~チャンミンside~
─────ユノを好きだと、自分に認めてしまった。
普段の無愛想な表情や立ち振る舞いに、時折見せる素のユノが無性に嬉しかったり。
母親の肖像画を祈るように見つめるユノは、胸が締めつけられるほど切ないのに、・・でもあまりに綺麗で見惚れてしまったり。
あの怒りにまかせて強引にキスされた夜、───ぶつけられた憎しみがつらかった。
ううん、・・それでもあのキスに胸が高鳴った自分自身がつらかったんだ。
認めてしまえば後から後から愛しさが湧いてくるというのに、─────
────ねぇ?ユノは?
軽く触れただけの口づけ。
自分から仕掛けたはずなのに、ちょっと驚いて戸惑いを浮かべるユノがいて。
「は、・・俺、何やってんだろうな?────もう戻ろう。」
軽く冗談にされたのか?
スッと立ちあがったまま振りかえることなく屋敷に帰ってしまった。
────ねぇ?ユノは?
縋るように見つめたけど、ユノからはなんの想いも伝わってこなかった。
鉛筆を持つ手がふるりと揺れて、・・遠くでストロベリーキャンドルの花が寂しそうに靡いているのが。
「・・で、どうしてチャンミンはこんな所で油を売ってるんだい?」
もう僕の第2の部屋になりつつある厨房脇の小部屋。
日誌のようなものを書いてるスヒさんの隣で温かい珈琲を飲む僕。
「ユンホ坊ちゃまのバイトはいいのかい?」
チラッとスヒさんを見て、ズズッとひとくち。
「・・・今日は部屋で仕事するからいいって。明日からは出張らしい。」
「へ~、急に仕事熱心になったもんだね、ユンホ坊ちゃんも。で、こんな所で拗ねてるわけ?」
ニタッとからかい口調で言ってくるスヒさんに真っ赤な顔して反論するけど。
それが尻すぼみに小さくなるのを抑えることは出来なかった。
──────昼間のアレはなんだったのか、と。
そう思うほどに急に冷たくなったユノ。
僕の本気が伝わってしまった?
・・・それでひいたの?
こんなことなら彼女がいると言えばよかった。
それなら前のように遠からず近からずの擽ったい関係が続いた?
急に黙りこんだ僕に、・・ふぅ、とため息をついて日誌をパタンと閉じたスヒさん。
「旦那様もユンホ坊ちゃんも素直になれないところはやっぱり親子だねぇ。」
「え?旦那様?」
「チャンミン、私はね、もう40年もここにいるのよ?なんでもお見通しなの。」
自信満々にニッコリと笑う僕が母のように慕ってしまう人。
「ね?あんたから見て、旦那様とユンホ坊ちゃんはどちらがいい男?」
───は?///
あろうことか、そんな事言いだしたスヒさんに僕は声もでなくて。
ただボッと燃えた頬をやんわり撫でられた。
「旦那様の若い頃は、そりゃあいい男だったのよ。常に大勢の取り巻きがいて、いつもその中心でね。
でも先代が、・・旦那様のお父上がね、経済界ではこの人あり、といわれる程の方で。
常にその跡継ぎとしてのプレッシャーや孤独とも戦っていたの。」
もちろんチョングループの先代のことは知っていた。
経済学を専攻していてその名前を知らない人はいないであろうレベルの人だから。
「どんな優れた方でも病魔には勝てなくてね。旦那様が大学を卒業間近に倒れられたの。・・周りも焦ったのでしょうね、早急に旦那様の結婚が進められて。」
「卒業してすぐの結婚、───そして産まれたのがユンホ坊ちゃまよ。」
「───だから、若いんですね?おじさん。」
「ふふ。まだまだ現役でモテモテだからねぇ。旦那様は。」
とても忙しい人だから、───数えるくらいしか喋ったことはないけど。
時折みせる、・・あの切ないまでの視線。
いつか言われた、───父との思い出話を聞きたい、と。
何千人という社員を抱えた会社のトップとは思えないほどの縋るような物言い。
「ところが結婚を機に人が変わったように荒れてしまってね。ほとんどこちらには寄りつかず遊び歩いて、・・それは酷かった。何かを振りきるように飲んだくれて、今まで身体を壊さなかったのが不思議なくらいだよ。」
「───それが、父親を嫌う原因、ですか?」
困ったように眉を寄せて、まばたきだけで頷くスヒさん。
「───奥様とユンホ坊ちゃまは可哀想だった。奥様は身体も心も弱い方だったから。ユンホ坊ちゃまはずっと辛い思いをしてて、・・あまり笑わなくなって、・・旦那様を嫌うのも、まぁ、しょうがないねぇ。」
母親に早く先立たれて、・・それは僕も一緒なんだけど。
僕にはいつも父さんが側にいてくれた。
嫌悪感を抱く父親と2人きり、それもお互い忙しくて歩みよることすら出来なかったのだろう。
感情をなくした冷たく鈍い光を宿すその瞳を、─────。
何かを諦めたように拒絶するその皮肉に歪んだ口許を、────。
──────それでも愛おしいと思ってしまう僕がいて。
どうしようか、・・ユノ。
この気持ちは止められないよ、───。
「詳しいことは分からないんだけど、・・たぶん旦那様には想い人がいたのかもしれない。
ある日花の種を持ってきてね、誰にも手を出させず丁寧に植えていたことがあって。」
「───それが、あんたもお気に入りの、・・ストロベリーキャンドルなんだよ。」