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アルキデスの宇宙世紀論

ガンダム最高・アイマス最高

ツイッターのほうでガンダム・アイマスに関してよくつぶやいています。そちらのほうが更新頻度が高いと思われます。

ツイッター:EXolone

以前から見る機会を伺っていたのですが、ようやく劇場版たまこマーケットこと、「たまこラブストーリ ー」を見ることができました。僕はテレビシリーズの頃からこのたまこマーケットという作品がかなりお 気に入りの一品でありまして、サザエさんやちびまるこちゃんの様な枠に起用して永遠にあの”たまこ ワールド”をみていたいと思ったのも記憶しています(過去にブログ記事にしたはず)。 まずは概要についておさらいです。以下、ウィキペディアより参照。
『けいおん!』の監督の山田尚子による完全オリジナルアニメ作品。同じくシリーズ構成に吉田玲子、キャラクターデザインに堀口悠紀子と、『けいおん!』のスタッフが名を連ねている。
2012 年 11 月 28 日深夜、TOKYO MX などで放送された京都アニメーションの制作によるテレ ビアニメ『中二病でも恋がしたい!』第 9 話の番組 CM にて初めて告知された。同社の元請制作 およびオリジナルアニメ制作 10 周年記念作品と位置付けており、元からテレビ放送向けに制 作されたのは本作品が初めてとなる
とある街にある「うさぎ山商店街」。そのもち屋の娘である主人公の北白川たまこは、商店街の 人々に愛され、感謝しながら毎日幸せな日々を送っていた。大みそかが間近に迫った年末に彼女は、言葉を話す鳥と出会い、そこから、いつもより少し不思議な生活が始まる。
キャラクターデザインなどは非常にわかりやすい一例ではあるが、けいおん!の爆発的ヒット後の京都アニメーション作品だというのがよくわかる雰囲気の作品ではあるのだがその根本はけいおん! とは大きく異なっているといえる。テレビシリーズでは主にたまこと学校の面々や商店街の者たちが 皆家族というかのような話の作りになっている。近年、近所付き合いなどのかかわり合いが希薄に なっているなどと言われているが、この主人公たまこはそうした世論とは正反対のキャラクターであり、 本編でもそういったキャラクターがありありと表現されていた。しかし、そういった地域みな家族的な 話が中心となったために、向かいの餅屋友人もち蔵が抱く恋心は視聴者にはわかる形で描かれて いてもたまこ自身にその感情が伝わることはなかった。商業的に考えてみればそのエピソードを映画 版にとっておいたとも考えられるが、はっきり言えばテレビ本編で描きたかったテーマとはそりが合わ なかったのではとも考えられる。テレビ版でたまこが最後に突き当たる問題は南の国の王子との結 婚騒動であり、その回では商店街が変わってしまうことを印象的に取り扱ったカットなどがあった。記 憶に薄い方は是非とも本編を見返していただきたい。たまこという若いエネルギーが商店街から抜 けることで閑散としていくのではないか、と全国で現実に起こっている若者の過疎問題や商店街の 衰退問題が描かれていたと思う。ここにもち蔵の恋愛話まで持ち込んでしまっては話が煩雑になり、 消化しきれずに 1 クールを終えていた可能性もあるためこの判断は良かったと思う。その反面、みど りちゃんに「もち蔵はヘタレ」という判断をくだされているが...
さて、今回の映画について振り返っていきましょう。以下ウィキ。

2014 年 4 月 26 日に『たまこラブストーリー』のタイトルで公開[2]。キャッチコピーは、「たまこ、 むけました。」、「おもち、やけました。」、「大人になる、ということ」、「近くて遠い、ふたりの恋」。 同時上映に『南の島のデラちゃん』がある。
また、劇場版のストーリーを元にした小説「たまこラブストーリー 」が、京都アニメーション KA エ スマ文庫より 2014 年 7 月発売。著者一之瀬六樹、イラスト堀口悠紀子、監修吉田玲子。
全国 24 スクリーンの小規模公開であったが、公開初週の土日 2 日間成績では動員 2 万 263 人、興収 3168 万 8700 円で、全国映画動員ランキング(興行通信社調べ)で 11 位にランク インするなど健闘した。
本作は第 18 回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で新人賞を受賞した。
公開に先立って紹介されていたPVなどでもわかるように、今回の話はデラ関連のファンタジーめい た話とは打って変わって現実めいた話に近づけている。最もデラ達南の国のキャラ達が登場したの は先の過疎問題を重たいものにしすぎず、あくまでお話のレベルで止めておくためのような気もする。 もちろん、チョイちゃんという貴重な褐色ロリ成分を生み出すためとも言えるが。今回のたまこマーケ ットでの話の焦点は「たまこと街」ではなく「たまこともち蔵」である。エピソードの発端となるのは高校 生ラブコメなどではおなじみであろう進路の問題である。およそ視聴者の誰しもが経験しているであ ろう話題の進路問題であるだけにその感覚は見ている側には伝わりやすい。また、ヘタレ少年のも ち蔵が男を見せるきっかけも上京したいという思いと、地元を離れたくない(たまこと離れたくない) という思いから生ずる悩みで生まれるわけであるから見ている側にも彼らの気持ちは想像しやす
い。
しかし、見終わってから言うのも何だが、結果から言えばこの二人は両思いであるからバッドエンド は起こりえないようにみえるのだが、たまこは幼い頃からもち蔵含め商店街に馴染み商店街に生き、 そしてここで年をとっていくことを当たり前とする少女であるがためにそこに生まれた(生まれようとし ている)変化に戸惑いを隠せない。テレビシリーズでは結果的に変わらないでいることを選択し話が ひと段落したが、今回は恋の話であるだけにたまこの気持ちの着地点も悩みどころであっただろう。 様々な問題が生じても昔のままでいられることは確かにあるが、こと恋愛に限ってはこれが難しい。 相手の気持ちを知ってしまって、それから逃げてしまって昔には戻れないと悩む。そんな姿が劇中で も描かれている。
話は学校の部活のシーンから始まる。かんなが商店街のお祭りに部として出たいと言う。そこでは 「部活での思い出が欲しい」とみんなに率直に伝えそして出場することが決まる。続いてもち蔵も同 じく部活を行っているシーンに変わる。こちらではもち蔵の思いをどうするのか、と友人らと話す。続いて、メインの女の子 4 人組で進路について話す場面がある。史織も海外へ留学したいと告白する。 かんなも建築学科へ進むことを改めて話す。ちなみにここでかんなが話す「高いところが苦手」とい うのは後半へのフラグのひとつか。みどりは進学は考えているが何に進むかは考えてないと話す。最 後に「地元かな」とつぶやくのが印象的であるが、そこにたまこが「毎日会えない」といっているから 関西地方くらいの広い括りで言っているのだろうか。立て続けに放り込まれる学生組の話題のほと んどは「未来への変化」をどこかしら含んでいるものに感じる。しかし、たまこは実家を継ぐことはよし としても、自分から変化していこうとしている状態ではない。もっとも、あの様な生活を送っていたら 変わらずにそのままで居たいだろう、とは思うが。
しかし、この女子4人組のバランスは素晴らしい。本当にこの子らの日常風景は面白くそして和や かである。このメンバーの会話がまた見られるという点だけでも、この映画の価値はあったといえよ う。かんなちゃんの不思議な雰囲気であったり、みどりちゃんの一歩引いた部分から眺める立ち位置 だったり、史織さんがスポーツ少女ながらもおしとやかであったり(僕はああいう子が大好きです)素 晴らしい。かんなが「しおちゃん、とりあえずスルーは無しで」のシーンでさりげなく指をキツネにしてい るあたりも可愛らしい。余談であるがあの指のポーズはコルナやメイロックサインと呼ばれるものであ り、侮辱や悪運・邪視を祓う意味を持つ。かんなちゃんがそこまで考えてやっているかはわからない が...。
この一連の流れでたまこが最後に言う「みんないろいろ考えているんだな」というセリフが今回の映 画の要であるのはすでに冒頭で決定づけられたとも言える。
商店街に入る際にたまこは決まって「ただいま」というが、気になるのはたまこの進行方向。16 分 32 秒での帰宅、34 分 30 秒での告白後のシーン、46 分 31 秒の銭湯帰りにもち蔵にあって動揺 するシーン、55 分 6 秒の「風邪こじらせちゃった?」の後の 4 つ。対して右向きに歩くシーンは 45 分 3 秒の悩んでうつむいているたまこのみである。とにかく帰宅シーンが多い映画であるのも日常 に則した映画であるとよくわかるが、方向について論じてみるのは少し楽しい。ガンダム等で知られ る富野監督の方法論にあるのだが、上手(右)から下手(左)に移動させ、挫折させることは敗北感 の強調やクライマックスへの盛り上げを意味します。最後のもち蔵を追いかけるシーンでは右にたま こが駆けてゆくのはこの溜まったエネルギーを一気に放出させているからだろうか。また、そのシーン が史織が見ているという状況なのも第三者から見てもたまこが大きく動いているとわかる構図であ ろうか。
もち蔵が告白するシーンも、飛び石を右側に飛んでいって行われる。これも上昇志向の表れと言えるだろう。
思ったよりも、もち蔵の告白シーンは早かった。みどりがカマをかけたのもあるが全体で言えば前半 から中盤にかけての部分で川原のシーンが挿入される。告白の場が昔の思い出の場所だというの もシチュエーション力が高い。ここでのたまこの見る世界は非常に美しい。万華鏡のように輝く世界 だが、何が見えているのか分かっていない。現実にあるこういった感覚はわからなくもないため、と ても気持ちのいい映像表現だった。
しかし見れば見るほどみどりはいい女に見えてくる。カマかけた自分に自己嫌悪する姿はとても美し い。
もち蔵によってたまこの世界観は一気に変わっていく様がこの映画の中盤であるが、明らかに動揺 している姿が映し出される。それは身近な存在で変わらないと思っていた幼馴染までもが変化して いたことは衝撃的だったに違いない。しかし動揺する初なたまこは可愛らしい。餅という言葉は全て 「もち蔵」になっているし、餅ばなれをし出すし...と、父さんあたりは察していたに違いない。
中盤で挿入されるエピソードでも面白いのはお餅が嫌いだったという話。嫌いになったのも、好きに なったのもどちらも幼馴染の影響であったのはベタであるがニヤニヤしてしまう。
この映画では落ち込んでいた時にお餅が元気にしてくれたというシーンが出てくるが、以下のセリフ を聞くとさらに面白く聞こえる。
「あのさ、お餅ってさ、ちっこいのにいろんな人を幸せにするんだよね。私なんか、お持ちの何倍も大 きくなったのにまだまだ全然かなわないよ。やわらかくてさ、白くって、優しくって、いい匂いがしてさ、 あったかいんだもんな。私もそんな人になれないかなって思ってるんだ。なれるかな?」
これはもち蔵が告白する寸前のシーンにて言われるセリフなのだが、映像では母の姿が何度か映し 出される。つまりは母のような存在になりたいとここでは言っていたのだろう。お餅の話がしだいに 母親の解説に変わっている。
元気を与えてくれたのは結果的に言えば母親であり、お餅を喋らせたもち蔵であった。そんな周りに エネルギーを与えられる存在がたまこの目標であったのならば、それは既に達成されているだろう。 商店街や仲間たちにエネルギーを与える存在は間違いなく彼女だからだ。彼女の明るいキャラクタ ーは母や幼いもち蔵によって形成されていったのかもしれない。
そういったたまこも、こと変化に関しては後ろめたさを感じるのか、いつもどおりということに安心感 を覚えるシーンが多い。特に商店街にいるシーンはほぼ変わらないでいることを話している気がする。 しかしそんなたまこも病院のシーンを経て変わっていく。もち蔵から無かったことにしよう(変わらないままでいよう)と言われたまこ側から動いていく。ベターだがこの気持ちの振り切れがお祭りでのバ トンの成功に結びついたことは気持ちの良いシーンだった。ここはようやく、もち蔵の気持ちを受け 止める用意ができたとも取れる。インフルエンザのフラグもこういった形で使われるとは思わなかっ た。てっきり誰かが病に伏せると思っていただけに、良いミスリードだったと思う。そしてラストのダッ シュにつながる。これもみどりちゃんの功績である。あの子は本当美味しいポジションにいる子だこ と。
最後にシーンは京都駅。昨年行ったばかりなので、行く前に映画を見ておけばと公開しました。余談 ですが京都市内のどこかの商店街にあった揚げ物屋さんがとってもフレンドリーで印象が良かった のを覚えています。京都はああいった作中のような商店街が多いのでしょうか?
新幹線に乗ろうとするもち蔵を引き止め、心のつながりである糸電話で返事をするたまこ。立ち位置 がいつもの家の状態と同じだったり、川原でのシーンに酷似しているのは良い演出ですよね。
総評
本編たまこマーケットがとても大好きなアニメだっただけに、あの世界観を再び味わえるだけで楽し い上に王道ラブコメものという、盛り上がらないはずがない展開に感服です。とても素晴らしい映画 でした。またたまこやもち蔵、みどりちゃん、かんなちゃん、史織さんがワイワイ楽しんでいる姿を見た いものです。ですが、この世界観の好きなところは季節の移ろいと時間の変化がリアルに描かれて いるところなんですよね。終わらない世界はない。いつか終わってしまうその青春時代を駆け抜ける お話だからこそ、変わらないでいたい、変わりたいという思いが輝くのではないでしょうか。ありがとう、たまこラブストーリー。
§4


