天皇の祈り~さまざまな国難、国民の苦しみはわが身を通過しますように~ | Yacco Cafe(やっこカフェ)~光と陰がくつろぐ空間~

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皆さん、ごきげんよう!Yaccoこと内藤康子です。


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さて、前回に引き続き、天皇について書いてみたいと思います。


私はこの年齢になるまで、天皇がどんな仕事をしているか、テレビで見る国事行為や式典へのご出席、外交での訪問、被災地へのお見舞いのほかは詳しく知りませんでした。


だから、最近、天皇がどんな仕事をしているのかを本格的に調べてみて、とても驚いたのです。


参考にしたのは、この本。
日本は天皇の祈りに守られている/致知出版社
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皆さんは、天皇が日本神道の最高神官であり、祭祀王だあることはご存知だったでしょうか?


日本各地に神社がありますが、そこに神主さんがいて、その最高位の神主さんが「天皇陛下」ということになります。


それは私たちのように、日常生活で「気軽に祈ってますよ」というレベルのものではありません。


天照大神はじめ八百万の神への厳粛な祈りです。


それは祈りはもちろん、神と民を取りもつ祈りであり、私たち日本国民の幸せと世界平和を日々祈っておられるのです。


その儀式は初代天皇(神武天皇)から現在の125代の今上天皇(今の天皇陛下)まで一貫して変わらないそうです。


ですから、天皇陛下としての本来のお仕事は祭祀に始まり祭祀に尽きると言っても過言ではないのです。




そのお仕事のことを「皇室祭祀(宮中祭祀)」といいます。


現在は皇居の吹上御苑内にある宮中三殿で行われています。


このような大切な「祈り」の伝統について、第八十四代・順特天皇(1197-1242)はこのように書き残れてました。


「すべての皇居で行うことのうち、神を祭る事が、まず先であり、他のことは、すべて、その後に行うものです。天皇たるもの朝から夜まで、神を敬うことを怠けてはなりません」(禁秘抄)


また第九十六代天皇 後醍醐天皇も

「世をさめり民やすかれと祈るこそ 我が身につきぬ思うなりけれ」

という御製を残しております。


その教えは脈々と受け継がれ、昭和天皇も同じでした。



明治・大正・昭和の三代にお仕えした甘露寺受長さんがこう書き残されています。


「今上陛下(昭和天皇)は、いろいろなご計画をお立てになる場合、かならず神事の予定を第一にされて、それをはずして他の計画をあそばされる。


たまたま、計画が神事の日にあなるようなことが生じてくると、神事に支障がないかどうかをお確かめになり、支障がないことがわかると、はじめてお許しになる。

また、いつでも御座所や自分の位置が、賢所をうしろにしないように、細かいところまで気をお配りになっている。」


このようなご精神は今の両陛下にも受け継がれ、特に今の両陛下が、ご歴代の中でも、ことのほか厳格に皇室祭祀をおつとめであることは、広く知られているそうです。


それを発言されたのが、当時の紀宮内親王のお言葉。


「以前、元東宮大夫(とうぐうだいふ)が記した記事の中で、皇后様がおっしゃっておいででした

”皇室は祈りでありたい”

という言葉を、よく思い出します。」


その翌年、皇后陛下は記者会見でそのことに話が及ぶと、このように仰られました。


「一国の道を選ぶような判断とか、その方法とか、それはやはり、そのときのその国の人々の英知であり、判断であると思います。

それに対して皇室というのは、

”常によかれし”

と思って、祈り続けるのが大事ではないか、と思ったことを、たぶん、その時に・・・記者会見ででたことがありましたか・・・」
(平成三年)


この常によかれしとは、

「神々の御心ままに、思し召すまま」

という意味です。


ところで、その祈りの儀式である「皇室祭祀」は年間どれくらいあると思いますか?


年によっても違いますが、

皇居内で行われる毎朝のお祭り以外にも、

平均して年間60回を超え、

そのうち、天皇おんみずからお祭りを執り行われる「大祭」と「小祭」のうち、

天皇がご礼拝をなされるものなどをあわせれば、陛下がお出ましになるお祭りは、

一年で30回くらい

はあるそうです。


このときの天皇のお姿は、このような神職のお姿です。


国務とこの宮中祭祀をあわせたら、肉体的にも精神的にもかなりの激務です!!!


なぜなら、例えば毎年11月23日に行われる新嘗祭は、夕方から翌日の未明にかけて長時間行われるそうで、そこには冷暖房も無く、この寒い時期であるのに、おそばで奉仕する人も汗だくになるそうです。

(この写真は他の神宮の新嘗祭の様子ですが、天皇も同じような形で傅かれているそうです)


本当に驚きですよね!


このときの光景を皇后陛下が詠った御歌があります。


「新嘗のみ祭果てて 還ります 君のみ衣 夜気冷えびえし」


昭和54年、まだ妃殿下の時代、昭和天皇のご親祭に同行された皇太子殿下が戻ってこられた時に、そのみ衣の冷たさに触れ、


夜気の冷え冷えした寒さに耐えて、殿下は国民のために祈っておられるのだなぁと妃殿下が気づいて思いやる、そんな美しい情愛の歌です。


心にグッときますよね。涙


常に皇室は、マスコミに晒され、有る事無いこと書かれながら、それでも休むことなく天皇は私利私欲にまみれた国民たちの安寧と平和を祈っておられます。


しかもその祈りの内容は、


「さまざまな国難、国民の苦しみはわが身を通過しますように」


といった内容のお言葉を唱えられているそうです。


これはまさに無私の引き寄せ!

できますか、普通・・・できませんよね!


でも確かにそうでなければ、普段からあのように被災地や戦地巡礼、福祉施設での国民を思いやった対応ができるはずがありません。



その姿はまさに無私の行、日本を一身に背負った菩薩行です。


では、なぜ、我が家にも神棚がありながら、天皇のこのようなこのような素晴らしいご公務を今まで知らずにきたのか、そしてマスコミでも報じないのか?


それはもちろん、日本が先の大戦で負けてしまい、GHQがそのような政策をつくったからです。



終戦の翌年(昭和21年)には早々と「教科書検定の基準」をつくり、学校教科書から「皇室」「天皇」「祭祀」「神社」「神代の物語」など、おおよそ神道にまつわる言葉を抹殺してしまい、


昭和22年に発せられた「神道指令」が発せられ、学校での神道に対する教育はできなくなり、役所や学校では、神棚の設置さえできなくなったのです。


その後、当時の文部省では、学校行事で神社に行くことも禁止してしました。


さらにGHQは、地域の行事や町内会活動から神社やお寺を排除せよ、とも命じています。


その後にGHQは去って、昭和27年に日本は主権を回復するのですが、悲しいかな、日本人の大半は今でも言語統制されたままなのです。


そして、この宮中祭祀も、戦前までは国の行事であり、天皇の公の仕事でしたが、今の法律では、天皇の私的活動とされているのです。


ですから、そんなに国務が忙しいのだから、私的活動を減らしたらいい!という心無いひとたちもいるようで、なんだか同じ日本人として悲しくなりますね。


そんな流れの中でも、今上天皇はご高齢にもかかわらず、今も宮中祭祀を続けておられ国民の安寧を祈っておられるのです。


本当に有難くて、涙が出そうです。


だから、両陛下にお会いした人たちは、その無私の存在に、無条件で感動したり、癒されたりするんですね。


どうか、両陛下がこれからも一日もながく健やかに過ごされますように。


それでは、皆さんも良き一日を!


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