風俗の街「飛田新地」。 | HappyWomanのすすめ。

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大阪市・西成区に日本有数の遊郭が存在する。
「飛田新地」と呼ばれるその風俗街のことを知ったのは、ある女性との出会いがきっかけだった。

普段と変わらず進むシングルマザーへの電話取材。私は何のためらいもなく、いつもと同じ質問を彼女に投げかけた。

「お仕事は、何をされているのですか?」
すると彼女は「それはちょっと言えないんです」と答えた。

これまで、取材を快諾してくれた女性に仕事内容を隠されることはほとんどなかった。話を聞きたい私は、「例えばどんな感じでしょう?」ともう一歩踏み込んだ質問をした。
その時、私は彼女の職業について、何か具体的な予想をしていたわけではない。だから、次の彼女の一言に意表をつかれた。

「お察しの通りですよ。普通の仕事ではお金が追いつかないんで」
声に自嘲のトーンが含まれていた。
電話の向こうで、彼女が口の片端を上げているような、そんな顔が浮かんだ。


■風俗で働く理由

若くして結婚・出産した彼女は、夫の浮気をきっかけに離婚。今は小学生の子供を女手1つで育てている。
夫からは慰謝料と養育費を合わせて月に6~8万円ほど受け取っており、国からのひとり親手当てもある。しかし、生活はいつもギリギリだった。

最初はコンビニでバイトをしながら生計を立てていたが、ある時、夫名義で購入し、離婚後も住み続けているマンションのローンの6万円が払えなくなった。
どうしようかな……と考えた時に、「ちょんの間」と呼ばれる有名な風俗街が頭をよぎった。

ちょんの間とは「ちょっとの間」を意味し、一般的に1回のサービス時間が短い風俗のことをいう。
飛田は15分11000円~で本番アリの本格サービス。高額なだけに、お客が女の子に求めるレベルも高い。
女の子は完全出来高制で、お客を座敷に上げた分だけ、日払いでお金を受け取ることができる。
女の子の取り分は、お客1人15分につき約5000円。

彼女は子供が学校に行く昼間だけ働き、1日平均2万円を稼いでいるという。つまり、平均して1日に4人のお客をとっていることになる。
飛田で働き始めて2~3日で家のローンを払うことができた。「これを知ったら、普通の生活には戻れない」と彼女は言った。

月収は約60万円。年収では約720万円の計算になる。同じ20代後半の会社員の平均的な給与に比べると、かなり多い。
「働くために掛かる費用も多いんですよ」と彼女は言う。
「常に自分をキレイにしていないといけないし、ダイエットもしないとお客がとれない。定期的に病院にも行くし、妊娠しないようにピルも飲んでいます」

年齢を考えても、いつまで飛田で働けるか分からない。
「精神的にも体力的にも結構しんどい」と言いながらも、今は「稼げる間に稼いでおきたい」と考えている。毎月余ったお金は貯金し、将来のために備える。お金が貯まったら叶えたい夢もある。

今の仕事をしていることは、仲の良い友達には話しているが、母親には話せない。
「母親になんか話したら、泣いて縁切られるわ」

親に話せない仕事をしていることを、彼女自身はどう考えているのか。彼女が言ったこの一言が強く印象に残った。

「別に。そういう人はおるっちゃおるし、おらんっちゃおらんし」

風俗は特別なことであり、特別なことではない。
達観した言葉だった。


■実際に飛田を訪れた

彼女の話を聞いてから2年が経った。
飛田新地について調べていくうちに、私は電話だけでなく直接彼女に会いたくなった。
しかし、取材から数カ月経った頃から、彼女とは連絡がとれなくなっていた。

この目で彼女が働く街を見てみたい。
そう思った私は、今年の7月に実際に飛田新地を訪れた。
インターネットで飛田について調べると、女性は行くべきではないという書き込みが目立つ。撮影は禁止。女の子をジロジロ見ると、客引きのオバチャンに怒られる、とある。