ピッ、ピッと商品をレジに通す音が響く
響「完熟ホールトマト一缶、牛丼パック16、カップ焼きそば18、スープ付きね、コーラ1リットルペット3本、スイートコーン6、いわしの蒲焼5、シーチキン、薄力粉2袋、スパゲティー1ダース、サラダ油2つ、たらこふりかけ3ケース、おにぎり用の海苔2つ、チーズビスケット5こ、麻婆豆腐の元2つ…」
スーパーの中で集めてきた商品をレジに通して行く。
響「しめて1万とんで829円なり」
美希「さー、早いとこ行くの。また律子、さん怒らせちゃうから急がないとなの」
さあ荷物を運ぼう、とする空気の中貴音がなぜかそわそわしているから、小鳥は注意深く観察してみた。
小鳥「貴音ちゃん、そのポケットのチョコレートはなに?」
貴音「こ、これは以前より食してみたい一品でして…中に餡子が…!」
小鳥はジワジワと近寄って行く。
小鳥「ここの食べ物はフーセンガム一つといえど律子さんの許可が必要なの。この大原則を忘れたの貴音ちゃん!?この町の食料は米粒からポッキー一本に至るまで全員の重用財産なのよ!それを欲望のために手をつけたわね貴音ちゃん!?」
貴音「も、もうしわけございません!堪忍を~…!!」
ズルズルと、貴音は小鳥に引きずられ外へと連れて行かれた。美希と響はまたやってるよ、と言わんばかりの顔をしながら荷物運びをしていた。
あらかたの作業をおえた美希は中へ戻り、書類を手にしていた。
美希「1万とんで829円、借用しましたの」
判子を取り出し借用書に判を押した後、外へと向った。スーパーの外に止めてあった軽トラックの荷台にものを詰め込んだ彼女らはそのまま荷台にのりこみ、荒廃した世界を車は走り出した。




『私の名は音無小鳥。


かつては芸能事務所に務める平凡な一事務員であり、せわしない日常と戦い続ける生活者であった。だが、あの夜、飛行機のコクピットから目撃したあの衝撃の光景が私の運命を大きく変えてしまった。

飛行機で765プロ事務所に強行着陸したその翌日から、世界はまるで開き直ったかのごとくその装いを変えてしまったのだ。

いつもと同じ町、いつもと同じ角店、いつもと同じ公園。だが、なにかが違う。

路上からは行き来する車の影が消え、窓から見える高速道路の騒音も途絶え、建売住宅の庭先にテレビゲームの音もなく、ハンバーガー屋のカウンターであわただしく注文をする人の姿もない。

この町に、いやこの世界に我々だけを残し、あの懐かしい人々は突然姿を消してしまったのだ。数日を経ずして荒廃という名の時が駆け抜けていった。

かくも静かな、かくもあっけない終末をいったい誰が予想し得たであろう。人類が過去数千年にわたり営々として築いた文明とともに、西暦は終わった。

しかし、残された我々にとって終末は新たなるはじまりにすぎない。世界が終わりを告げたその日から、我々の生き延びるための戦いの日々が始まったのである。

奇妙なことに、事務所近くのスーパーマーケットは、押し寄せる荒廃をものともせずにその勇姿をとどめ、食料品、日用雑貨等の豊富なストックを誇っていた。

そして更に奇妙なことに、この事務所には電気もガスも水道もネットも依然として供給され続け、驚くべきことにDLCすら配信されてくるのである。

当然我々は、人類の存続という大義名分のもとに事務所をその生活の拠点と定めた。

しかし何故かやよいちゃんは早々と定食屋やよい軒をオープンして自活を宣言。続いて響ちゃんは事務所横にペットショップを開店。もちろん響ちゃんの家族以外に動物はいないから、ほとんど自分専用になっているらしいが。

そして伊織ちゃんは、日がな一日水瀬アミューズメントから取ってきた戦車を乗り回し、おそらく欲求不満の解消であろう、ときおり発砲を繰り返している。ますます水瀬財閥の規模がわからなくなってしまった。

あの運命の夜からどれ程の歳月が流れたのか。

しかし今、我々の築きつつあるこの世界に時計もカレンダーも無用だ。我々は、衣食住の保証されたサバイバルを生き抜き、かつて今までいかなる先達たちも実現し得なかった地上の楽園を、あの永遠のシャングリラを実現するだろう。

ああ、選ばれし者の恍惚と不安、共に我にあり。人類の未来がひとえに我々の双肩にかかっていることを認識するとき、眩暈にも似た感動を禁じ得ない。』


 〈音無小鳥著 765プロ前史第1巻 終末を越えて 序説第3章より抜粋〉




バタリと、小鳥は倒れこんだ。日射病だろうか。
美希「もぉー、帽子を被らないから」
響「言わんこっちゃないぞ」
ブロロロ、と車はそのまま青空の下を走り去った。



あの日から世界は一変してしまった。日本最大の都市に位置するこの765プロ周辺だけを切り取った亀は、気づいた時には荒野の果てのよう。さながら、昔漫画で読んだサバイバル生活を営む世紀末のようだ。しかし、そんな世界も彼女らにとっては楽園ともなりえた。日々仕事に明け暮れていた生活から解放され、一日中自由に遊びまくる世界。事務所の周りの地盤が変わり、湖と化した今では皆都会ながらも海水浴を楽しみ、その浜辺ではスイカ割りをしたり、かき氷を食べたり、ラーメン大食いコンテストをしたり、とやりたい放題であった。街中の大通りには車もいないため、各々ローラースケートやスケートボードで駆け抜ける。ひと気のないスポーツセンターは使い放題。カラオケも延長無料。なぜか電気が通るゲームセンターでは育成ゲームであろうと格闘ゲームであろうと、なんであろうと自由に遊べた。粒子供給の途絶えない遊具台ではプラキットを飛ばして戦わせたり、見た目はボロボロでもちゃんと映画館はやっていたり、この世界には夢が詰まっていた。今日は何をしようかと、これまで予定に追われていた様なことはなく朝にその日のことを考える毎日。今日は遠くに出かけてみよう、とみんなでお弁当を作ってピクニックをすることもあれば、まだ生きている源泉を見つけて温泉を楽しんだり、バギーを乗り回してレース大会なんかもやった。皆、この世界を楽しんだ。恐怖が無かった訳ではない。しかし、どこまでも広がる荒野の前ではそんな意識も途切れて行った。そう、ただ一人を除いて。


荒野の真ん中に壊れかけの蛇口があり、彼女はそれをひねった。一人、調査を続けている伊織であった。伊織は蛇口をひねるが、一向に水は出てこない。諦め掛けたその時、後ろから誰かがやってきた。
?「いーおり!何してるの?」
伊織「なんだ…春香じゃない」
春香は水着にパーカーを羽織った形で原チャリにまたがりこちらに向いていた。
春香「なんだとは失礼な…。伊織もあっちで泳ごうよ、みんないるよ?」
伊織「私はね、調べることがあるのよ。悪いけど春香、行ってていいわよ」
春香「もぉー、伊織も少しは休んだ方が良いよ?」 と、言いながら春香はスクーターを止め、こちらにきた。
春香「スイカがあったまっちゃうから、水みずっと…」
春香が蛇口に手を掛けた瞬間伊織はその蛇口は使えない、と言おうとした。しかし、その蛇口はいとも簡単に水を吐き出した。まるで、春香に応えたかのように。その光景を見て伊織は、自分の仮説は確かなものだと確信した。
伊織「ねぇ、春香」と伊織は近づいて行く。
伊織「春香はこの世界のこと、どう思ってるの?」
春香は笑顔で振り返った。
春香「とっても楽しい!じゃあね!」
春香はスイカを手にスクーターへまたがり、走り去って行った。伊織の足元には、蛇口から放出された水が広がっていく。
伊織「やっぱり、やっぱりそういうことなの。そういうことなの、春香? 」
広がった水は青空を綺麗に反射させ、世界が空に染まったかのように見えた。鏡面の水面。曇りゆく伊織の心などは他所にして青い光は広がっていく。


