アイドルマスター ビューティフルドリーマー 修正版2 | アルキデスの宇宙世紀論

アルキデスの宇宙世紀論

ガンダム最高・アイマス最高

ツイッターのほうでガンダム・アイマスに関してよくつぶやいています。そちらのほうが更新頻度が高いと思われます。

ツイッター:EXolone

§4


ピッ、ピッと商品をレジに通す音が響く
響「完熟ホールトマト一缶、牛丼パック16、カップ焼きそば18、スープ付きね、コーラ1リットルペット3本、スイートコーン6、いわしの蒲焼5、シーチキン、薄力粉2袋、スパゲティー1ダース、サラダ油2つ、たらこふりかけ3ケース、おにぎり用の海苔2つ、チーズビスケット5こ、麻婆豆腐の元2つ…」
スーパーの中で集めてきた商品をレジに通して行く。
響「しめて1万とんで829円なり」
美希「さー、早いとこ行くの。また律子、さん怒らせちゃうから急がないとなの」
さあ荷物を運ぼう、とする空気の中貴音がなぜかそわそわしているから、小鳥は注意深く観察してみた。
小鳥「貴音ちゃん、そのポケットのチョコレートはなに?」
貴音「こ、これは以前より食してみたい一品でして…中に餡子が…!」
小鳥はジワジワと近寄って行く。
小鳥「ここの食べ物はフーセンガム一つといえど律子さんの許可が必要なの。この大原則を忘れたの貴音ちゃん!?この町の食料は米粒からポッキー一本に至るまで全員の重用財産なのよ!それを欲望のために手をつけたわね貴音ちゃん!?」
貴音「も、もうしわけございません!堪忍を~…!!」
ズルズルと、貴音は小鳥に引きずられ外へと連れて行かれた。美希と響はまたやってるよ、と言わんばかりの顔をしながら荷物運びをしていた。
あらかたの作業をおえた美希は中へ戻り、書類を手にしていた。
美希「1万とんで829円、借用しましたの」
判子を取り出し借用書に判を押した後、外へと向った。スーパーの外に止めてあった軽トラックの荷台にものを詰め込んだ彼女らはそのまま荷台にのりこみ、荒廃した世界を車は走り出した。




『私の名は音無小鳥。


かつては芸能事務所に務める平凡な一事務員であり、せわしない日常と戦い続ける生活者であった。だが、あの夜、飛行機のコクピットから目撃したあの衝撃の光景が私の運命を大きく変えてしまった。

飛行機で765プロ事務所に強行着陸したその翌日から、世界はまるで開き直ったかのごとくその装いを変えてしまったのだ。

いつもと同じ町、いつもと同じ角店、いつもと同じ公園。だが、なにかが違う。

路上からは行き来する車の影が消え、窓から見える高速道路の騒音も途絶え、建売住宅の庭先にテレビゲームの音もなく、ハンバーガー屋のカウンターであわただしく注文をする人の姿もない。

この町に、いやこの世界に我々だけを残し、あの懐かしい人々は突然姿を消してしまったのだ。数日を経ずして荒廃という名の時が駆け抜けていった。

かくも静かな、かくもあっけない終末をいったい誰が予想し得たであろう。人類が過去数千年にわたり営々として築いた文明とともに、西暦は終わった。

しかし、残された我々にとって終末は新たなるはじまりにすぎない。世界が終わりを告げたその日から、我々の生き延びるための戦いの日々が始まったのである。

奇妙なことに、事務所近くのスーパーマーケットは、押し寄せる荒廃をものともせずにその勇姿をとどめ、食料品、日用雑貨等の豊富なストックを誇っていた。

そして更に奇妙なことに、この事務所には電気もガスも水道もネットも依然として供給され続け、驚くべきことにDLCすら配信されてくるのである。

当然我々は、人類の存続という大義名分のもとに事務所をその生活の拠点と定めた。

しかし何故かやよいちゃんは早々と定食屋やよい軒をオープンして自活を宣言。続いて響ちゃんは事務所横にペットショップを開店。もちろん響ちゃんの家族以外に動物はいないから、ほとんど自分専用になっているらしいが。