それはそうだ。女の子もオバチャンも、人生を懸けて働いているのだ。
そんな勝負の場に、お金を一銭も落とさない女性客など目障りなだけだろう。

未知の世界への恐怖と不安を胸に、女友達とふたりで私は飛田新地へと向かった。
最寄りは地下鉄御堂筋線の動物園前駅。一番近い繁華街の難波(なんば)からは電車でたった5分の距離にある。
西成区の「ドヤ街」と言われる日雇い労働者の街からは少し離れているが、決してガラの良い地域とはいえない。

地下鉄を降り、地上に出たのは19時前。夏の空はまだ明るかった。
通りには、ホルモン屋、焼肉屋、ラブホテルなのかビジネスホテルなのか分からない古びたホテル。そして、やたらと目に付くカラオケスナック。お店のドアの隙間から、酔っぱらった男性客が歌う「津軽海峡冬景色」の声が漏れ聞こえる。
いわゆる「普通の」街にあるようなコンビニ、ドラッグストア、ファーストフード店などは一切見当たらない。通りを歩いているのは男性ばかり。道のどこかで男性が口論している罵声が響く。



10分弱歩みを進めると、「飛田新地料亭組合」と書かれた看板が見えた。
日本では法律上、金銭を授受する男女の性行為は認められていない。
飛田はあくまでも料亭であり、そこに居合わせた男女が、たまたま恋に落ち、たまたま行為に及ぶという前提で法の目をかいくぐっている。



白い提灯がいくつも下がるアーケードのような道に、むきだしの料亭がずらりと並ぶ。女の子とオバチャンが二人で座り、女の子が通行人に笑顔をふりまいている。

いくつかの通りがあるが、端の「妖怪通り」は少し年配の40代くらいの女性が座っており、通りを歩く客はあまりいない。
中央に行くほど年齢は若くなり、一番若い女の子が座るのが「青春通り」、そして飛田で一番かわいい女の子が並ぶのが「メイン通り」だ。

メイン通りは多くの男性客で溢れ、賑わっていた。
スーツや綺麗な身なりをした若い男性が目立つ。20代後半から30代がメインだろうか。1人で歩いている人はほとんどおらず、だいたいが2~3人のグループで、女の子たちを値踏みしながら歩いている。

ここは本当に平成の日本だろうか。
あまりに現実離れした光景に、私は息を飲んだ。
座敷に座る女の子と目が合うたびに、胸の奥にドンとこぶしで突かれたたよう鈍い痛みが走る。
私と友達は無言で、焦点の定まらない目線を彷徨わせながら道を歩いた。

オバチャンにも女の子の目にも、私たちの姿は映っていなかった。ここでは自分は透明人間で、相手からは見えていないのかもしれない。そう思うほどに、自分の存在が「無」になる経験をしたのは初めてのことだった。

メイン通りに座る女の子は、驚くほど美しく誇り高かった。
そこには「悲壮感」や「悲哀」はまったく感じられない。
お客を上げられるかどうか。その1点に生死を賭ける。ここはそんな、シンプルで潔い女の戦場だと思った。


■風俗は是か非か

私はこれまでに数人の風俗で働く女性に話を聞いてきた。
女として、その生き方が正しいのか間違っているのか、そこに答えはないと思っている。
知らない男性と体を合わせる抵抗感にも個人差があるだろう。

「風俗をやってはおしまいだと思っている。子供のために、絶対にそれだけはやらないと決めている」
と話した女性がいた。一方で、
「今夜男と1回寝れば、明日、子供においしいハンバーグを作ってあげられる。子供のために、私は風俗で働く」
そう話した女性がいた。

どちらも正しい、と私は思う。

1つ言えることは、風俗があったから生き延びられた人、人生をやり直すことができた女性がたくさんいるということだ。

勤まるかどうかは別として、私でも、思うことがある。
もし生活に困窮したら、風俗という選択肢がある、と。
一生その選択をすることはなくても、ある種それは最後の命綱のように、いつも頭の片隅に存在する。
自分のため、大切な誰かのため、いざとなれば、地を這う覚悟を女は常に持っている。

否定も肯定も、快楽も苦しみも、すべてを包み込む街がある。
ここで生きる女性は、この街に救われ、この街で戦い、この街で泣く。
守るべき大事なことはただ一つ、明日を生きることだけ。


遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白 飛田で生きる (徳間文庫カレッジ)/徳間書店

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