事務所の台所では忙しなく調理が行われていた。
律子「あーんもう!毎日毎日料理料理でほんっとう大変!あっ、やよいー!お野菜とってきてくれないかしらー?」
律子はエプロン姿で調理を続けていた。ああは言うものの 、自分の料理を美味しいと食べてくれることが嬉しくて頑張っているあたりが律子らしかった。やよいは店の片手間、律子の家事を手伝いに行っていたが今日はなぜか見当たらなかった。


そのころやよいは、暗くなる街の中を走っていた。
やよい「お父さん…お母さん…みんな…」
走るやよいの目には光る雫が流れていた。走る方向はちょうどやよいの実家がある向きであった。たとえ街がボロボロであっても、長年住んだ町並みはそう簡単に忘れない。すると、やよいの前に以前消えていた家への橋がかかっていた。今までは怖くてこちらへ来ることができなかった。でも、やよいはもう我慢の限界だった。瓦礫の町並みを走り、一分でも、一秒でも早く帰りたかった。あの暖かい家に帰りたかった。
やよい「あった…」
真っ暗な我が家。恐る恐る戸に手を掛ける。思い切って開けてしまうと、その瞬間世界は明るくなった。
「「ねえちゃん!おねーちゃん!おかえり!おかえりなさい!」」
やよい「みんな…?みんな無事なの!?」
やよいの家族は、やよいを暖かい眼差しでみている。やよいは彼らに飛び込み、抱きついた。そして、泣いた。
やよい「おねえちゃん、おねえちゃん帰ってきたよ!ただいま…!ただいまぁ…!!」
高槻やよいは、夢を見ていた。暖かい夢。家族と再開する、暖かい幸せな夢。やよいの体は、真っ暗な家の中にうずくまりながら、しだいに足から腕、胴体とゆっくりとゆっくりと消えて行った。そして、最後にはそこに何も実態を持つものは無く、暖かい温もりだけを残して開け放たれた戸は閉まっていった。



§5



翌朝、765プロ全員によるやよいの捜索が行われた。伊織は朝まで待てないと言い張ったがプロデューサーが伊織を制止した。お前達にもしものことがあったら、と。そう語りかけた言葉は今も伊織の耳に残っている。
伊織「やよい、どこにいるの」
事務所の辺りを探しているとき、伊織はハッとした。
伊織「サクラさん、思い当たる場所があるわ」
サクラ「ふむ、ではそこへ参るか。我々と、プロデューサー殿だけで向かおう。これ以上人が減っては元も子もない」
伊織「そうね。もう誰もいなくなったりさせないわ…」
プロデューサーは皆に事務所で待機するよう伝えてから、伊織とサクラの三名でやよいの実家へと向かった。
P「お邪魔します」
プロデューサーへ引き戸を開け、中を確認した。すると、そこには何もなかった。
伊織「ここにもいないの…やよい…」
サクラ「む、待つのじゃ」
サクラは中へ踏み入れ、玄関口で意識を研ぎ澄ませた。すると、目に見えないどこか別の場所から聞こえる声に気がついた。
「みんなー!ご飯ができたから支度してー!」
サクラ「これは、高槻の声…か」
伊織「やよいがここにいるの?」
伊織はサクラにしがみついた。サクラはそれを優しくほどいてやった。
サクラ「高槻はもうここにはいない。おそらく、ここで何者かに消されてしまった」
その言葉に、二人は青ざめる。
P「消された…?一体誰に?」
伊織「もしかして、サクラさんが前に言っていた…」
サクラ「そう、この現象の仕掛け人…」
サクラは目を閉じて一息ついた。
サクラ「水瀬、プロデューサー殿、今夜やつをおびき出す。場所は事務所の湖じゃ」


『余人を交えず、貴方と話し合い焚き候、この世の哀れ 我らのあるべき姿につき、思うことありよりはべりいまそがり… 今宵、765プロダクション事務所跡にてお待ち申し上げ候 さくら』
といった内容の手紙を出し、サクラは待っていた。静まりかえった事務所の湖にはテラスが設けられており、そこでサクラと伊織は待ち構えていた。事務所の方から歩いてくる人影、それはだんだんとはっきりしてくる。彼女は約束通り、ここに現れてくれた。
伊織「春香、来てくれたわね」
春香「伊織、サクラさん…話って?」
サクラ「まぁそう急がず。茶でも飲まんか」
三人は床に敷いてある畳の上のちゃぶ台をかこみ、星空の下の茶の湯で温まった。
伊織「さて、本題だけれどね春香。私はね、この世界をずっとサクラさんと調査していたの。帰る方法はないかって」
春香「それで、伊織は全然遊んでなかったんだね」
サクラ「結果、幾つかわかったことがある。まず、この世界は円形に型どられている。それは天海も見たな?」
こくん、と頭を下ろす。
伊織「まず、この世界の広さを知ろうと思った。そこで、私の戦車の砲撃で距離を測量したの。すると、この世界はちょうど765プロを中心とした半径3メートルの円であることがわかったの」
伊織はちゃぶ台の真ん中のせんべいの山を指指してからぐるっと円を型取りながら話した。
サクラ「しかし、この世界は極めていい加減にできておる。しかも、我々の都合の良いように」
伊織「この事務所、円の中心部のみ電気水道ガス電話回線などのインフラはそのままで、しかも貴音がいくら馬鹿食いしてもなくならないあの食料の山!こんなことが許されているのは、そう…」
春香「…夢の中だけ」
二人の間に緊張が走った。
伊織「春香、それを知ってて…」
春香「もちろん、他の誰かも気づいているはず。多かれ少なかれ、この事実に…」
サクラ「やはり、天海…お主がやったのか」
春香は立ち上がり、二人に背を向け星を眺めた。
春香「でもサクラさん、私はただの平凡な高校生で、平凡なアイドルですよ。こんなことできるはず…」
?「夢邪鬼、その名前に覚えはありませんか?」
春香が振り返った上方、テラスの天井梁の上には貴音がいた。
春香「貴音さん…流石ですね」
貴音「人の夢を弄び、そして破滅へ導く悪しき鬼。しかし、今ここにはいないようです。どういうことでしょう、春香?」
春香は身構えながら言った。
春香「夢邪鬼さんは、そんな方じゃありません…わたしを助けてくれた恩人なんですから」
その時、春香からある力場が発した。人ならざる力、妖魔の力。
サクラ「フン、所詮は小娘よ。この結界敗れるか!?」
水の中から結界の装飾が持ち上がり、サクラも服の下に着込んだ巫女服へと身代わりした。
春香「あの人から受け取った力、こんなものでは止められませんよ」
春香はサクラに手のひらを向け結界を無力化し、サクラ達を怯ませた。と、その瞬間、春香はその景色を外側から眺めていた。サクラ、伊織、貴音は額縁の中に閉じ込められ、春香はそれを手にして壁にかけた。
春香「この力、こんなものじゃ歯が立たないですよ?」
額縁の中から伊織が叫んでくる。
伊織「春香!!私はどうだって良い!あんた、やよいをどうして消したりしたの?」
春香は額縁に語りかけた。
春香「やよいはね、この夢がやよいの夢ではなかったの。だから、やよいにはやよいの夢を見せた。ただ、それだけ」
春香は事務所の廊下を歩いて奥へ進んだ。道なりに掛けてある無数の額縁。その中で仲間たちは各々見たがっている夢、望んだ世界を味わっていた。
春香「これでいい、これでいいの。皆が幸せな夢をみている今が、一番…」
?「本当にそれで良いのか、春香…」
春香は振り返る。物陰に隠れていた彼はそっと春香に歩み寄った。
春香「プロデューサー、さん…」
プロデューサーは憎しみでも、怒りでも、悲しみでもない、ない交ぜになった感情を表現に浮かべていた。
P「どうやら、サクラさんと貴音がくれたお守りのおかげで消えずに済んだようだな。春香、お前はどうして…」
春香「プロデューサーさん、あなたがそんなこと言えるんですか?」
春香は俯きながらつぶやく。
P「どういうことだ、春香」
春香「私は…私はずっと貴方を追い求めていた。でも、一度だって振り向いてくれたことなんてなかった!!そんなプロデューサーさんに、言う権利なんてあるんですか!?」
P「なっ…!!」
プロデューサーの足元が崩れて行く。奈落に落ちる重力に逆らうことは決して叶わず、プロデューサーへ闇の底へと転がり落ちて行った。


§6


プロデューサーが目を覚ますと、合宿所の休憩室に座っていた。あの記憶は何だったのだろうか、本当に現実であったのかと自問自答した。すると、後ろから声が聞こえてきた。
「プロデューサーさん、お風呂空きましたよ?」
振り返るとそこには風呂上がりの春香がいた。
P「ああ、春香か…」
春香「春香か、とは失礼ですね」
春香はぷくーっと顔を膨らませ、プロデューサーの横に座った。プロデューサーは先の体験がまだ脳裏に残っていたことを春香に伝えた。こんなにも奇妙な体験をしたと。
P「春香、今俺眠ってたのかものすごく恐ろしい夢を見ていたんだ」
春香「夢、ですか?」
P「俺たちがみんな、同じ一日を延々と繰り返すって夢だった」
春香はフフッと笑った。
春香「プロデューサーさん、ここがまだ私の夢だってわからないんですか」
P「ゆ、夢の中…!?」
プロデューサーは椅子から立ち上がり、座っている春香に対面した。
春香「もう、ここでゆっくり過ごしましょうよ、プロデューサーさん。何一つ不自由などないんですよ」
春香は決して叫んだりはせず、あくまで諭すように語った。
P「俺はな春香、決して春香の夢の中が嫌なんじゃない。ただ俺は春香の夢の続きが見たいだけなんだ」
春香「夢の続き…ですか」
P「俺はまだ春香との約束を果たせていない。春香をトップアイドルにすると言う約束、春香がトップアイドルになるという夢を叶えていない」
その時、空気が一変した。
春香「プロデューサーさん…その一言だけは、その一言だけは言って欲しくありません!!貴方には言って欲しくありませんっ!」
P「なっ…!!!」
プロデューサーの視界は暗転した。


次の瞬間、目を開けるとそこは白い世界だった。地平線の彼方まで何も見えるものはなく、ただ世界はそこにあるだけであった。辺りを見回し、振り返るとそこには小さな女の子がうずくまって泣いていた。
P「どうしたんだ。どうして泣いているんだい」と、声をかけると少女はこちらを振り向いた。赤いリボンをした小さな女の子だった。女の子はプロデューサーをじっと見つめ、手を出してきた。プロデューサーは不意に手を掴んでしまった。その時、プロデューサーの頭の中には無限にも近い量の記憶が流れ込んできた。体のうちに春の様に暖かい感覚と、冷たい冬の如き悲哀が広がっていく。それは、天海春香の記憶だった。