そして伊織ちゃんは、日がな一日水瀬アミューズメントから取ってきた戦車を乗り回し、おそらく欲求不満の解消であろう、ときおり発砲を繰り返している。ますます水瀬財閥の規模がわからなくなってしまった。

あの運命の夜からどれ程の歳月が流れたのか。

しかし今、我々の築きつつあるこの世界に時計もカレンダーも無用だ。我々は、衣食住の保証されたサバイバルを生き抜き、かつて今までいかなる先達たちも実現し得なかった地上の楽園を、あの永遠のシャングリラを実現するだろう。

ああ、選ばれし者の恍惚と不安、共に我にあり。人類の未来がひとえに我々の双肩にかかっていることを認識するとき、眩暈にも似た感動を禁じ得ない。』


 〈音無小鳥著 765プロ前史第1巻 終末を越えて 序説第3章より抜粋〉




バタリと、小鳥は倒れこんだ。日射病だろうか。
美希「もぉー、帽子を被らないから」
響「言わんこっちゃないぞ」
ブロロロ、と車はそのまま青空の下を走り去った。



あの日から世界は一変してしまった。日本最大の都市に位置するこの765プロ周辺だけを切り取った亀は、気づいた時には荒野の果てのよう。さながら、昔漫画で読んだサバイバル生活を営む世紀末のようだ。しかし、そんな世界も彼女らにとっては楽園ともなりえた。日々仕事に明け暮れていた生活から解放され、一日中自由に遊びまくる世界。事務所の周りの地盤が変わり、湖と化した今では皆都会ながらも海水浴を楽しみ、その浜辺ではスイカ割りをしたり、かき氷を食べたり、ラーメン大食いコンテストをしたり、とやりたい放題であった。街中の大通りには車もいないため、各々ローラースケートやスケートボードで駆け抜ける。ひと気のないスポーツセンターは使い放題。カラオケも延長無料。なぜか電気が通るゲームセンターでは育成ゲームであろうと格闘ゲームであろうと、なんであろうと自由に遊べた。粒子供給の途絶えない遊具台ではプラキットを飛ばして戦わせたり、見た目はボロボロでもちゃんと映画館はやっていたり、この世界には夢が詰まっていた。今日は何をしようかと、これまで予定に追われていた様なことはなく朝にその日のことを考える毎日。今日は遠くに出かけてみよう、とみんなでお弁当を作ってピクニックをすることもあれば、まだ生きている源泉を見つけて温泉を楽しんだり、バギーを乗り回してレース大会なんかもやった。皆、この世界を楽しんだ。恐怖が無かった訳ではない。しかし、どこまでも広がる荒野の前ではそんな意識も途切れて行った。そう、ただ一人を除いて。


荒野の真ん中に壊れかけの蛇口があり、彼女はそれをひねった。一人、調査を続けている伊織であった。伊織は蛇口をひねるが、一向に水は出てこない。諦め掛けたその時、後ろから誰かがやってきた。
?「いーおり!何してるの?」
伊織「なんだ…春香じゃない」
春香は水着にパーカーを羽織った形で原チャリにまたがりこちらに向いていた。
春香「なんだとは失礼な…。伊織もあっちで泳ごうよ、みんないるよ?」
伊織「私はね、調べることがあるのよ。悪いけど春香、行ってていいわよ」
春香「もぉー、伊織も少しは休んだ方が良いよ?」 と、言いながら春香はスクーターを止め、こちらにきた。
春香「スイカがあったまっちゃうから、水みずっと…」
春香が蛇口に手を掛けた瞬間伊織はその蛇口は使えない、と言おうとした。しかし、その蛇口はいとも簡単に水を吐き出した。まるで、春香に応えたかのように。その光景を見て伊織は、自分の仮説は確かなものだと確信した。
伊織「ねぇ、春香」と伊織は近づいて行く。
伊織「春香はこの世界のこと、どう思ってるの?」
春香は笑顔で振り返った。
春香「とっても楽しい!じゃあね!」
春香はスイカを手にスクーターへまたがり、走り去って行った。伊織の足元には、蛇口から放出された水が広がっていく。
伊織「やっぱり、やっぱりそういうことなの。そういうことなの、春香? 」
広がった水は青空を綺麗に反射させ、世界が空に染まったかのように見えた。鏡面の水面。曇りゆく伊織の心などは他所にして青い光は広がっていく。


