~チャンミンside~
翌朝、出張の為キャリーバック片手に出勤するユノと偶然顔を合わせた。
───なんて嘘。
かなり計画的な偶然。
何日も留守にするまえに、どうしても会いたかった。
この広い屋敷では待ち伏せでもしないかぎり簡単に顔を見ることさえ出来ないから。
「お、おはよう、ございます。」
ネクタイをくっと直しながら、一切表情を変えずに、
────「・・ん。」とだけ。
「あの、いつ帰るんですか?」
僕にしたら最大限の勇気をふりしぼって聞いたのに。
「──関係ない。」のひとことで片づけられた。
おろした両手をギュッと握って、無駄に傷ついてる自分をごまかすのが精一杯で。
僕のまえを通り過ぎて、ふと足を止めるユノ。
「──ああ、そういえば。」
「バイトだけど、・・庭師のジョンが人手を探してるらしい。──そっちに行くといい。温室の手入れが出来て嬉しいだろ?」
ニッと、ぎこちない笑い。
でも目が笑ってないね。
ユノの部屋で、温室裏の花畑で、・・僕の退屈な植物講座を、───もう聞く気はないと。
──それが答えなんだね、・・ユノ。
「あ、・・わかりま、・・
「ユンホ坊ちゃん!!」
頷いた僕を遮るように、叱責する声はスヒさんだった。
「スヒ?」
「スヒさん?」
僕とユノの声が重なって、ついふたりして顔を見合わせた。
わざとらしいくらい目を逸らされたけど、一瞬ユノの頬が緩んだのを見逃さなかった。
───ねぇ、ユノ。
僕はそのほんの一瞬見せる素のユノが欲しいんだよ?
両手を腰にあてたスヒさんがズカズカとユノの目の前まで歩いていって、
「いつまでも枯れない花なんてないんですよ!───ユンホ坊ちゃん?」
ユノの鼻先に人差し指を合わせてツンとつつく。
「なっ!!///」
カァっと一気に朱がさして、そんな自分に苛ついたのか、乱暴にキャリーバックを引っ張り身体を翻した。
「ユノ?」
「───そ、そういう事だから。詳しいことはジヒョンに聞いてくれ。」
足早に去っていくその背中を為すすべもなく見送るだけの僕で。
隣ではスヒさんが大袈裟にため息をついていた。
───さっきのはどういう意味?とスヒさんに聞いてみても、──自分でユンホ坊ちゃんに聞きな。としか教えてもらえなくて、初対面の頃に戻ってしまったようなユノにもう話しかけることなんて出来ないよ、と小さく呟いた。
ジヒョンさんがこっそり、「今日、ユンホ坊ちゃまが帰られますよ!」と教えてくれた日の夕方。
めずらしく屋敷で仕事をしていたおじさんによばれた。
───コンコン、
「どうぞ?」
落ちついた優しげな声。
ちょうど良かった、・・僕も聞きたいことがあったから。
「呼びだして悪かったね。・・どうぞ?珈琲でいいかな?」
にっこりと笑ったその人は、やっぱり涼しげな目元や体格、そして纏う雰囲気がユノに似ている。
大企業の社長にしては若い年齢に貫禄をつけるためか、いつもはもっと老けた印象なのに。
生成のスラックスに真っ白な綿のシャツ。
初めて見るカジュアルなその人は年齢よりも若く見えた。
「ありがとうございます。・・あの、いつも良くしてもらってばかりで。」
なかなかお礼を言う機会もないし。
実際どうしてここまで僕に良くしてくれるのか、───最近になってやっと疑問に思えてきた。
大学を卒業以来、父とは会ったことないはずなのに。
どうして父が亡くなったことをすぐに知り、身近な人達だけの通夜にかけつけることが出来たのか?
───そして、・・ストロベリーキャンドル。
「チャンミン、・・座って?今日は少しだけ君の思い出話が聞きたいんだ。」
───僕を見つめる目の前の人の、その切なげに揺れる視線の意味を。