そこはいつかの事務所であった。
社長「では君、彼女を探してきてくれ。多分近所の公園だろう。早速活動に移って行こう」
プロデューサーは外へ飛び出し公園へと向かった。そこに待っていたのは、一人の女の子だった。
「あー、あー。ドーレーミーレード。ちょっと音程ずれたかな?もう一回!」
どうやら歌の練習をしているようであった。
「なんかこの靴歩きにくいなぁ…あ!これスリッパだ!」
まったくドジな子だなあ、とプロデューサーは思った。
「あ、笑いましたね今!」
と彼女は振り返った。
「私、これでもアイドル候補生なんです!歌うことが大好きなんですけど、特に上手いわけでもないのでこうして練習を…」
なるほど関心だな、とプロデューサーは声をかけた。彼女は表情を曇らせながら言った。
「ところで誰なんですか?ま、まさか…」
プロデューサーは自己紹介をした。これからパートナーとなる彼女に。
「担当プロ…あああ!どどどどどうしよう、私恥ずかしいとこ見られて…!」
これからよろしくな、とプロデューサーは右手を出す。
「はい!ドジでおっちょこちょいですけどよろしくお願いします!アイドル候補生の天海春香です!」
春香はプロデューサーの差し出した手を強く握った。


春香とプロデューサーは大きな、とても大きなライブを終え、会場の外で散歩した。彼女はこのライブで名実ともにトップアイドルとなった。プロデューサーは、トップアイドルとなった春香に自分が出来ることはもうないと考えていた。しかし春香の思いは違った。春香は機会をうかがい、そして彼女の秘めたる気持ちを打ち明けた。
春香「プロデューサーさん、これからもずっと私といてください!お別れなんて嫌です!」
春香の願いは告げられた。春香の純な願い、イノセントな世界を持つ彼女の夢。しかし、彼女はその夢を叶えることは出来なかった。彼女はプロデューサーに受け入れてはもらえなかった。その時は、確かに納得した気になっていた。しかし、プロデューサーと離ればなれになってしまえば自分に対しての後悔が押し寄せ自分を責め立てる。どうして自分はアイドルの頂点に立つという夢を叶えたのに、本当の心が望む夢を叶えられなかったのか。どうして、トップアイドルなんかになってしまったのか。こんなことにならなければ、もっともっと、彼と一緒にいられたのではないか。春香は悲しみに明け暮れた。時間が解決してくれる、なんて言葉も信じたかった。けれども、どうしてもどうしても彼を忘れることなど不可能だった。春香は身体中を枯らしてしまうほど、泣いた。その時、春香にあるものが近づいてきた。小さな体をした、おじさんだった。
「お嬢ちゃん、どないしたんや。僕に話してもらえません。力になれるかもしれんで」
彼はそう言い、春香の心に寄り添った。夢邪鬼、彼はそう名乗った。彼は多くの人を想い夢を作り出してはその夢に飲まれて行く人をたくさん見てきたと言った。もう疲れてしまった、こんなことは最後にしたいと言っていた。そこで彼は思いついた。自分の持てる力を全てこの子に与えてはどうなるであろうか、と。
「春香ちゃん、この夢を叶える力を自分の夢のために使ってみるんや。春香ちゃんの夢を叶えることがおっちゃんの夢や」
春香はその夢を叶えるために世界を一度終わらせた。大きな舞台で煌めいたことも彼に見せなかった涙の傷痕も振りほどいて。春香は、彼との出会いから全てをやり直した。今度こそ、彼の一番近くに、隣にいるために。


目が覚めると春香はあの日の公園に立っていた。足元を見ればスリッパを履いている。本当に、夢邪鬼さんの力で戻ってきたんだ。春香は確信した。すると、背後から足音が近づいてくる。プロデューサーさんが来たんだ。大好きな、大切な人、プロデューサーさんが。春香はあの日の通り、歌の練習をしながら彼と再会した。これでもトップアイドルになったんだから、少しは上手くなっているよね?と心につぶやいた。


再び繰り返されるプロデューサーとの日々を春香は心から楽しんだ。あの優しいプロデューサーさんとまたアイドル活動ができる。それだけで春香は幸せだった。そして訪れる運命の日。春香はもう一度、プロデューサーにその心の内を伝えた。プロデューサーの二倍の時間をかけて暖められた春香の愛情。しかし無情にも、結果は変わらなかった。プロデューサーに春香の心はやっぱり届かなかった。気づいた時、春香はスリッパ履きのままで公園にいた。その場にしゃがみ込み、震える肩を両手で抑えながら涙をそっと流した。


春香はいつしか、その日々にすがりつくことに辛さを覚えた。大好きなのに、心から大好きなのに伝わらない。何度繰り返しても春香は受け入れてもらえない。みんながいるのに、一人だけ繰り返しても孤独なだけ。全てを投げ出して、自分の思いも何もかも白紙に戻せたらどんなに幸せであろうかと涙の夜に叫んだ。これまで通り続けていても何も変わらない。そう確信した彼女はある方策を思いついた。いつまでもいつまでも、プロデューサーさんと事務所の皆で暮らせる世界があったならば。もしそんな世界が永遠と続いて行くならば、みんなと一緒に繰り返すのであれば自分は一人になることはない。孤独に震えることなどないのだと。そう心に決めたのは、ちょうど春香が告白するライブの前日であった。 その日から、世界中の日付は進むことをやめてしまった。


§7


P「そうか、そういうことだったのか…」
彼は一瞬にして理解をした。天海春香と、自分の歩んできた道を。小さな女の子はプロデューサーに向かって涙まじりに話した。
「ねえ、お兄ちゃんは帰りたいの?」
彼女はプロデューサーの瞳を見つめている。
P「お兄ちゃんはね、春香を沢山傷つけてしまったんだ。だからお兄ちゃんは春香のためにやれることをやってあげたいんだ。それは、ここでは出来ないから…」
少女は黙り込んだ。その握り続けた手に、次第に力が入っていく。
P「お兄ちゃんは確かに、春香を受け入れられなかった。でも、あいつらの…昔の俺の気持ちもわかる部分はあるんだ。あいつらだって、相当悩んだって分かる」
少女はうつむきながら話した。
「それは、わかってるの。でも、でもどうしても…辛かった」
プロデューサーは少女の背中に手を回し、抱きかかえた。
P「過去の俺は、怖くて踏み出せなかったんだと思う。春香と共に歩くことを。周りの人や、世間の目が怖かったんだ。だけど、お兄ちゃんはもっと怖いことがあるって分かった。春香をあんな世界に…暗い世界に閉じ込めておくことの方が、よっぽど怖いことだって分かったんだ…」
少女はプロデューサーに抱きついてきた。プロデューサーは優しく包み返した。
P「俺は春香にいて欲しい。あの子をトップアイドルにし、その後も見守っていきたい」
少女は、腕の中で泣いた。沢山、沢山泣いた。
P「俺は、春香のプロデューサーだから」


しばらくの時が経ち、少女が落ち着きを取り戻した時に彼女は打ち明けた。
「私、帰る方法知ってるよ…」
P「ほ、本当か?!」
少女は頷いた。
「約束があるの。帰ったら、どうしても会いたい人たちの名前を言うの。でもね、一番大切な人のことは一番大切な人にはちゃんと届くように一番最後に伝えなきゃいけないの。お兄ちゃんにできるかな」
プロデューサーは少女を腕から降ろした。
P「やってみせるさ。やってみせる。そうでないと、男を見せられない」
その時、初めてプロデューサーはその少女が誰なのかを認識することができた。幼い頃の、春香だった。
春香「責任とってね?」
その瞬間、世界は砕け散った。プロデューサーは足元のひび割れから落下して行き、白の世界を飛び越えた。そこは、自分たちが過ごした荒野の世界の真上であり、大空から真っ逆さまに落下していた。青空にプロデューサーの叫び声が響き渡る。
P「響ぃい!!美希ぃ!!貴音ぇええ!!真ぉ!!雪歩おおお!!千早ぁあ!!」
プロデューサーの体はどんどん地上に落下して行く。あと何秒もつのだ、という恐怖に飲まれそうになった。いや、飲まれてはいけない、とプロデューサーは口を続けて動かした。それが彼女への償いなのだから。
P「伊織ぃい!!やよいいい!!あずささぁあん!!亜美ぃ!!真美いぃぃ!!律子おおお!!!」
身体中に重量の牙が突き刺さる。涙を堪えてプロデューサーは声をあげる。
P「小鳥さぁあん!!高木社長おお!!」
地面まで後少し、あの場に待っているものに伝えなきゃいけないならば、この距離からでしか届かない。プロデューサーは体が張り裂けるほど叫んだ。
P「春香ぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!」
プロデューサーの体は事務所の天井を突き抜け、地面に叩きつけられた。しかし、不思議と痛みはなかった。そこは、休憩場の畳のスペースであった。毛布にくるまる、春香とプロデューサーがいた。プロデューサーは、眠りこけている自分に対して近づいた。
P「春香を悲しませやがって…この野郎!!」
プロデューサーは自分の体を蹴り飛ばした。その瞬間、意識は毛布の中のプロデューサーへと帰っていった。
P「ってて…あれ…?」
自分の横には、毛布にくるまった春香が寝ていた。俺は今まで何をしていたのだろうか。とても、とても長い夢を見ていたような気がした。 すると、春香も目を覚ました。どこか安らぎの表情を浮かべていた。
P「おはよう、春香」
春香「えへへ、おはようございますプロデューサーさん。あの、プロデューサーさん…私、夢を見ていました。長い長い夢、プロデューサーさんやみんなと一瞬に過ごした、楽しい…」
プロデューサーはそっと春香の唇に指を当てた。
P「春香、それは夢だ。それは夢だよ」
二人は見つめあい、自然と顔を寄せ合った。目をつむり、お互いの唇と唇が触れようと…
律子「何をしているんですかねぇ、プロデューサー殿…?」
ハッと、二人が横を見ると765プロのメンバーが揃ってこちらをみていた。
P「こっ、これは…春香、逃げるぞ!」
春香「えっ、ええ?!」
プロデューサーは春香の手を掴み、反対側の出口から廊下へと飛び出した。
律子「くうぉらぁ!待ちなさぁーい!!」
美希「ハニー!!春香の抜け駆けは許さないの!!」
響「うがーー!!自分怒ったぞ!!」
伊織「なーに朝からイチャついてるのよ!キー!」
プロデューサーと春香を追いかけ、廊下は騒然とした。
P「春香!」
春香「なんですかっ?」
2人は走りながら見つめあった。
P「もう、お前に寂しい思いはさせないからな!」
春香は全開の笑顔で答えた。
春香「プロデューサーさん…!!」