事務所の台所では忙しなく調理が行われていた。
律子「あーんもう!毎日毎日料理料理でほんっとう大変!あっ、やよいー!お野菜とってきてくれないかしらー?」
律子はエプロン姿で調理を続けていた。ああは言うものの 、自分の料理を美味しいと食べてくれることが嬉しくて頑張っているあたりが律子らしかった。やよいは店の片手間、律子の家事を手伝いに行っていたが今日はなぜか見当たらなかった。


そのころやよいは、暗くなる街の中を走っていた。
やよい「お父さん…お母さん…みんな…」
走るやよいの目には光る雫が流れていた。走る方向はちょうどやよいの実家がある向きであった。たとえ街がボロボロであっても、長年住んだ町並みはそう簡単に忘れない。すると、やよいの前に以前消えていた家への橋がかかっていた。今までは怖くてこちらへ来ることができなかった。でも、やよいはもう我慢の限界だった。瓦礫の町並みを走り、一分でも、一秒でも早く帰りたかった。あの暖かい家に帰りたかった。
やよい「あった…」
真っ暗な我が家。恐る恐る戸に手を掛ける。思い切って開けてしまうと、その瞬間世界は明るくなった。
「「ねえちゃん!おねーちゃん!おかえり!おかえりなさい!」」
やよい「みんな…?みんな無事なの!?」
やよいの家族は、やよいを暖かい眼差しでみている。やよいは彼らに飛び込み、抱きついた。そして、泣いた。
やよい「おねえちゃん、おねえちゃん帰ってきたよ!ただいま…!ただいまぁ…!!」
高槻やよいは、夢を見ていた。暖かい夢。家族と再開する、暖かい幸せな夢。やよいの体は、真っ暗な家の中にうずくまりながら、しだいに足から腕、胴体とゆっくりとゆっくりと消えて行った。そして、最後にはそこに何も実態を持つものは無く、暖かい温もりだけを残して開け放たれた戸は閉まっていった。



§5



翌朝、765プロ全員によるやよいの捜索が行われた。伊織は朝まで待てないと言い張ったがプロデューサーが伊織を制止した。お前達にもしものことがあったら、と。そう語りかけた言葉は今も伊織の耳に残っている。
伊織「やよい、どこにいるの」
事務所の辺りを探しているとき、伊織はハッとした。
伊織「サクラさん、思い当たる場所があるわ」
サクラ「ふむ、ではそこへ参るか。我々と、プロデューサー殿だけで向かおう。これ以上人が減っては元も子もない」
伊織「そうね。もう誰もいなくなったりさせないわ…」
プロデューサーは皆に事務所で待機するよう伝えてから、伊織とサクラの三名でやよいの実家へと向かった。
P「お邪魔します」
プロデューサーへ引き戸を開け、中を確認した。すると、そこには何もなかった。
伊織「ここにもいないの…やよい…」
サクラ「む、待つのじゃ」
サクラは中へ踏み入れ、玄関口で意識を研ぎ澄ませた。すると、目に見えないどこか別の場所から聞こえる声に気がついた。
「みんなー!ご飯ができたから支度してー!」
サクラ「これは、高槻の声…か」
伊織「やよいがここにいるの?」
伊織はサクラにしがみついた。サクラはそれを優しくほどいてやった。
サクラ「高槻はもうここにはいない。おそらく、ここで何者かに消されてしまった」
その言葉に、二人は青ざめる。
P「消された…?一体誰に?」
伊織「もしかして、サクラさんが前に言っていた…」
サクラ「そう、この現象の仕掛け人…」
サクラは目を閉じて一息ついた。
サクラ「水瀬、プロデューサー殿、今夜やつをおびき出す。場所は事務所の湖じゃ」


