~チャンミンside~
「なに覗き見してんだい?あんたはコソ泥か!」
「ぅわっ!////」
厨房から続く広間への扉。
一部がマジックミラーになっていて、向こうからは見えないのを良いことにチラチラ覗いていたのをスヒさんに見つかった。
「あ~、・・////。」
─────だって、やっぱり気になる。
ヨンジンおじさんの後ろを半歩下がってついていくユノ。
少し硬めの表情でそれでも最大限に愛想良く笑顔を貼り付けてるのが分かる。
並みいる招待客に丁寧に挨拶をするピンと張った背筋が綺麗で。
ひとつひとつの所作が洗練されていてつい見惚れてしまう。
「チャンミン!毎晩嫌ってほど一緒にいるんだから、今さら見惚れることでもないだろう?」
「それともそんなにいい男かい?よそいきのユンホ坊ちゃまは。」
周りに聞こえないようにコソッと耳打ちされても、真っ赤になって焦る僕に結局周りの視線が集中してしまったり。
そのまま、「覗き見タイム終了~!」とスヒさんに腕を引かれ洗い場に放り込まれた。
「──チャンミンさんはいますか?」
意味もなく何度も僕を探しにくるジヒョンさん。
「どうかしましたか?」と聞いても、
「いらっしゃればいいんです。」とだけ。
「ジヒョンさん。もっと力仕事とか、手伝えますよ?言ってくださいね。」
そう言えば、ちょっと困ったように眉を寄せニコリと笑った。
「チャンミンさん。・・申し上げにくいのですが、・・ここにいらっしゃるお客様すべてが味方とは言えず、この家のスキャンダルを探ろうとなさる方も少なくはないのですよ。」
「ただでさえ、突然大学生を居候させたということは一部で広まってまして。その・・旦那様が囲ってらっしゃるんじゃないか、とか。」
「臨時雇いの使用人の間では貴方とユンホ坊ちゃまの噂でもちきりなんです。」
それは、よく考えればすぐ分かることなのに、・・僕には予想すら出来なかった。
「私やスヒさんは貴方という方をよく存じ上げておりますが、・・残念ながらそういった人間ばかりではなくて。貴方を悪く言う人も少なかれいるんです。」
「・・ですから、出来るだけ人目を避けて頂きたいんです。
自分の手元において貴方を守ると言ったスヒさんの気持ちが無駄になってしまいますからね。」
─────ああ、そういうことか、と色々なことが腑に落ちた。
昨日はずっとスヒさんについて細々とした作業をしていたことも。
めずらしくスヒさんが厳しい言葉で忠告してきたことも。
「・・あ、あの、・・・。」
分かりました、・・と言おうとジヒョンさんに向き直ったとき、
「ジヒョンさん!ユンホ坊ちゃまが広間に見当たらないのですが!」と厨房へ飛びこんできた若いスタッフ。
一瞬、ザワッと場がどよめいた。
「ああ、そんなに慌てることではありませんよ?私が様子を見てきますから。」
落ち着いた様子のジヒョンさん。
───そうだよ、ちょっと見当たらないだけで、・・トイレかもしれないのに。
でもそれだけで、いつもパーティーを抜けだすユノの信頼性のなさが分かってしまい少しだけ笑えてしまう。
「あの、・・パク家のお嬢様が温室をご覧になりたいとかでユンホ坊ちゃまが付き添われたそうです。」
すぐさま入った報告。
安堵の表情を浮かべる周囲のなか、
───そういえば僕も無理やり温室に案内してもらったな、と。
ユノは今も薔薇の強すぎる香りに気分を悪くしているのだろうか?
懐かしさと嫉妬が入り混じってやるせない気持ちを持てあます。
「・・仕事、しよ。」
山のように積まれた食器を無心で洗おう、──ユノのことなんか考えなくてもいいように。
ジヒョンさんがまた慌ただしく動いていたけれど、意識を閉じこめるように皿洗いに集中した。
「──っふぅ。」
「はい、珈琲。ちょっと休憩しな。」
「あ、ありがとうございます!」
いつもの厨房脇の小部屋。
スヒさんに連れられて少しだけ休憩した。
───ずっと動いていた方が余分なこと考えなくていいんだけど。
そう思っても、スヒさんに言われたら逆らえない。
「ユンホ坊ちゃま、温室に入ったとたん何やら持ちだして、どこぞのお嬢様を置き去りにしたらしいよ。」
「何やってるんだろうねぇ、あの坊ちゃんも。」
ため息混じりに呆れたような言い草だけど、スヒさんの言葉にはどこか暖かみがあって、ユノを可愛がってるのが分かるから好きなんだ。
「だからジヒョンさんがバタバタしてたんですね?・・ユノらしいや。」
「本当に問題児だよ、ユンホ坊ちゃまは。」
チラッと僕を見てさらに大きなため息。
「────あんたもね。」
ピンッとおでこを弾かれて、ちょっと言葉が返せない。
──あ、あはっ、・・///って中途半端に笑ったら、今度は倍の強さでデコピンされた。
────絶対明日は筋肉痛だと、腕をさすりながら部屋へ戻ろうと時計を見たら、もう10時をとうに過ぎていた。
「・・・疲れた。」
独り言にも疲労が滲みでてる。
部屋の前の廊下で、───ふと。
────あれは?
ドアの前にポンッと無造作に置かれた鉢植え。
それは、───5枚の真っ白な萼、8本の桃色をした雄しべに先端の黄色、色の組み合わせが何とも美しいシャクチリソバだった。
「花が、・・まだ咲くには早いのに。」
すぐに浮かんだスヒさんの言葉。
───ユンホ坊ちゃま、温室に入ったとたん何やら持ちだして、どこぞのお嬢様を置き去りにしたらしいよ。
これを?・・・ユノ?
あの日、あの場所で、・・僕の髪に口づけた。
───な、それの花言葉は?
───え?
───花言葉。
花言葉は、───喜びも悲しみも共に。
─────────ユノ。
ポケットを探って取りだしたスマホ。
メールを知らせる着信LED。
開いたメールには、
《藤の花の返事は見たか?》とか。
胸に込み上げる切ないまでの想い。
ユノ、・・・離れたくない、・・誰にも渡したくない、
────こんなにも好きなのに。
ぎゅうっと鉢植えを抱きしめた。
誰かに見られていたことさえ、その時はどうでもよかったんだ、────。