朝の騒動はあったものの、一同はライブへの準備を万全に行い無事ライブ開演となった。
皆がステージ上に並ぶ姿を見守るプロデューサーのそばでサクラも見守っていた。
サクラ「天海の思いを受け入れるのか、プロデューサー殿」
P「今まで、俺は彼女へ酷い行いをしてきた。それは、俺自身に自信がなかったからだってわかりました。俺は、今まで怖がっていた選択を選んだだけです。春香のおかげですが」
サクラはフッ、と笑った。
サクラ「あんな大恋愛を見せつけられたのだ、幸せにしてやるのじゃぞ」
サクラはそう言い残し、舞台裏を去って行った。



こうしてライブは無事終了した。皆が片付けに入ろうとする中、ある二人の影が見当たらなかった。それはある日の再現であるが、同じではない。確かに二人の時は動き出していた。時間を前に進めて行くことで、新しい一日が始まった。


春香「私は、あなたが…好きです!!」
P「俺も…春香が…!!」

天海春香の夢は今日この時、本当の意味で叶えられた。
「みなさん、夢ってありますか?私もあります!私の夢は…」


暑い日差しが差し込む真夏、事務所の周りにアイドル達がいた。ただ、いつもの様子ではない。荒れ狂い、荒廃した大都会の真ん中で各々が好き勝手なことをして遊んでいた。ある者は動物と駆け回り、ある者は音楽を楽しみながら日光浴をしている。昼寝をしている者…はいつもの通りか。たるき亭の前には大きな湖、というよりは大規模な水たまりが広がっており、そこで水無瀬の倉庫からとってきた水上バイクを楽しむ者もいた。そんな様子を呆け顏で眺めているのは765プロのプロデューサーであった。真横を素通りする戦車のキャタピラ音にも動じない。カァ、カァ・・・と一羽の鳥が鳴いた時、事務所から持って来た壁掛け時計が鈍い音をならした。いつの時間かもわからない時を知らせる重いチャイム。何度も繰り返し、繰り返し聞いたあの音。空気を振動させる単調な音が廃墟に響き渡った。

§1


律子「はい、そうです。ですから明日の8時には組み終わっていないと厳しいです。ええ、お願いします」
小鳥「お電話ありがとうございます、765プロです。いつもお世話になっております。はい、そちらの件につきましては明日会場にて発表を行う予定ですので…はい、申し訳ございません」
いつも忙しい事務所であったが今日は特に忙しかった。夜の11時を過ぎても電話が止むことはなく、律子と小鳥はその対応に追われていた。
小鳥「ふう…こう電話が続くと疲れるわぁ…」
律子「明日は待ちに待ったオールスターライブですからね、仕方ないですよ」
小鳥「そうだけれど、こう毎晩続くと流石に疲れますね。律子さん、コーヒー飲みます?」
律子「ありがとうございます、お願いします!」
キーボードから手を離し、グーっと立ち上がりながら律子は背伸びした。
律子「プロデューサーも大丈夫かしら…」


765プロはその目ざましい成長から急速に業績も伸び、事務所を移転したばかりであった。事務所と同じ建物に連絡路があり、そこから続く別棟には765プロ専用の合宿舎が用意されていた。 そこにはレッスン場はもちろんのこと、寝室やキッチン、洗濯場に風呂場など寝泊まりが可能な施設まで作られていた。この事務所に移転してからは、大きなライブの前には合宿を行い練習に打ち込むスタイルが出来上がっていた。
伊織「はぁ、そろそろ自分のベッドで休みたいわ」
真「もう何日も寝泊まりしているからね。僕も自分のお布団が恋しいなぁ」
響「でもこのお祭り感楽しいじゃないか!嫌いじゃないぞ自分は」
三人は各々洗面所で寝る前の準備をすまし、今日という一日を締めくくろうとしていた。
伊織「確かに楽しいところもあるのは否定できないわ。でもね、こう長かったら感覚狂っちゃうわ」
真「まぁ、明日からのライブが終わればまた日常なんだからさ、頑張ろうよ」
響「そうさー、これくらい簡単にこなして成功させるさー!」
伊織「ええ、もちろんよ。ぜーったい、伊織ちゃんの可愛さをファンのみんなに見せつけてやるんだから!」
真「でも、伊織も響もプロデューサーと一緒にいれて嬉しいくせに」
真はにやけ顔で二人を茶化した。
伊織「なっななな何を言ってるのよ…!!」
響「べ、別にそんなこと思ってないぞ!!」
真「へぇー…そんなんだったら、春香に先を越されちゃうかもよ?」
二人共、照れている表情に若干の敵意が差し込んだ。
「「春香に負けるものですか!」」
二人は声を揃えて廊下まで声を響かせた。


寝室は3人部屋になっており、それぞれ年頃の近い者同士で割り当てられていた。
千早「春香…?萩原さん、春香を見てないかしら」
千早は戸を開けて部屋を流し見した。
雪歩「春香ちゃん?まだ来てないよ。」
千早「そう…もう春香ったら、こんな時間なのに」
千早は春香の行動を予想してみた。あの春香のことだ、大方ライブのリーダーだということを気にして練習しているんだろう、と考えレッスン場へと向かった。扉から明かりが漏れているだけでなく、ラジカセ音も聞こえる。やっぱり、と軽くため息を漏らし千早はドアノブを回した。
千早「もうこんな時間よ、春香」
春香「千早ちゃん…えへへ、眠たくなくて…」
ニコッと疲れを感じさせない笑顔を春香は見せた。相変わらず、見ている人を虜にする笑顔だった。
千早「もう、春香ったら…アリーナライブなのにリーダーが倒れたりしたらどうするの」
春香「大丈夫だよ、平気平気!」
春香は一度やるといったら聞かないのを千早はよく知っていた。しかし、そのパワーで千早はこれまでに何度も助けられたのも事実だから、一方的に強くは言えなかった。
千早「もう…次の一曲で最後にするのよ」
春香「はーい!」

二人は浴場に来ていた。練習での汗を流すためであるが、改めてこの練習場は便利なものだと千早は思った。普段から生活しようと思えば出来ないこともない環境が、この改築後の765プロにはあった。
春香「ふぅ…あったまるなぁ…」
千早「そうね…」
二人の間に沈黙が訪れる。ほんの一瞬であったが不思議とその間は膨大な時間に感じられた。沈黙を破ったのは千早の声であった。
千早「春香、明日はついに本番ね」
春香「うん。何だが実感が湧かないなあ」
千早「割と物事って何でもそうよね。始まるまでが永遠みたいで、大変で…でも楽しくて」
春香「わかるなあ。いつかの海の旅行の時にも思ったけど、やっぱり私はみんなといる時が一番楽しいんだって、合宿のたびに思うんだ」
これまでも765プロでは度々合宿を行ってきた。みんなといった海への旅行。スクール生・・・今は一端のアイドルの子達と汗水流した夏の思い出。どれも楽しかった・・・。
春香「プロデューサーさんに千早ちゃんに、こうやってみんなと一緒に過ごせる今が一番幸せなのかなあって、思ったりして…なんだか言葉にすると恥ずかしいなあ」
千早「多分、それを思ってるのは春香だけじゃないわ」
ザブン、と音を立てて千早は浴槽から上がった。
千早「のぼせてしまうわ、上がりましょう、春香」
春香「そだね。上がろっか」
明日はついにライブ当日、これまでの成果が発揮される一日で、努力が報われる一日だ。「絶対に成功させる。胸張っていけ、天海春香!」とドライヤーで髪を乾かしながら春香は鏡の自分に向かって念じた。

そして、夜が明けた。


身支度を整え、手荷物バッグを抱え天海春香は廊下を走った。
春香「よーし!ついにライブ練習最終日!気合い入れるぞー!」
走り去る春香の後には、廊下の向こうへ消えていく足音だけが響いていた。どこか遠くで、いつもの鈍いチャイムが鳴り響いた。また一日が始まった。


