まだまだ天龍源一郎 | 栄作文

栄作文

斎藤栄作の文

昨日。
稽古場へ向かう途中の話……。

私の5mくらい前を工事現場風のお兄ちゃんが歩いていた。
すると後ろから自転車が私を追い抜いた。
後ろ姿からわかったのは、乗っているのはおばちゃん。そこそこ急いでる。そして荷台には荷物が沢山。ん?……何かがこぼれ落ちそうだ。

と、思った瞬間。

丁度5m先を歩いていたお兄ちゃんの横を通り過ぎた所で、その何かが落ちたのだ。しかしおばちゃんは落とした事に気づかず、行ってしまった。私には後ろ姿からもお兄ちゃんが「!?」となったのがわかった。


「落ちましたよっ!!」


私はお兄ちゃんが100%そう言うだろうと思い込んでいた。ところがである。その何かを拾うと……。


「……あ……ああ……あ~。」


待て待て待て、おいバカか君は?何をしてる。おばちゃんが行ってしまうだろ、追いかけろっ!!……そう叫ぼうと駆け出した瞬間、私は咳き込んでしまった。そう……私はまだまだ喉が天龍源一郎なのだ。それでもお兄ちゃんに……。


栄作「走れっ!!走って届けろーっ!!」


と言った(つもり)なのだが、更に咳き込む始末。


お兄ちゃん「……大丈夫ですか?」


いい、いいんだよ俺の事は、それよりおばちゃんを追いかけろっ!! と……叫べば叫ぶほど咳き込む有様。お兄ちゃんからすれば、目の前でおばちゃんが何かを落とし、後ろから咳き込むおっさんが肩を叩いてくるのだ。大パニックであっただろう。

暫くしてようやく咳が収まった時にはもう、おばちゃんは遠く彼方に消えてしまっていた。私はお兄ちゃんに言った。


栄作「……どうして追いかけなかった。
男 「え?よく聞こえないんですけど。」
栄作「どうして……追いかけなかった。
男 「ああ……。」
栄作「声くらい出せただろ。
男 「え?」
栄作「声くらい出せただろ。(咳き込む)」
男 「大丈夫ですか?」
栄作「……大丈夫。
男 「落としたモノがコレだったから……。」


と、ようやくおばちゃんの落としたモノを目にした。
それは、何てことない「くつべら」だった。


栄作「え?
男 「え?」
栄作「コレだったから……何?
男 「いや……くつべらだ~って思っちゃって。」


私は5秒くらい黙ってしまった。
そして……。


栄作「……初めて見たの?くつべら。
男 「いえ。」
栄作「え?
男 「家にもありますよ。」


今度は私が大パニックだ。でももうこれ以上この不毛な会話の為に喉を使いたくない。私はそのお兄ちゃんと共に、側の電信柱にくつべらを立てかけ、おばちゃんが気づいて戻り、見つけ出す事を祈ってその場を後にした。

……現代人はよくわからん。


ああっ!!
折角、稽古場の事を書こうと思ったのに……。