『余人を交えず、貴方と話し合い焚き候、この世の哀れ 我らのあるべき姿につき、思うことありよりはべりいまそがり… 今宵、765プロダクション事務所跡にてお待ち申し上げ候 さくら』
といった内容の手紙を出し、サクラは待っていた。静まりかえった事務所の湖にはテラスが設けられており、そこでサクラと伊織は待ち構えていた。事務所の方から歩いてくる人影、それはだんだんとはっきりしてくる。彼女は約束通り、ここに現れてくれた。
伊織「春香、来てくれたわね」
春香「伊織、サクラさん…話って?」
サクラ「まぁそう急がず。茶でも飲まんか」
三人は床に敷いてある畳の上のちゃぶ台をかこみ、星空の下の茶の湯で温まった。
伊織「さて、本題だけれどね春香。私はね、この世界をずっとサクラさんと調査していたの。帰る方法はないかって」
春香「それで、伊織は全然遊んでなかったんだね」
サクラ「結果、幾つかわかったことがある。まず、この世界は円形に型どられている。それは天海も見たな?」
こくん、と頭を下ろす。
伊織「まず、この世界の広さを知ろうと思った。そこで、私の戦車の砲撃で距離を測量したの。すると、この世界はちょうど765プロを中心とした半径3メートルの円であることがわかったの」
伊織はちゃぶ台の真ん中のせんべいの山を指指してからぐるっと円を型取りながら話した。
サクラ「しかし、この世界は極めていい加減にできておる。しかも、我々の都合の良いように」
伊織「この事務所、円の中心部のみ電気水道ガス電話回線などのインフラはそのままで、しかも貴音がいくら馬鹿食いしてもなくならないあの食料の山!こんなことが許されているのは、そう…」
春香「…夢の中だけ」
二人の間に緊張が走った。
伊織「春香、それを知ってて…」
春香「もちろん、他の誰かも気づいているはず。多かれ少なかれ、この事実に…」
サクラ「やはり、天海…お主がやったのか」
春香は立ち上がり、二人に背を向け星を眺めた。
春香「でもサクラさん、私はただの平凡な高校生で、平凡なアイドルですよ。こんなことできるはず…」
?「夢邪鬼、その名前に覚えはありませんか?」
春香が振り返った上方、テラスの天井梁の上には貴音がいた。
春香「貴音さん…流石ですね」
貴音「人の夢を弄び、そして破滅へ導く悪しき鬼。しかし、今ここにはいないようです。どういうことでしょう、春香?」
春香は身構えながら言った。
春香「夢邪鬼さんは、そんな方じゃありません…わたしを助けてくれた恩人なんですから」
その時、春香からある力場が発した。人ならざる力、妖魔の力。
サクラ「フン、所詮は小娘よ。この結界敗れるか!?」
水の中から結界の装飾が持ち上がり、サクラも服の下に着込んだ巫女服へと身代わりした。
春香「あの人から受け取った力、こんなものでは止められませんよ」
春香はサクラに手のひらを向け結界を無力化し、サクラ達を怯ませた。と、その瞬間、春香はその景色を外側から眺めていた。サクラ、伊織、貴音は額縁の中に閉じ込められ、春香はそれを手にして壁にかけた。
春香「この力、こんなものじゃ歯が立たないですよ?」
額縁の中から伊織が叫んでくる。
伊織「春香!!私はどうだって良い!あんた、やよいをどうして消したりしたの?」
春香は額縁に語りかけた。
春香「やよいはね、この夢がやよいの夢ではなかったの。だから、やよいにはやよいの夢を見せた。ただ、それだけ」
春香は事務所の廊下を歩いて奥へ進んだ。道なりに掛けてある無数の額縁。その中で仲間たちは各々見たがっている夢、望んだ世界を味わっていた。
春香「これでいい、これでいいの。皆が幸せな夢をみている今が、一番…」
?「本当にそれで良いのか、春香…」
春香は振り返る。物陰に隠れていた彼はそっと春香に歩み寄った。
春香「プロデューサー、さん…」
プロデューサーは憎しみでも、怒りでも、悲しみでもない、ない交ぜになった感情を表現に浮かべていた。
P「どうやら、サクラさんと貴音がくれたお守りのおかげで消えずに済んだようだな。春香、お前はどうして…」
春香「プロデューサーさん、あなたがそんなこと言えるんですか?」
春香は俯きながらつぶやく。
P「どういうことだ、春香」
春香「私は…私はずっと貴方を追い求めていた。でも、一度だって振り向いてくれたことなんてなかった!!そんなプロデューサーさんに、言う権利なんてあるんですか!?」
P「なっ…!!」
プロデューサーの足元が崩れて行く。奈落に落ちる重力に逆らうことは決して叶わず、プロデューサーへ闇の底へと転がり落ちて行った。