§2


いつもと変わらない日常、それがこの場を支配していた。皆それぞれの仕事に励み、ライブのために練習に集まる日々が今日も変わらず続いていた。
美希「よし、これでバッチリなの!」
華麗なダンスと歌を披露し、美希は会場リハーサルをやり遂げた。相変わらずその完成度はトップアイドルのレベルをすでに感じさせるほどであった。
美希「はふ・・・疲れちゃったから一眠りするの・・・」
控え室に戻ると、一目散にソファへ向かおうとしたが足が止まってしまった。化粧台の前でぐったりしたやよいの姿があった。いつも元気にしているやよいが珍しく伏せていて寝ていたのだ。
美希「やよい、具合悪いの?」
やよい「あ、美希さん…。いえ、なんだかボーッとしちゃってて」
美希が声をかけるとやよいは顔を上げて返事をした。
美希「やよいもここ最近はずっと練習のために泊まり込みだから疲れててもおかしくないの。無理しちゃダメだよ?」
やよい「はい、ありがとうございます…」
歯切れの悪い言葉はやよいに似合わない。やよいは何か隠している。美希はやよいを見てそう感じた。
美希「やよい、何かあったのならミキに話してほしいの。ミキで良かったら、話聞くよ?」
やよい「美希さん…」
やよいは美希の方をじっと眺め、その胸中を明かした。
やよい「美希さん、最近私たち、ずっと練習をしてお泊りしてますよね…?」
美希「うん、ライブはもう目の前だからね。もしかして部屋のメンバーと…?」
やよい「違います!みんなとはお泊り楽しいなあって、いつも話してて…」
沈黙が空間に流れる。時計の針が時を刻み、10音を奏でた時、やよいは口を開いた。
やよい「私たち、ずっとずっと、ここで練習をしてませんか?何日とか、何週間とかじゃなくて、ずっとずっと…」
時にしてわずか2秒、美希は頭の中でその言葉の意味の解釈を探していた。練習がハードすぎて疲れたのか、それとも家が恋しいのか。いや、どれも違うと分かった。なぜなら、美希も今が合宿何日目なのかが分からなかったからだ。
美希「どういうことなの?」
やよい「私、見てしまったんです。昨日、練習が終わった後近所のスーパーで特売をしているのを思い出して、一度買ってうちに届けてから合宿所に戻ろうと思ったんです」
やよいは家族のためにいつも買い物役を勤めていた。やよいらしいと美希も感じた。
やよい「スーパーで買い物をして、お家に帰ろうと思ったんです。でも、いつも帰っている道が、まるで見当たらないんです。いつも使っている橋は消えちゃっているし、他の道も行き止まりで…」
やよいの顔がどんどん青ざめて行く。
やよい「それで、一番うちに近い歩道橋の上からからうちの方を眺めたんです。すると、そこに見えたのはボロボロの近所だったんです。汚れてるってことじゃなくて、何年も、何十年も経っているような…」
美希「そ、それって何かの見間違いじゃ…」
やよい「見間違いなはずありません!!私は見たんです!!」
真剣な目をしたやよいに大声で返され、美希はひるんでしまった。
やよい「…ごめんなさい。私、どうしたら良いか分からなくて」
美希もかける言葉を探していた。でも、想像の外側を行く話が飛んできて、美希も戸惑いの真っ只中である。
やよい「ねえ、美希さん。浦島太郎ってお話、ありますよね…」
美希「う、うん、亀に乗って竜宮城へ行っちゃう話だよね」
やよい「私たち、もしかしたらみんなで亀に乗っちゃったのかもしれません。みんなで龍宮城に来ちゃって、知ってる場所なんだけど全然違う場所で・・・。でも、帰れなくて、いつまでも、いつまでもここで生きていく…そして時間がどれだけたっても、そのことには気づかないんです…」
美希「やよい、何を急に言ってるの? き、気のせいなの!ぜーんぶ気のせいなの!ほら、やよいも疲れてるでしょ?今日はライブの前日で…!!」
頭でわかっても理解はしたくない。否定の言葉を投げかけたが、すぐにレスポンスが行われる。
やよい「でも、昨日も一昨日も、その前だってそう言ってました!!みんなみんな、明日がライブだって・・・」
やよいの慣れない怒鳴り声に、美希は怯んだ。
美希「…ごめん、ミキも本当は今やよいに言われて同じ事を感じちゃってた。認めたくなかったから、ごまかしてたの。何かおかしいなぁって。確かにミキ達いつから合宿していたんだっけ…わかんない…」
やよい「私たち、もう何日もお家に帰ってません。大丈夫だとは思うんですけれど、家族のみんなどうしてるかなあって、気になって」
ねぇ美希さん、と椅子から立ち上がったやよいは化粧台の鏡に手を当て口を開き何かを言いかけたとき時、扉が開けられた。
亜美「やよいっち→、次出番だよ→!」汗を流した亜美がタオル片手にやってきた。練習の順番が回ってきたようだった。
やよい「う、うん。今行くね!」
笑顔を取り繕ったやよいは美希を一瞥し部屋を去って行った。悲しい目が、そこにはあった。
ずっとずっと、という言葉が美希の中に響き、その余韻は彼女が部屋を去ったからこそ、より強まっていた。
亜美「ん?どうしたのミキミキ」
美希「ん、なんでもないの」
察しないで、と美希はごまかした。あり得ないことだ。しかし感覚としては分からなくない。所詮時間など相対的なもので、感覚を具体的な数量化などできるはずもない。美希は、そういう察しの良さが時に自分の身を滅ぼすことに、まだ気づいてはいなかった。

美希は控え室を飛び出し、プロデューサーの元へ向かった。
美希「ねえハニー、お願いがあるの」
P「どうしたんだ美希、改まって」
ちょっとこっちへ、と美希はプロデューサーを人気のない方へ連れてった。しかし、普段のように甘えてくるわけでもない。いつもは出会い頭に腕に抱きついたりする美希が妙におとなしい。
美希「あのね、今晩はみんなを家に返して方が良いと思うの。ずっとずっと泊まり込みでみんな疲れているの」
P「それはそうだけれど…何かあったか?」
美希はコクン、と頭を縦に振った。
美希「あのね、さっき控え室に行ったらやよいが机に頭を伏せて寝ていたの。ミキはいっつものことだけれど、やよいがだよ?心配になって聞いてみたら、体調ってよりお家のことが気になってって感じだったの…」
P「やよいが…」
美希「辛そう、だったの…」
プロデューサーはまた周りが見えていなかったことに悔しさを覚えた。アイドル達のことを見ているつもりになっていたと、胸中で自分を責めた。
美希「やよい、お家のこと心配していたの。もう何日も帰っていないって…」
P「何日?俺たち、ライブまでの3日だけ泊りだって。あれ…」
プロデューサーも確信を持って言い切れずにいた。本当に3日だけ泊りだったのか?もっともっと長い間いたのではないか。そんな気がする。
美希「ねえハニー、ミキ思うんだけれど…ミキ達、何日も何日もライブ
前日の今日を過ごしてないかな…」
P「そ、そんなことがある訳ないだろう!?」
美希「でも!でもそうとしか思えないの!今日って本当は何月何日なの!?明日がライブ本番だって、本当に言える?」
迫真に迫る美希の顔に演技の様子はなかった。
美希「やよいがね、言ってたの。私たちはみんなで浦島太郎になっちゃったんじゃないか?みんなで何日も、今日を繰り返してるんじゃないかって…」
戸惑いを隠せないプロデューサーであった。しかし、その奇妙な感覚は自分も感じていることではあった。
P「俺も、疲れているんだって思い込んでいたんだが…ここ最近、何度も何度もあるんだ。初めて見る光景なのに、何度も、何十回も経験しているかのような、そんな気分になるんだ…」
美希「デジャヴってやつだね…」
P「ああ、だがこんなこと起こるはずがないだろう。第一、何か異変があれば貴音あたりが気づきそうなものだ」
どうしても、ありえないことはありえないと言う大人の気性が現れてしまう。
美希「だから、なの。ここ街全体、世界全体をまるごと包んでしまっていたら…?」
P「貴音ごと、巻き込まれるってか…」
うーん、と目を伏せて考えるプロデューサーであったが、顔を上げた時の表情は決心をした目であったら。
P「わかった、今日は帰るように伝えておく。それで明日が無事訪れれば、俺たちの思い過ごしだったことになるよな?」
美希「うん、ありがとうなのハニー!流石はミキのハニーなの!」
美希はガッと腕に抱きついた。
P「こらこら、やめなさいって!」



春香「え!?帰宅…ですか?」
P「ああ、ライブ前の今日一日くらいはみんな家で体を休めるべきだからな。幸い遠方ではなく会場は事務所からも近い」
あずさ「そうね。最近ずっと泊り込みだったし」
響「自分も昨日餌やりには帰ったけど、やっぱり家族たちの様子が気になるさー」
雪歩「修学旅行みたいでちょっと楽しかったけどね」
真「でも、体を休めないとってのは納得ですね。わかりました」
皆、心の中では我が家の落ち着きを欲しがっていた。Pは解散を命じ、それぞれ荷物をまとめに部屋へ戻った。
春香「あ、あの…」
春香は戻らずにいた。煮え切らない表情から残った意味は理解できた。
P「どうした、春香」
春香「プロデューサーさん、私ここに残って練習してても良いですか?」
予想通りの言葉が返ってきた。
P「俺は今日もここに残るからそれは出来なくもないが…体を壊すなよ?」
千早「プロデューサー」
皆が去ったドアから千早も戻ってきた。
千早「私も残って良いですか?」
P「千早もか」
千早「私も家に帰っても1人ですし、なんだか春香を放っておけないから…」
もう千早ちゃんったら、と春香はつぶやくその隣で千早はPを見つめていた。その表情は不安を移していた。春香が心配だ、と語っていた。
P「わかった、千早には春香のサポートを頼むな」
千早「はい、今晩もよろしくお願いします」
二人は頭を下げ、自室に帰った。物音がなくなったその空間に人の気配はなくなったかに思えたがPには理解できた。
P「貴音、いるんだろう」
貴音「流石あなた様ですね。いつから?」
部屋の影から現れたのは四条貴音である
P「初めから分かってたさ。人の気配があったから貴音だろうと、な」
貴音「フフ、それでこそです。では、あなた様もお気づきに?」
P「美希のお陰でな。貴音はどう思う、この現象…」
さらりと銀の髪をかきあげ、貴音は打ち明けた
貴音「正体はわかりません。しかし、およそ普通とは呼べない力場がこの事務所に発生していて、何らかの仕掛けが施されているのは感じます」
貴音は事務所の床をなぞるように眺めていた。
P「繰り返される今日一日。この事務所にその原因があるならば、これで何らかの変化が生まれるはずだ。だから、それに賭けたいが…」
貴音「あなた様、私は別の方面で調べてみます。妖の類に精通する者を知ってますので」
P「わかった、俺はここにいるから何かあったら連絡を頼むな」
貴音「はい、わかりました」
ちょうどその頃、外に雲が覆い始め、地上へと雫が垂れ始めていた。街を包む雨がやってきた。

P「それじゃあなみんな。また明日な」
「「お疲れ様でしたー!」」とみんなで挨拶をし、散り散りになっていく。
亜美「よーしひびきん!バス亭まで競争ー!」
真美「負けたらアイスのおごりねー!」
亜美と真美は雨の中ながらもバタバタと走って行った。
響「うがー!負けないぞ!いくぞ、ハム蔵!」
ハム蔵「ジュイ!」
あずさと小鳥は傘を差しながら駅へと歩いて行った。
あずさ「お先に失礼しますね~」
小鳥「あ、あずささん!そっちは逆ぅ!」
真「僕らお迎え組はしばらく待ちますか」
雪歩「せっかくのライブなのに雨、やだなぁ…」


P「練習はどうだ春香、千早」
プロデューサーは練習場に様子を見に来ていた。
春香「あ、プロデューサーさん!バッチリですよ!ね、千早ちゃん」
千早「はい、明日に向けて万全の体制です」
ほどよく汗をかいた2人の笑顔は眩しい。自分のアイドルもずいぶん成長したよなあ、と親心にも似たものを感じてしまった。
P「あんまり長引いて怪我しても嫌だからな。そろそろ上がって風呂でもいったらどうだ?沸かしておくぞ」
春香「わかりました、お願いします!」
プロデューサーは後ろ姿のまま手を挙げて風呂場へと向かった。
千早「春香って、本当プロデューサーが大好きなのね」
春香「えっ、ちっちち千早ちゃん!?何を急に!」
千早はフフッ、と手を口に当てながら笑った。
千早「だって、見てたら丸わかりなんですもの。目が語ってるわ」
春香「もぉー、千早ちゃんったらー!」
春香は顔を赤らめながらにやけていた。


雨の中を走るバスには客がいなかった。亜美、真美、響はバスで帰宅していた。
真美「ねぇひびきん、明日のソロどう?」
響「ん?もちろんバッチリさー!真美は?」
真美「そりゃ→もち大丈夫っしょ!でもなー、やよいっちが心配だなって…」
亜美「うん、それ亜美も思ってた。やよいっち、元気に振舞ってたけどかなり疲れてるみたいだったし…」
響「やよいは…やよいは大丈夫だぞ。あの子は明日にはちゃんとやれてる子だって、そういうことができる子だって思ってるぞ自分は」
真美「真美だってそう思うよ。ただ、やよいっちが辛そうなとこ見せるなんて珍しいから」
雨音が沈黙を灰色に彩る。
バスにアナウンスが流れ、降車の時間が来たことを知らされた。
亜美「亜美達も、しっかり休まないとね」
うんうん、と三人とも頷いた。疲れがピークなのは三人も同じだった。ピー、っと音がなりバスは停車した。亜美達は料金を支払い、降車した。しかし、何かがおかしい。
響「あれ…ここ?」
真美「ここって…」
亜美「さっき乗ったバス停だよね…?」


