~チャンミンside~
「チャンミン?あまりじっと見ないで?・・いい年したおじさんがこんな格好、・・おかしい?」
そう言われて、その人を穴が開くほど見つめていた自分にハッと気づいた。
「あ、///ごめんなさい、・・あの、いつもと雰囲気が全然違うから。」
洗いざらしのようなサラッとおりた前髪や、普段見ることのない綿シャツの隙間から覗く首筋がその人を10歳ほど若く見せていた。
喋り方もいつもの堅苦しい物言いではなく、リラックスしているのか今までにないほど親しげで柔らかい。
「この屋敷のご主人様っていうより、なんだか隣のお兄さんみたい、・・って、ごめんなさいっ!///」
何を言ってるんだ、僕は///////
「ふ、嬉しいよ。君のような若者に言われると特にね。」
目尻がふわっと緩んで優しげなシワが刻まれる。
───ユノも年を重ねたらこんなに柔らかい表情をするようになるのだろうか。
感情をどこかに置き忘れてきたような無機質な表情を甘く融かす人がいつかは現れるのだろうか。
目の前の人がユノに似ているのがいけない。
何を話してもユノが浮かんできて、何を聞いてもユノが浮かんでくる。
父の話をせがまれて、幼い頃父と通った近所の森林公園の話や、母が亡くなって父子ふたりでドタバタと家事を分担した話をポツポツと話す。
「で、しっかりしてるようで案外抜けてる父さんに料理は任せられないってなったんです。」
「へ~、意外だなぁ。そっか、・・でも結構焦るとおかしな行動にでたかも。」
ソファに肘をついて口元を押さえながらクスクスと楽しそうに僕の話を聞く人。
ちょっとした相槌に若い頃の父さんを感じられて嬉しかった。
そう、・・そこまではよかったのに。
ふと手元のカップに目線をおとして、つい思い出し笑いに頬を緩めた僕へ。
不意に、
──────「チャンミニ。」と。
「・・え?」
スッとあげた視線。
自分の思わず漏れた言葉に固まっている目の前の人。
「チャンミニ、・・って、言いました?」
「や、・・なんでもない。悪かった。」
焦ったように目線を泳がせる人に、・・やはり僕はどうしても聞かなければならない。
「あ、あの、・・父とおじさんは年齢も学部も違うのに、・・どんな関係だったんですか?」
「どんな、・・って。普通だよ。・・たまたま大学内の気に入った場所が一緒で。そこで何となく会って話すようになっただけ。」
───たまたま?何となく?
それならどうして僕の目を見て言ってくれないの?
「────チャンミニ、って。父も、・・たまに僕をそう呼んだんです。」
「ひどく、・・寂しそうに。」
ギュッと握った拳に力が入って、微かに震えてるのがここからでも容易にわかった。
「父は、・・日記帳に貴方の写真を挟んでいました。───どうしてですか?
何となく会って話しただけの後輩の息子を、どうしてここまで面倒見るんですか?」
その人は膝のうえで握った拳を凝視したまま、──僕の話さえ耳に入ってるのかどうか。
今までの僕なら特に気にも止めなかったと思う。
それがどう?
ユノを好きだと、・・そう意識した途端に、ばらまかれたピースがしっくりと合わさったような。
「ストロベリーキャンドルの種を渡したのは、────父なんですね?」
「───父が好きで、僕も好きになった花なんです。真っ赤な花が愛らしいね、って言うと、いつも切なそうに笑っていました。」
───ガシャンッ!
珈琲を持つ手が揺れて、ソーサーの上で盛大に跳ねた。
「あっ!大丈夫ですか?・・火傷!」
「だ、大丈夫、・・もうぬるいよ。」
珈琲のかかった手の甲を拭いもせず微動だにしないその人の傍らに寄って、持っていたハンカチを差し出した。
「───ヨンジンおじさん?、って、あっ!///」
差し出したハンカチではなく、その手首を捕まれて。
───一瞬だった。
ぐっと力強く引き寄せられて、その人の胸に倒れこんだ僕を覆いつくすように抱きしめられる。
「っ!!!・・ちょっ、・・や、やめ!///」
ぎゅうっ、───と。
僕の声はきっと届いてない、───。
「─────チャンミニ。」とだけ。
真っ白な頭で、それでも身体全体が強張って思わずその人を突き飛ばした。
バタンッ、と勢いよく閉じた扉。
力なく肩をおとしたその人は何かから逃れるように両手で頭を抱えていて。
静まり返った廊下で、扉を背に息を吐いたらなぜか涙まで一緒に溢れてきて。
───説明できない複雑な感情に、・・怒りなのか、悲しみなのか、戸惑いなのか、・・。
ズルズルッとそのまま腰がおちて、扉にもたれたまま立てた膝に顔を伏せた。
───ズルッと鼻をすすったと同時に。
僕の待ち望んだ声が最悪のタイミングで僕の名をよんだ。
「・・・チャンミン?」