§6


プロデューサーが目を覚ますと、合宿所の休憩室に座っていた。あの記憶は何だったのだろうか、本当に現実であったのかと自問自答した。すると、後ろから声が聞こえてきた。
「プロデューサーさん、お風呂空きましたよ?」
振り返るとそこには風呂上がりの春香がいた。
P「ああ、春香か…」
春香「春香か、とは失礼ですね」
春香はぷくーっと顔を膨らませ、プロデューサーの横に座った。プロデューサーは先の体験がまだ脳裏に残っていたことを春香に伝えた。こんなにも奇妙な体験をしたと。
P「春香、今俺眠ってたのかものすごく恐ろしい夢を見ていたんだ」
春香「夢、ですか?」
P「俺たちがみんな、同じ一日を延々と繰り返すって夢だった」
春香はフフッと笑った。
春香「プロデューサーさん、ここがまだ私の夢だってわからないんですか」
P「ゆ、夢の中…!?」
プロデューサーは椅子から立ち上がり、座っている春香に対面した。
春香「もう、ここでゆっくり過ごしましょうよ、プロデューサーさん。何一つ不自由などないんですよ」
春香は決して叫んだりはせず、あくまで諭すように語った。
P「俺はな春香、決して春香の夢の中が嫌なんじゃない。ただ俺は春香の夢の続きが見たいだけなんだ」
春香「夢の続き…ですか」
P「俺はまだ春香との約束を果たせていない。春香をトップアイドルにすると言う約束、春香がトップアイドルになるという夢を叶えていない」
その時、空気が一変した。
春香「プロデューサーさん…その一言だけは、その一言だけは言って欲しくありません!!貴方には言って欲しくありませんっ!」
P「なっ…!!!」
プロデューサーの視界は暗転した。


次の瞬間、目を開けるとそこは白い世界だった。地平線の彼方まで何も見えるものはなく、ただ世界はそこにあるだけであった。辺りを見回し、振り返るとそこには小さな女の子がうずくまって泣いていた。
P「どうしたんだ。どうして泣いているんだい」と、声をかけると少女はこちらを振り向いた。赤いリボンをした小さな女の子だった。女の子はプロデューサーをじっと見つめ、手を出してきた。プロデューサーは不意に手を掴んでしまった。その時、プロデューサーの頭の中には無限にも近い量の記憶が流れ込んできた。体のうちに春の様に暖かい感覚と、冷たい冬の如き悲哀が広がっていく。それは、天海春香の記憶だった。