あずさ「久しぶりにお家に帰れますね」
小鳥「ここでお酒でも呑めれば最高なんですけどねぇ」
あずさ「フフッ、それはライブ後の楽しみにしておきましょう?」
小鳥とあずさは帰りの電車に揺られていた。乗客は2人のみであり、駆動音が疲れた体に染み渡る。雨音がそれに加わり、車内の冷たさが引き立っていた。
あずさ「雨、酷いですね」
小鳥「明日には止んでいてくれないと、会場外で待つお客様たちが大変だわ。物販だってあるのに…」
あずさ「祈るしかないですね」
次は~、と車内にアナウンスが流れた。
小鳥「ええ、最近のライブ当日の天気運はなぜかバッチリですからね」
と、二人は笑い合う。
ゆっくりと速度を落として行き車体は止まる。開いた扉に合わせて降車したが、その風景は先に経験したものと同じであった。
小鳥「あれ…さっきの駅?」
あずさ「あらあら、また迷ってしまったかしら…」
小鳥「これ、環状線だったっけ?」



伊織「やよい、具合は大丈夫?」
やよい「うん、大丈夫だよ。ごめんね伊織ちゃん」
伊織「無茶しちゃダメよ、もう…」
伊織は家から車を呼び寄せ、やよいを送っているところだった。少しは良くなったようだが、それでもやよいの顔はまだ晴れない。まるで雨模様がそうさせているかのようであった。
新堂「お嬢様、申し訳ありません。行き止まりですので引き返します」
どうやら車は突き当たりに来てしまったらしい。
伊織「あら、いつもの道なのに。工事中かしら?」
やよい「いいよ伊織ちゃん、ここから歩くから」
伊織「だーめ!家まで!ね、新堂!」
新堂「はい、やよい様は休まれていてください」
うう、とつぶやくやよいを乗せて車は走る。水たまりを駆け、高槻家への道を模索するが何故かどの道も行き止まりになっていた。工事中などではない。元からそこに道など無いような気すらしてくる。
伊織「なんなの!なんなのよ新堂!」
新堂「申し訳ありませんお嬢様。何かがおかしいですね…」
さらに雨音は強まり、やよいは顔を暗くして行く。そんな様子を見ても、勇気付けられない伊織は悔しかった。



春香は風呂から上がって、宿場の休憩室で夜風に当たっていた。ボーッとしていると、横からヒヤッとするものを頬に感じた。
春香「わあっ!って、プロデューサーさんかぁ…」
プロデューサーは後ろから瓶のフルーツ牛乳を差し出してきた。
P「飲むかい?」


二人の間にはゆったりした時間が流れていく。
春香「ふう…美味しいですね、プロデューサーさん」
P「なんだかんだで、これが一番好きなんだよな、俺も」
春香「私もです」
お互い笑いあい、心から落ち着ける空間がそこにはあった。
P「なあ春香、この合宿はどうだった?」
プロデューサーはすでにこの違和感のある空間は認識していた。春香にも、何か感じることはないか聞いてみたかった。
春香「もう、最高に楽しかったです!ずっとこのままみんなと…、プロデューサーさんとここで過ごせたらな、なーんて考えたりもして。えへへ」
春香は本当に心から楽しそうだった。春香は特異な違和感を感じず、この世界に溶け込んでいるかに思えた。
P「明日は最高のライブにしような、春香」
春香「はい、もちろんです!」
その言葉にPは安心して、牛乳を飲み干した。



貴音はある高校の職員住宅へ来ていた。そこには旧知のある霊能力者の巫女が住んでおり、こういうオカルトの類に見舞われた際はたびたび訪れているのである。貴音はオートロックのインターホンを鳴らし、返答をまつとプツッという音と同時に繋がったことがわかった。
貴音「お久しぶりです、四条です」
「おお、お主か。今開ける」
扉が開いた。細長い廊下を歩き、突き当たりのエレベーターで上昇。数秒歩いたのちに再度インターホンを押す。
貴音「夜分遅くに失礼します」
扉の先に待っていたのは艶やかな黒髪が似合う女性であった。
サクラ「四条が急に来るということはただ事ではないだろう。入れ」


貴音はお茶を一口含んでから落ち着きを取り戻し、一連の出来事を打ち明けた。
サクラ「それは真か…?」
貴音はただ静かに一呼吸おいて頷いた。
サクラ「…昔、私も似たような体験をしたことがある。もっともそれは夢の出来事であったのだが、今思えばあれは現実のことで、夢と思わされているだけだった、ともとれる…」
貴音「それは、妖の仕業ですか?」
サクラ「夢邪鬼、それが妖怪の名前じゃ。人の夢を叶えるために、その持てる力を使うあやかし…」
貴音もその名前は記憶にあった。四条の家に伝わる書物に記されていたのを小さな頃に覚えたからだ。
サクラ「しかし、彼奴はとうの昔に消え失せたはずじゃが…」
貴音「一度、我が事務所へ来てはいただけないでしょうか」
サクラ「無論そのつもりだ。少々待っておれ」
サクラは身支度をする、と自室の方へ行ってしまった。
貴音は心の何処かで安堵していた。彼女はこの類のプロフェッショナル、その実力は貴音など足元にも及ばないレベルだ。しかし、その貴音の想いすらも、この不可解な仕掛けの中には小さな希望でしかなかった。


その夜中、貴音はサクラと共に事務所へ向かい日付の変わる瞬間を二人で眺めていた。プロデューサーには、今事務所には来ないで欲しい、春香たちを見ていて欲しいと頼み、席を外してもらった。
あらゆる機器、装置の電源を付け、眺めていたがどれもその日にちが進むことはなく変わらない一日をまた繰り返していた。
サクラ「この呪符を持っているから、我々はこの事実を認識できているが、おそらく…」
貴音「他の者は、気づかないうちにまたこの日を繰り返している、と…」
サクラ「うむ、そういうことじゃ。夜が明けたら皆ここに集まるじゃろうから、その時に事実を伝えよう」
サクラは呪符を複数、事務所の壁へ貼り付けて行った。
貴音「防壁、ですか」
サクラは小さく笑った。
サクラ「相手は強敵じゃ。こんなもの玩具みたいなものじゃがな」
サクラには記憶の奥底に眠る、妖との戦いがちらついていた。かつて我が生徒らと水辺にて妖と戦った記憶。あれは本当に夢、幻想であったのか。その生々しい経験が疑問を研ぎ澄ました。すると、背後でドンドンとノックをする音がした。プロデューサーか?と貴音は扉を開けるとそこにはずぶ濡れの765プロのメンバー達がいた。
貴音「みんな、どうしたのです…?」
亜美「もぉーお姫ちん!なんでか帰れないのぉ!」
真美「ケータイでかけてもパパもママもだーれも電話に出ないしぃ!!」
小鳥「みんな、何故かここに戻ってきちゃったのよぉ!」
ざわつくメンバーを見たさくらは、とうとうあの事件を繰り返している錯覚に陥った。
響「ん?そっちの方はどなた?」
貴音「私の知人で、我々の力になってもらうために来ていただきました」
サクラ「サクラだ。よろしく頼む」

§3


翌朝、一同は合宿所で朝食を終えライブ会場へ向けて移動した。今日も変わらない一日が過ぎて行く。サクラは彼女らの様子を見るために会場へ同行することにした。
真美「ねーねー、先生はどうして765プロに?」
真美がサクラの隣で聞いてきた。先生、というのは雰囲気から付けたあだ名らしい。
サクラ「お主らが連日の練習で立て込んでて疲れておると聞いた。医療の心得があるゆえ、手伝ってもらえないかと四条に頼まれてな」
亜美「へー、そういえばなんかお姫ちんと似てるとこあるっしょー」
響は最後部の席で真とダンス演出の話をしていた。
響「やっぱり、アイドルとして一度はワイヤーアクションで演出をやりたいよね!」
真「うんうん!それでさ、ステージもこう、ババーンって沢山変形するようになってさ!絶対凄いよね!」
それを聞いていた伊織は
伊織「そんなのあんた達くらいしか使いこなせないわよ」とツッコミを怠っていなかった。
美希はやよいの隣に座り、外を眺めていた。本当に繰り返している。美希はそのことを既にはっきりとした自分の意思で理解していた。街の風景も、どこか寂しいものに見える。流れてゆく街並みも、本当はあるだけでそこに人など存在していないかの様な…。やよいはあくびをしながら俯いていた。
千早「高槻さん、あまり眠れなかったの?」
真ん中の通路越しに、千早はやよいに声をかけてきた。
やよい「千早さん。えへへ、なんだか寝付けなくて。でも、練習はしっかりやりますからね!」
千早はうわ言のように、「高槻さん可愛い可愛い…」と呟きながらやよいの頭を何度も撫でていた。
やよい「やめてくださいよぉ、千早さーん…」
そんなやよいを横目で春香は物言わず、眺めていた。


バスから降車し、皆は控え室に向かっていた。水溜りが地面のそこらに点在し、雨上がりの朝であることがはっきり現れている。雪歩は、会場外の関係者入り口に向かったがそのさなか横道に逸れている路地のような場所を見つけた。普段からこんな場所に道があっただろうか?と、雪歩は気になり路地に足を踏み入れた。どうやら他のメンバーは気づいていない。雪歩が最後尾だったからだろう。細長い道を進むと路地の十字路にて、帽子を深く被った少女が横切り、その後ろから屋台が付いてきた。屋台を引く者はいないが、何故か動いている。屋台には無数の風鈴がぶら下げてあり、リン…リリン…と音を鳴らし風に揺らめいていた。その時である。雪歩の背後からも風鈴が鳴った。無数の風鈴が雪歩を挟み込み、音が鳴り響く。それは何層にも重なり、雪歩は風鈴に包まれる。光を放った硝子体はそれぞれが共鳴しあい、あたかも万華鏡かのような景色を見せた。そこは白に染まる世界。光のみの眩しい世界。しかし、汚れもなく純粋すぎる白は奇妙であった。恐怖を感じた雪歩は路地を引き返し、走り出した。揺らめく空間。空気が透明になり、風鈴が空間に音を木霊させる。雪歩は数秒走ったのちにもといた場所へ振り返った。すると、そこには路地が存在せず、元々の関係者入り口が前にあるだけであった。風鈴の音はどんどん遠くに消えていき、ついに聞こえなくなってしまった。その時、ライブ会場の上階の窓から、雪歩を眺める者がいたことを彼女は知らない。


