~チャンミンside~
───────ばかだな、・・僕は。
ただきっかけが欲しかっただけなんだ、───帰るための。
それを証拠に、ボーリングなんてすっかり忘れてさっさと荷物をまとめて帰ってきてしまった。
「ああ、そんな大荷物で。電話くだされば車で迎えに行きましたのに。」って、なぜかホッとした安堵の表情を見せるジヒョンさんと。
にこ~っと満面の笑みで、
「今日あたり帰ってくると思ってたよ。」って何でもお見通しのスヒさん。
ユノはいつもより少しだけ早い帰宅。
着替えてすぐ出かけちゃうだろうから、その前に顔見せなきゃ、・・帰りましたよ、って。
あのユノが。
相変わらず無表情ではあったけど、反省の色もまるでみえなかったけど。
でも僕の大学なんて知るはずないから、きっとジヒョンさんかスヒさんに聞いたのだろう。
そんなことが、くすぐったいくらいに嬉しかった。
重厚な玄関ドアの開く音。
2階の階段おどり場から広く吹き抜けになった玄関ホールへ降りていく。
トントン、と革靴の乾いた音がして。
僕とは逆に上ってくるその人の後頭部が視界に入る。
ふっ、───────と。
見上げたユノと僕の視線が重なって。
なぜか、煩いくらいに跳ねる心臓の音。
たった数秒のことが何時間にも思えて、じんわり汗が滲んできたのにさらに焦ってしまった。
「あ、あの、・・。」
こんなとき、なんて言えばいいんだろう?
「た、ただいま。////」
無言のまま僕を見つめるユノ。
シーンと聞こえてきそうな静寂に、心臓の音だけが響いてしまいそうで。
ふ、・・と。
切れ長の瞳が緩やかなカーブを描き、色味のある唇が嬉しそうに口角をあげた。
「───飯、・・一緒に食うか?」
「───はい。///」
たぶん僕はかなりにやけていたに違いない。
熱くほてった頬を両手で覆ったら、信じられないくらい緩んだ口元に気づいてしまったから。
「あ、あの僕、///・・自分でジヒョンさんかスヒさんに伝えてきますね?ユノは休んでてください。」
恥ずかしくて逃げだす口実。
ユノの返事を聞かずに厨房までの道のりを急いだ。
「夕飯、ですか?ユンホ坊ちゃまとご一緒に、って事ですね?」
厨房までの廊下で小脇にファイルを抱えたジヒョンさんに会って。
──少し持ちましょうか?とファイルを受け取りながらお伺いをたててみた。
お伺いをたてる、とか変なのかもしれないけど。
居候の僕がこの屋敷の息子と食事を共にするのは畏れおおい気がして、いつもどこか遠慮していた。
ニコリと笑ったジヒョンさんが。
「・・実は、坊ちゃまがあまりに気にしてらしたようなので、チャンミンさんが帰ってこられたのを連絡したんですよ。
その時に夕食はご一緒に、と伺ってますから。」
「それに、・・特に了承を得なくても好きなだけユンホ坊ちゃまとご一緒してくださって構わないですよ?」
クスクスと可笑しそうに笑うジヒョンさん。
「え?///あ~、あの//。」
なんだか恥ずかしくて言葉を選べない僕に、スヒさんに渡してもらえませんか?とファイルをひとつ手渡された。
「チャンミン?・・おいで、珈琲でも飲むかい?」
厨房脇にある従業員用の小部屋。
チョイチョイとスヒさんに手招きされて、そそくさとお邪魔してしまった。
「────美味しい!」
豆から挽いた本格的な珈琲はうっとりするほど薫り高く、程よくローストされた酸味が美味しかった。
そんな僕の顔を覗きみるようにしていたスヒさんが、
「やっと仲直りしたんだね?」
───え?///って驚いた僕ににっこりと笑いかけた。
「チャンミンに電話した事あったでしょ?
あの日、郵便物を置いておこうとチャンミンの部屋に少しだけ入らせてもらってね。」
「夜だから、当然部屋の明かりをつけたんだけどね。」
そのまま、くくっと笑いをこらえるように手の甲を口元に当てるスヒさん。
「ちょうど帰ってきたユンホ坊ちゃまが、・・チャンミンが帰ってきたと勘違いしたんだろうねぇ。
それは凄い勢いで部屋に入ってきてね。
私を見たときの坊ちゃんの顔ときたら。」
「チャンミンにも見せてあげたかったよ、───あの真っ赤な顔。」
そして僕の頬にスッと手を伸ばして。
「ふふ、・・あんたも負けじと真っ赤だ。」
そう言って楽しそうに笑った。