そこはいつかの事務所であった。
社長「では君、彼女を探してきてくれ。多分近所の公園だろう。早速活動に移って行こう」
プロデューサーは外へ飛び出し公園へと向かった。そこに待っていたのは、一人の女の子だった。
「あー、あー。ドーレーミーレード。ちょっと音程ずれたかな?もう一回!」
どうやら歌の練習をしているようであった。
「なんかこの靴歩きにくいなぁ…あ!これスリッパだ!」
まったくドジな子だなあ、とプロデューサーは思った。
「あ、笑いましたね今!」
と彼女は振り返った。
「私、これでもアイドル候補生なんです!歌うことが大好きなんですけど、特に上手いわけでもないのでこうして練習を…」
なるほど関心だな、とプロデューサーは声をかけた。彼女は表情を曇らせながら言った。
「ところで誰なんですか?ま、まさか…」
プロデューサーは自己紹介をした。これからパートナーとなる彼女に。
「担当プロ…あああ!どどどどどうしよう、私恥ずかしいとこ見られて…!」
これからよろしくな、とプロデューサーは右手を出す。
「はい!ドジでおっちょこちょいですけどよろしくお願いします!アイドル候補生の天海春香です!」
春香はプロデューサーの差し出した手を強く握った。


春香とプロデューサーは大きな、とても大きなライブを終え、会場の外で散歩した。彼女はこのライブで名実ともにトップアイドルとなった。プロデューサーは、トップアイドルとなった春香に自分が出来ることはもうないと考えていた。しかし春香の思いは違った。春香は機会をうかがい、そして彼女の秘めたる気持ちを打ち明けた。
春香「プロデューサーさん、これからもずっと私といてください!お別れなんて嫌です!」
春香の願いは告げられた。春香の純な願い、イノセントな世界を持つ彼女の夢。しかし、彼女はその夢を叶えることは出来なかった。彼女はプロデューサーに受け入れてはもらえなかった。その時は、確かに納得した気になっていた。しかし、プロデューサーと離ればなれになってしまえば自分に対しての後悔が押し寄せ自分を責め立てる。どうして自分はアイドルの頂点に立つという夢を叶えたのに、本当の心が望む夢を叶えられなかったのか。どうして、トップアイドルなんかになってしまったのか。こんなことにならなければ、もっともっと、彼と一緒にいられたのではないか。春香は悲しみに明け暮れた。時間が解決してくれる、なんて言葉も信じたかった。けれども、どうしてもどうしても彼を忘れることなど不可能だった。春香は身体中を枯らしてしまうほど、泣いた。その時、春香にあるものが近づいてきた。小さな体をした、おじさんだった。
「お嬢ちゃん、どないしたんや。僕に話してもらえません。力になれるかもしれんで」
彼はそう言い、春香の心に寄り添った。夢邪鬼、彼はそう名乗った。彼は多くの人を想い夢を作り出してはその夢に飲まれて行く人をたくさん見てきたと言った。もう疲れてしまった、こんなことは最後にしたいと言っていた。そこで彼は思いついた。自分の持てる力を全てこの子に与えてはどうなるであろうか、と。
「春香ちゃん、この夢を叶える力を自分の夢のために使ってみるんや。春香ちゃんの夢を叶えることがおっちゃんの夢や」
春香はその夢を叶えるために世界を一度終わらせた。大きな舞台で煌めいたことも彼に見せなかった涙の傷痕も振りほどいて。春香は、彼との出会いから全てをやり直した。今度こそ、彼の一番近くに、隣にいるために。


目が覚めると春香はあの日の公園に立っていた。足元を見ればスリッパを履いている。本当に、夢邪鬼さんの力で戻ってきたんだ。春香は確信した。すると、背後から足音が近づいてくる。プロデューサーさんが来たんだ。大好きな、大切な人、プロデューサーさんが。春香はあの日の通り、歌の練習をしながら彼と再会した。これでもトップアイドルになったんだから、少しは上手くなっているよね?と心につぶやいた。


