、と感心していると、救命ボートが徐々にこちらに近づいてきているのに気づく。「Nobody Gets Me」。ボートがアリーナ席後方の頭上、つまり僕のほぼ真上までやってきたかと思うと、水平方向の移動を止め、今度は鉛直方向にも距離を縮めてきた。SZAが下にあるアリーナ席を見て歌っている。こちらを見て歌っている。ボートは僕の頭上わずか1メートルほどのところにあるように感じられた。帰国後「この距離でSZA観たんだよ」と触れ回るためにカメラを向けることもできた。でも、彼女が黒いTシャツを着たこの黒縁メガネのエイジャン・ボーイを見て歌っている(と、少なくとも僕はそう思っていた)今となっては、もはやそんなことはどうでもよかった。この瞬間をうかうか逃してなんかいられない(I can't just snooze and miss the moment)とばかりに、僕は彼女の目を見て(いるつもりだった。少なくとも自分としては)「Nobody Gets Me」のコーラスを一言一句違わず叫ぶように歌った。

 

 

「Nobody Gets Me」を終えると、SZAは行ってしまった。「Gone Girl」。この日一番聴きたかった曲のパフォーマンスを、こんなにも夢見心地で観ることになろうとは。

 

 

ステージ上に戻ったSZAは、海底で錨をバックに残りの曲をパフォームする。ドレイク(Drake)の「Rich Baby Daddy」がこんなにも〈陽〉って感じの最高の曲だと気づいたのは、この時が初めてだった。

 

 

そこからはもう、無双状態。みんな大好き「Snooze」も、SZAにとって初のHot 100首位を獲得した「Kill Bill」も、「I Hate U」も「The Weekend」もやってくれた。曲の強度が凄いし、SZAのパフォーマンスもそれに負けていない。最後は「Good Days」。バックの映像が夕焼けから夜空に変わっていく様子が、とてもとても綺麗だった。

 

 

 

月並みだけれども「もうこんなスターなんだな、SZAは」と思った。それはチャートの数字を見れば当たり前なのだけれども、彼女のことを知ったのはTop Dawg Entertainment (TDE)と契約した2013年だったので、アリーナに集ったお客さんの反応を体感し、改めて「もうこんなスターなんだな、SZAは」と思った。でも、不思議と遠い存在に感じない。この日もショウが終わるとステージ脇から再登場して「20 Something」を歌ってくれて、「正直、今日は昨日よりもよかったよ」と言い、印象に残ったお客さん一人ひとりを指差して感謝の意を伝えていた。

 

そんなSZAは「Gone Girl」でこう歌っている。

 

Ain't nobody talkin' 'bout the damage pretendin' like it's all okay

全部大丈夫なふりをして 誰もダメージについて話さない

 

SZAが「もうこんなスター」なのは、彼女が「誰もダメージについて話さない」世界において、SOSを発して救命ボートに乗ることを厭わない人だからなのかもしれない。もちろん、本人と周囲の才能と努力を結集させてあれだけのものを創り上げられることが前提だけれども、それに加えて素直さ。だから僕らは彼女に会いにアリーナへと足を運びたくなるのだろう。コントロールすることを手放して、SOSを発する—そうすることでしか見ることのできない夕日もあるんだと思う。

 

開場前、Crypto.com Arena前から見た夕焼け空がとても綺麗だったのを思い出した。

 

 

 

 

告知

SZAといえば、映画のレファレンスを随所に盛り込むことでも知られているわけですが(強引な繋ぎ)、TURNさんのこんな特集に寄稿いたしました。

 

 

ぜひ読んでみてください。映画といえば、LAの行き帰りで観た『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(原題:Spiderman: Across the Spider-Verse、2023年)も『あの夏のルカ』(原題:Luca、2021年)もすごくよかったなぁ。ぜひ観てみてください!