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すまいるセラピー結び

心理セラピスト 石原由美子です

 

 

 

 

 

 

 

先月 2月28日は

実家の祖母(94)の葬儀でした

 

 

風はまだまだ寒かったのですが

日が当たると

身体がポカポカしてきて

 

 

悲しみを感じながらも

祖母を気持ちよく見送れる

 

 

そんな天候にも恵まれた日でした

 

 



 

 



 

 


昨年末には

病気が分かっていたようですが

 

実家の両親なりの判断で

孫の私にも 祖母のことは内緒でした

 

 

 

そして・・・ 2月25日の夜

 

 

母からのメール

「あと1週間かもしれない」

 

 

これを見た時には 

正直 大パニックになりました

 

 

だから 慌てて車を走らせ実家へ

 

 

 

 

 

2ヶ月前のお正月には

元気な様子で居たので

まさか!と信じられない気持ちでしたが

 

 

母からのメールは本当でしょうし

 

 

 

パニックになりながらも

溢れ出てくる涙に運転もできず

実家に着くまでに 車を止めて

わんわんと 泣いてしまいました

 

 

 

 

そして

実家に着いて見た

変わり果てた祖母の姿に

私は 一瞬 声を失いました

 

 

 

たった2ヶ月で??

あんなに元気だったのに・・・

 

 

 

だから すぐに両親に 

なんで知らせてくれなかったのか!

と 感情的に文句を言いました

 

 

 

だからって

現実が変わるわけでもなかったけれど

悔しくて 悔しくて 

両親に気持ちをぶつける私が居ました

 

 

と、同時に 

自分の気持ちに 気がつきました

 

 

 

あぁ 私は 

祖母のことが好きだったんだなぁ

大事な存在だったんだなぁ・・・と

 

 

悔しい!なんで!と

両親に本気で怒りたくなるくらい

私には 祖母が大切だったんだな・・・と

 

 

 

 

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これは

昨年9月の孫(弟)の挙式の写真(左)

 

 

 

命を引き取る数日前まで

どうにか自分で歩けていたほど

とにかくとにかく元気な祖母でした

 

 

 

だから 90歳を超えても世話要らずで

家族も 安心して

過ごさせてもらっていました

 

 

 

そんな祖母が

余りの身体の辛さのためか

 

 

介護をする母や弟に

手を伸ばして抱きつく姿を見た時には

 

 

 

もしかしたら 本当は もっともっと

こうして甘えたかったのかもしれない

 

 

 

こんな気持ちがふと湧いてきました

 

 

 

 

 

若くして 愛する夫(祖父)を亡くし

28年間 強く頑張って

私たち家族と共に暮らしてきた祖母

 

 

 

 

これが自分だったら・・・

 

 

 

そう思うと

祖母の気持ちが分かるようで

 

 

 

おばあちゃん よく頑張ってきたよ

本当に 頑張ってきたよ

 

 

 

そんな言葉が心の中で流れていました

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

また

心理セラピーの中で分かってきた 

 

 

私という人間と家族との繋がり

見えないエネルギーレベルの繋がり

 

 

 

この視点から見ると

 

 

この実家の祖母の存在は

私の人生脚本を語る上で

必要不可欠な存在で

 

 

 

私という人間の中に

祖母も(価値観)も生きていたんだぁ

 

それくらい

強く繋がっていたんだぁ・・・

 

 

こう 気付いた時にも

温かい涙が 溢れてくるのでした

 

 

 

 

 

 

 

私が 学歴とか地位・名誉にこだわる

そんな価値観をもっていたのも

 

 

世間体にとても敏感で

周りからどう思われるのか?を

中心に生きてきたのも

 

 

女性よりも男性が喜ばれ価値があると

そう無意識に感じて

男性に肩肘張るような

可愛くない 生き方をしてきたのも

 

 

お金を稼げる者に価値があると

そう感じていたのも

 

 

私の中にある

嫁というものは 女というものは

という価値観も 

 

 

 

深く 深く 紐解いてみると

 

 

そこには 祖母の存在があったこと

 

 

 

 

 

それくらい私は祖母の影響を受けて

私自身も それを受け取って

 

 

そうやって 今まで生きてきたこと

 

 

 

 

 

それが 良い・悪いじゃなくて

 

そうだったんだよなぁ・・・

 

こう 改めて

客観的に感じる機会にもなりました

 

 

 

 

 

 

また 他にも

自分の中の変化として感じたのは

 

 

 

こうやって亡くなったからと言って

全てを 心地良い感情の伴う

良い思い出にするわけではなく

 

 

 

祖母の存在自体は大好きなまま

 

 

だけれど 

 

 

祖母の中の ある一部に対しては

 

 

私は 賛成できなかった

私は 嫌だった

私は 違うと思う

私は 違う価値観を大切にしたい

 

 

 

などなど 

 

 

祖母の存在に対する想いと

祖母の中にある一部に対する想い

 

 

ここを分けて 感じる私が居ました

 

 

 

 

 

祖母という1人の人間に対して

 

 

大好きだという愛の感情もあるし

腹が立つという怒りの感情もあるし

悔しい感情もあるし

悲しみの感情もあるし

尊敬する感覚もあるし

 

 

 

祖母に対して

今も 今までも抱いている

 

 

どの感情も ジャッジせずに

全ての存在を認める事が出来ている

 

 

 

そんな新たな自分にも気付けました

 

 

 

 

 

もっと もっと 以前の私なら

 

自分の中のネガティブな感情は

なかったことにして

「故人には感謝しなきゃ」 と

そう行動していたはずだから・・・

 

 

 

 

 

 

 

そして こう色々と感じる中で

葬儀の朝 ぼーっとしていた時に

ふと 舞い降りてきた言葉ありました

 

 

 

 

おばあちゃんから受け取って来たもの

 

その中には 足枷になるモノもあるけど

強みになるモノも 沢山 あったよね

 

 

私が 私らしく生きるために

 

手放した方が良いモノもあるし

さらに強みとして活かせるモノのあるよね

 

うん あの強いあばあちゃんの中には

 

私が引き継いで活かせるモノがあるわ~

 

 

 

 

なんというか アハ体験のような

不思議な気づきが舞い降りてきました

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

私が 心理セラピーを学ばず

それまでの私のままでいたら

 

 

今回の祖母の他界の時に

どんな気持ちで居たのかは

想像もつかないのですが

 

 

 

なんというか

 

 

火葬場や葬儀の時に

自分でも 変に割り切った

すがすがしい気持ちで居れたのは

 

 

 

私の中には

これからも祖母の一部が在る

 

 

 

そう 確信的に感じられる

そんな私が

居たからだったのかもしれません

 

 

 

また 「亡くなる」ことは

決して 悪いことでもないですからね

 

 

 

 

 

 

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これは 霊柩車の後をついて

火葬場に向かっているところ

 

 

 

 

生まれてきたモノに

絶対に 決められていること

 

それは いつか命が絶えること

 

 

 

 

この坂道が 少しずつ

天へ近づく道のりと感じられたのか

 

 

この坂道を上っている時に

こんな言葉も湧いてきたのでした

 

 

 

 

 

 

 

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おばあちゃん ありがとうね

 

天国でおじいちゃんと仲良くね

 

 

 

また・・・ ねっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も お読み下さり

ありがとうございます

 

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