再び繰り返されるプロデューサーとの日々を春香は心から楽しんだ。あの優しいプロデューサーさんとまたアイドル活動ができる。それだけで春香は幸せだった。そして訪れる運命の日。春香はもう一度、プロデューサーにその心の内を伝えた。プロデューサーの二倍の時間をかけて暖められた春香の愛情。しかし無情にも、結果は変わらなかった。プロデューサーに春香の心はやっぱり届かなかった。気づいた時、春香はスリッパ履きのままで公園にいた。その場にしゃがみ込み、震える肩を両手で抑えながら涙をそっと流した。


春香はいつしか、その日々にすがりつくことに辛さを覚えた。大好きなのに、心から大好きなのに伝わらない。何度繰り返しても春香は受け入れてもらえない。みんながいるのに、一人だけ繰り返しても孤独なだけ。全てを投げ出して、自分の思いも何もかも白紙に戻せたらどんなに幸せであろうかと涙の夜に叫んだ。これまで通り続けていても何も変わらない。そう確信した彼女はある方策を思いついた。いつまでもいつまでも、プロデューサーさんと事務所の皆で暮らせる世界があったならば。もしそんな世界が永遠と続いて行くならば、みんなと一緒に繰り返すのであれば自分は一人になることはない。孤独に震えることなどないのだと。そう心に決めたのは、ちょうど春香が告白するライブの前日であった。 その日から、世界中の日付は進むことをやめてしまった。


§7


P「そうか、そういうことだったのか…」
彼は一瞬にして理解をした。天海春香と、自分の歩んできた道を。小さな女の子はプロデューサーに向かって涙まじりに話した。
「ねえ、お兄ちゃんは帰りたいの?」
彼女はプロデューサーの瞳を見つめている。
P「お兄ちゃんはね、春香を沢山傷つけてしまったんだ。だからお兄ちゃんは春香のためにやれることをやってあげたいんだ。それは、ここでは出来ないから…」
少女は黙り込んだ。その握り続けた手に、次第に力が入っていく。
P「お兄ちゃんは確かに、春香を受け入れられなかった。でも、あいつらの…昔の俺の気持ちもわかる部分はあるんだ。あいつらだって、相当悩んだって分かる」
少女はうつむきながら話した。
「それは、わかってるの。でも、でもどうしても…辛かった」
プロデューサーは少女の背中に手を回し、抱きかかえた。
P「過去の俺は、怖くて踏み出せなかったんだと思う。春香と共に歩くことを。周りの人や、世間の目が怖かったんだ。だけど、お兄ちゃんはもっと怖いことがあるって分かった。春香をあんな世界に…暗い世界に閉じ込めておくことの方が、よっぽど怖いことだって分かったんだ…」
少女はプロデューサーに抱きついてきた。プロデューサーは優しく包み返した。
P「俺は春香にいて欲しい。あの子をトップアイドルにし、その後も見守っていきたい」
少女は、腕の中で泣いた。沢山、沢山泣いた。
P「俺は、春香のプロデューサーだから」


