仕分けの仕事と塾の仕事を比べれば、やはり塾の方が良い。
肉体的疲労が少ないのもあるが、なにより塾には女性がいるのだ。
職場に女性がいる点で塾のアドバンテージは大きい。
コミュニケーションをとったことはないが、女性がいるだけで全然違うのである。
もし高校も共学に行っていれば、このように毎日楽しかったのかもしれない。
塾の女性とは女性講師であり、彼女らは女子大生である。
自分より二回り以上年下だが、あえて「女性」と呼んでいる。
「女子」と表現すると違和感があるため、女性と言っている。
以前も同じことを書いたが、彼女らには大人のイメージがあるから、女性と言った方がしっくりくるのだ。
だから「女子」ではなく、「女性」なのだ。
塾の講師室では、男女ともに良く喋る。
自分はこの塾に来るまで、女性が男相手にこんなにも喋るとは思っていなかった。
自分が女子といた最新の記憶は中学時代であるが、男女同士で賑やかに喋っている姿を見たことがない。
テレビや街中でもよく喋る女性を見かけるが、生でこんなにまじまじと見たのは初めてである。
自分の中学校は女子の数が少なく、男女比2:1くらいだった。
また、女子と仲良くすると冷やかされる風潮があったせいか、男子と女子は一線を置いていた。
男子は男子同士で固まり、女子は女子同士でグループを作っていた。
そんななかで女子と付き合っている男はいたが、よく冷やかされてた。
自分もどちらかというと冷やかす側にいて、男友達と一緒に、付き合っている男女を見つけては、後ろを走って追っかけたりして、よくからかっていた。
当時の自分はまだ幼すぎて、女子のこともよくわかっていなかった。
このことは今も後悔している。
なぜ、自分も一歩踏み出して女子に近づかなかったのかと。
爾来、女友達も一人もいないし、まともに会話したこともないままである。
そして40代になった今でも、女子に対しては中学時代のそんなイメージを引き摺っている。
しかし、塾の女性講師は、よく喋る。
自分は孤高の人を演じているため興味のない振りをしているが、会話の内容は常に聞き耳を立てて聞いている。
特に男性講師と女性講師との会話のときは聞き漏らさず、すべて聞いている。
彼女らの好きな食べ物や、学校での専攻、誕生日などほとんど知っている。
直接会話したことはないが、彼女らの友人の誕生日パーティーをやった場所や、旅行先で泊まったホテルの名前、家族構成も知っている。
これらは、ちょっときいただけでも覚えてしまう。
直接会話したことがないにもかかわらず、彼女らの会話の内容ならすぐ覚えてしまうのだ。
司法試験の勉強で、定義や論証ブロックを何べん読んでも頭に入らなかったのに、こと彼女らに関しては脈絡のないフレーズでもすっと覚えてしまう。
しかし、彼女らの会話を聞くと、複雑な気持ちになる。
自分の理想とする女子に比べ恥じらいがないというか、良く言えば成熟しているのだ。
自分の理想とする女子よりはるか大人なのだ。
外見も中身も、彼女らはやっぱり「女子」ではなく「女性」なのだ。
彼女らは何でもあけすけに喋る。
男性との間の会話もよどみなく世間話をし、自分の感じたことを素直に語っている。
自分の中の女子は違う。
自分の中の女子、つまり自分が理想とする女子は、男子と喋る時も緊張してうまく喋れず、仮に喋れたとしても嬉し恥ずかしな感じで喋る女子である。
これは決して奥ゆかしい女子を求めているのではない。
派手で遊び好きでも、男性の前ではつい緊張してしまう。
大人の化粧をしていても、男性と喋るときはドキドキしてうまく喋れない。
そんな女子が良いのだ。
彼女らは違う。
彼女らは男性と話すときでも、昨日起こった出来事などぺらぺらと話す。
彼女らは男性と会話しても特段の抵抗を感じない。
すでに男性との会話に対する免疫を持っているのだ。
いや、男性そのものに対する免疫が出来ているのだ。
さらにすでに男性への態度も確立している。
男女間おける自分の立ち位置、スタンスともに出来上がっているのだ。
自分が想像していた女子と大きく違う。
自分など、いまだに女子が出てくる夢を見るだけで、朝、頭がぼーっとしてしまう。
女子と会話した夢を見た時など、起きた後も数時間ドキドキが止まらなくなる。
そして、その日はそのことで頭がいっぱいになってしまう。
そんな彼女らの会話に聞き耳を立てるのは、単なる性的な興味だけではない。
自分の理想を捨てきれないからだ。
彼女らは大人の女性でも、きっと女子っぽいところがあるはずだ、男性に聞きにくい素朴な疑問があって、それを聞けずに困っているはずに違いないと、そう思い込んで聞き耳を立てている。
そして、そばにいる自分に対して、おそるおそる「こんなとき、男性はどう思うんですか?」と話しかけてくれてくれるに違いないと期待している。
いまだ会話すらしたことはないが、この期待は捨てていない。
いつも家に帰ると、職場で話していた彼女らの会話を再現し、咄嗟に質問された時の回答を自分なりにシミュレーションをする。
自分ならこういうアドバイスをするとか、こういう態度で話すとかのシミュレーションをする。
特に男性講師が女性講師と話していた時は、自分が男だったらこう答えるとかのシミュレーションもする。
しかし、いまだに会話すら実現していない。
理想への道は遠い。