響「えっ、会場って」
真「こんな感じだっけ…」
会場を眺めた二人は驚きを隠せなかった。ステージは何段階にも変化する可変式のものであり、踊り場が会場中央にあり、そこへ向けて通路が何箇所も作られている。また、ソロパートではワイヤーアクションが可能なように、天井には仕掛けが施されていた。
律子「何言ってるの。あなた達がやりたいって言ったから、頑張って実現させたんじゃない?」
律子は呆れ顔で説明をした。
真「言われてみれば…」
響「そうだったっけ…」
他の者も、チラホラと変わっている部分を見つけては不可思議な心情を顔に写していた。それを見ていたサクラは、今夜が事を打ち明けるタイミングであろうと決心をつけた。



765プロにサクラが来たということで、一同は近くのお好み焼き屋で小さなパーティを開いていた。が、その目的は別にあった。プロデューサーは皆が食事にありつき落ち着きを見せたあたりで声を発した。
P「さて、君たちには昨日サクラさんに会ってもらったのだが、実のところ俺も昨日会ったばかりだ。何故、サクラさんに来てもらったかをこれから貴音に説明してもらう」
プロデューサーは貴音に目配りをし、頼んだぞ、と伝えた。


貴音は皆にこの事件のあらましを話した。いつの間にか繰り返される日常。変わらない毎日。しかし、いつの間にか異なる事実にすり替えられているだけで、それに気づいていない日々。皆は同様を隠せなかった。貴音一人ならまだしも、そこにサクラさんという第三者の者がいることで事態の深刻さを物語っていた。沈黙の中、最初に口を開いたのは真であった。
真「でも、急にそんなこと言われても…こうピンと来ないというか…ねぇ?」
亜美・真美「異議なーし!」
サクラ「それはもちろんじゃ。この手の妖怪はたちが悪いことに人の意識の外側で仕事をする」
千早「これから、私たちはどうするのですか。サクラさんは何かご存知なのでしょう?」
サクラ「昨日調べたところ、この一連の事件はお主らの事務所、つまり765プロダクションにあると私は睨んでおる。今夜にでも、事務所を調べようと思うが協力してはくれぬか?」
貴音「だからこそ、来るべき憑魔の退治に向け腹ごしらえをせねばなりません! ご主人、ミックス焼きそば大盛りを5人前!!」
あずさ「うふふ・・景気づけにビールでも頼んじゃおうかしらぁ・・・///」
小鳥「あ!それ最高!最高!あずささんグッド!」
律子「あんたたち、経費で食べてるの忘れてないでしょうねえ・・・」
こうして、今夜に事務所内の調査が執り行われることが決定した。



事務所へ帰り着いたメンバーであったが、その様子はこれまでにまして不気味であり、暗く感じた。
あずさ「なんだか、全然違う場所にも見えてしまうわね~」
律子「あーもう、あずささん…なんでノンアルコール・ビールでヘロヘロなんですか…?!」
伊織「さ、こんなのさっさと解決させてライブを始めちゃうわよ!行くわよ皆!」
オォー!!と掛け声に乗じて事務所へ向かったのは伊織、春香、真、響、亜美、真美、プロデューサーの7人であった。残りのメンバーは外側で待機し、様子を見守ることにした。
伊織「春香と真は練習場を、響と亜美真美は合宿所を、あんたは私と事務棟よ、いい?」
亜美「アイアイサー!行くよひびきん隊員!真美隊員!」
響「おーし、行くぞお!」
ハム蔵「ジュジュジュィッ!!!」
真美「ラジャー!ゴー!」
バタバタバタ、と三人は懐中電灯で照らしながら走り去って行った。

春香と真は一歩一歩、練習場へと近づいて行きあたりを調べた。まずは電気をつけねばならないが、何故かブレーカーが落とされており二人はまずそのブレーカーを探しに来ていた。
春香「真はブレーカー触ったことあるの?」
真「前に事務所を閉める手伝いした時にね。春香も?」
春香「うん、だけどこう暗かったら分からないねえ」
あたりは一面真っ暗闇であり、懐中電灯で恐る恐る調べながら前へと進む。すると春香は明かりの先にブレーカーがあるのを見つけた。
春香「あ、あった!」
真は、もう少し先の方だったように思っていたが、思いのほか早めに見つかってホッとした。

そのころ事務所では伊織とプロデューサーが異変がないか調べていた。
伊織「あんたはこの事件、どう思うの?」
P「どうもこうも、非現実的すぎて理解が追いつかないよ。伊織は?」
資料の山をチェックしながらプロデューサーは答えた。
伊織「私は別に大丈夫よ。案外楽しいし…ただ、やよいがあんな顔するのだけは見てられないのよ。あの子が心配なの」
P「やよいはうちの元気印だ。やよいが辛そうだと、皆も心配になる。俺も同感だ」
その時、事務所に電灯がついた。ブレーカーが入ったのだろうが、あたりの景色に伊織とプロデューサーは驚きを隠せなかった。本来壁である部分が取り払われ、四方全てが鏡でできているのか、二人の姿が無数に事務所の中に広がっていた。
P「伊織が…」
伊織「プロデューサーが…」
「「沢山!?」」
二人は入り口に向かって走り出したが、延々と入り口にたどり着けない。どこまでもどこまでも続く廊下を走り続ける。

そのころ響、亜美、真美の三人は食堂に来ていた。が、明かりがつくと、何故か三人は食堂の天井に立っていた。
響「へ…?」
真美「なんだろこれ…?」
亜美「逆さま…?」

春香と真は、延々と続く廊下を走っていた。
真「ねぇ、春香…。ここってこんなに長かったっけ?」
春香「そんなこと…ない、はずだけど…」


サクラ「どうやら始まったようじゃな」
外で待つメンバーは事務所を眺めながらその様子が異常であると察知した。窓ガラスはチカチカと光り、曇天の空には雷のような無声の閃光まで走った。
千早「何かおかしいと思ったら…」
サクラ「気づいたか?昨夜、私がこの事務所に訪れた時は鉄筋コンクリート建築4階建てのビルに居住区が設けてあった。しかし今この様子を見てみると」
あずさ「6階建てになっているわね…」
どういうカラクリかは分からない。が、しかしそこにはこれまでと違う形の事務所が建っていた。
雪歩「窓から見える光が、まるで叫んでいるみたい…」
明滅する閃光が窓を駆け抜け、外を照らしていた。さながら、音を立てる光かの様に。
サクラ「そろそろ潮時じゃろうて、皆をここへ戻す。四条!!」
貴音「はっ!」
二人はお札を取り出し念を唱えた。すると、事務所の玄関が開き、先行したメンバーが吐き出されるかのように飛び出てきた。
サクラ「皆のもの、車に乗れい!」
バタバタ、とメンバーはバスに乗り込み走り出した。


サクラ「やはり事務所には何かあるな!水瀬、約束の例の場所とは!?」
ハンドルを握りながらサクラは叫ぶ。
伊織「水瀬アミューズメントに向かってくれないかしら?」
サクラ「なんじゃ?ゲームでもしたくなったか!?」
伊織「うちの緊急避難所があって、そこには飛行機が隠してあるの!」
サクラ「なるほど、空という手があったか」
メンバーを乗せたバスはそのまま水瀬アミューズメントへ向かい駆けていった。


伊織はサクラに前もって事務所の謎が解けなければ行って欲しい場所があると伝えていた。それは廃業したゲームセンターだった。阪堺の扉を開け進み、カチっ、という音と共に室内の電気が付けられた。
やよい「荒れてますぅ…」
美希「これじゃ太鼓の達人って訳にもいかないの」
伊織は奥に進み。壁に貼ってあるポスターを剥がし、スイッチを押した。すると、床全体がエレベーターになり、地下へと向かい降下していった。ズシンという音と共に地下の電気がつき目の前には大型の戦闘機が現れた。
響「飛行機!かっこいいぞ!」
小鳥「水瀬財閥って、なんでも持ってるのねぇ…」
伊織はコクピットに飛び乗り、エンジンに火を入れた。
雪歩「伊織ちゃん、飛行機動かせるの?」
伊織「前に新堂に教えてもらったの」
P「新堂さんって、何者なんだ…」
伊織「こちら水瀬アミューズメント、水瀬アミューズメント。応答を願います。変ね、まるで通じないわ、って!何やってるのよあんたたち!」
伊織は後ろを見ると、面々がみな機体に乗り込んでいた。というより、張り付いている状況に近い。
真「へへっ、僕たちを置いてったりしないでよ」
響「ダンスやってるからこれくらい平気だぞ!」
伊織「もぉー!振り落とされても知らないからね!」
伊織は正面を向き、機体が一気に上昇していった。


機体は大空を駆け、一気に街を離れて行く。
千早「すごい、もう街があんなに小さく…」
すると亜美と真美は独特のコブシを混ぜながら「さらばぁ~765プロォ~♩旅立ーつ、船はぁ~♩」と昔のアニメの主題歌を歌い出した。しかし、そんな悠長な雰囲気も長くは続かず、その光景が示す真実に皆が言葉を失った。
貴音「何ということでしょう…」
大空から眺めた街は、ちょうど、765プロを中心とした円に切り取られており、その外側に街は存在しなかった。飛行機が街から離れて行くと、見えてくる景色は更に変わった。切り取られた大地は、ちょうど何処かのおとぎ話の様に、石造りの亀の背中に乗せられていた。亀は広大な星の流れる大河のごとき宇宙を泳いでいた。
サクラ「水瀬!街を旋回するのじゃ!」
伊織はレバーを倒し、飛行機を街の周りに飛ばした。高度を下げ、飛行機が街の裏側に入り亀の甲らの下に入り込むと、そこには街を支える巨人の影が見えた。石造りの巨人、それは我が765プロの高木社長であった。
律子「社長!?」
あずさ「最近見ないと思ったらこんなところに…」
伊織「まずい、ガスが切れそうだわ。一度あの街に戻りましょう!」
響「あそこに戻るのか!?」
点滅するランプが皆を焦らせる。
伊織「他に行く当てもないでしょう?!」
飛行機は高度を上げ、亀の背中の板上の街を目指した。
伊織「緊急着陸するわよ!しがみついてー!!」
各々の悲鳴が響き渡る。機体は逆噴射をかけ、一気に地面へ滑り落ちて行く。ドドンッ!!! 地響きと共に、飛行機は765プロの目の前に着陸した。こうして、一同はこの世界での生活を続けざるをえなくなった。