しばらくの時が経ち、少女が落ち着きを取り戻した時に彼女は打ち明けた。
「私、帰る方法知ってるよ…」
P「ほ、本当か?!」
少女は頷いた。
「約束があるの。帰ったら、どうしても会いたい人たちの名前を言うの。でもね、一番大切な人のことは一番大切な人にはちゃんと届くように一番最後に伝えなきゃいけないの。お兄ちゃんにできるかな」
プロデューサーは少女を腕から降ろした。
P「やってみせるさ。やってみせる。そうでないと、男を見せられない」
その時、初めてプロデューサーはその少女が誰なのかを認識することができた。幼い頃の、春香だった。
春香「責任とってね?」
その瞬間、世界は砕け散った。プロデューサーは足元のひび割れから落下して行き、白の世界を飛び越えた。そこは、自分たちが過ごした荒野の世界の真上であり、大空から真っ逆さまに落下していた。青空にプロデューサーの叫び声が響き渡る。
P「響ぃい!!美希ぃ!!貴音ぇええ!!真ぉ!!雪歩おおお!!千早ぁあ!!」
プロデューサーの体はどんどん地上に落下して行く。あと何秒もつのだ、という恐怖に飲まれそうになった。いや、飲まれてはいけない、とプロデューサーは口を続けて動かした。それが彼女への償いなのだから。
P「伊織ぃい!!やよいいい!!あずささぁあん!!亜美ぃ!!真美いぃぃ!!律子おおお!!!」
身体中に重量の牙が突き刺さる。涙を堪えてプロデューサーは声をあげる。
P「小鳥さぁあん!!高木社長おお!!」
地面まで後少し、あの場に待っているものに伝えなきゃいけないならば、この距離からでしか届かない。プロデューサーは体が張り裂けるほど叫んだ。
P「春香ぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!」
プロデューサーの体は事務所の天井を突き抜け、地面に叩きつけられた。しかし、不思議と痛みはなかった。そこは、休憩場の畳のスペースであった。毛布にくるまる、春香とプロデューサーがいた。プロデューサーは、眠りこけている自分に対して近づいた。
P「春香を悲しませやがって…この野郎!!」
プロデューサーは自分の体を蹴り飛ばした。その瞬間、意識は毛布の中のプロデューサーへと帰っていった。
P「ってて…あれ…?」
自分の横には、毛布にくるまった春香が寝ていた。俺は今まで何をしていたのだろうか。とても、とても長い夢を見ていたような気がした。 すると、春香も目を覚ました。どこか安らぎの表情を浮かべていた。
P「おはよう、春香」
春香「えへへ、おはようございますプロデューサーさん。あの、プロデューサーさん…私、夢を見ていました。長い長い夢、プロデューサーさんやみんなと一瞬に過ごした、楽しい…」
プロデューサーはそっと春香の唇に指を当てた。
P「春香、それは夢だ。それは夢だよ」
二人は見つめあい、自然と顔を寄せ合った。目をつむり、お互いの唇と唇が触れようと…
律子「何をしているんですかねぇ、プロデューサー殿…?」
ハッと、二人が横を見ると765プロのメンバーが揃ってこちらをみていた。
P「こっ、これは…春香、逃げるぞ!」
春香「えっ、ええ?!」
プロデューサーは春香の手を掴み、反対側の出口から廊下へと飛び出した。
律子「くうぉらぁ!待ちなさぁーい!!」
美希「ハニー!!春香の抜け駆けは許さないの!!」
響「うがーー!!自分怒ったぞ!!」
伊織「なーに朝からイチャついてるのよ!キー!」
プロデューサーと春香を追いかけ、廊下は騒然とした。
P「春香!」
春香「なんですかっ?」
2人は走りながら見つめあった。
P「もう、お前に寂しい思いはさせないからな!」
春香は全開の笑顔で答えた。
春香「プロデューサーさん…!!」


朝の騒動はあったものの、一同はライブへの準備を万全に行い無事ライブ開演となった。
皆がステージ上に並ぶ姿を見守るプロデューサーのそばでサクラも見守っていた。
サクラ「天海の思いを受け入れるのか、プロデューサー殿」
P「今まで、俺は彼女へ酷い行いをしてきた。それは、俺自身に自信がなかったからだってわかりました。俺は、今まで怖がっていた選択を選んだだけです。春香のおかげですが」
サクラはフッ、と笑った。
サクラ「あんな大恋愛を見せつけられたのだ、幸せにしてやるのじゃぞ」
サクラはそう言い残し、舞台裏を去って行った。



こうしてライブは無事終了した。皆が片付けに入ろうとする中、ある二人の影が見当たらなかった。それはある日の再現であるが、同じではない。確かに二人の時は動き出していた。時間を前に進めて行くことで、新しい一日が始まった。


春香「私は、あなたが…好きです!!」
P「俺も…春香が…!!」

天海春香の夢は今日この時、本当の意味で叶えられた。