8、役立たずが役に立つ日
柔らかな感触が頬をなでる。
優しい声が名前を呼ぶ。
いつものあたたかい日の光が体を包んでいるのを感じた。
徐々に全身が楽になるのを感じ、ヨマはゆっくり目を開ける。
「…あぁ…良かった…」
愛らしい少女の声を聞き、ヨマは一気に現実に引き戻された。
「ア、アイ…!?」
近づいて確認しようとしたが、左肩が激しく痛み断念する。
そのとき、ようやく自分の身がもう1人の少女に支えられていることに気がついた。
「シコン…」
穏やかに微笑むシコンを見て、ヨマの目はうるんだ。
「ちょっとぉ、ヨマさん、大人なんだから泣かないでよぉ」
アイは楽しそうに笑う。
あたりは金色の光に包まれていた。
ヨマは涙を拭いて、不思議そうに周囲を見回す。
「なんだここ…?天国なのか?」
「え、ヨマさん天国とか信じちゃってるの?かわいい」
「な…!天国は本当にあるんだぞ!ホントに人間は罪深いな!」
アイとヨマが言い合っていると、金色の光はだんだんと晴れていき、やがて先ほどまでの大樹の姿がはっきりと見えてきた。
金色の光は、アイが首から提げているポルクに吸い込まれるようにして消えていく。
「ポルクの光だったのか…?偽物なのに…?」
ヨマは目を真ん丸くしてアイのポルクを覗きこんだ。
それはどう見てもポルクが願いを叶えている証拠だった。
人間には使えないはずの、しかも土産屋に売ってあるおもちゃのポルクが発動したのだ。
アイはあっけらかんと笑った。
「お土産屋さんに本物が混ざってたのかな?」
「い、いや…間違いなく作り物だ…。奇跡としか思えない…」
「じゃあ私にポルクを使う才能があったんだ!」
「…………」
ポルクが本物ならそういうことになるかもしれないが、アイのポルクはあくまで偽物である。
しかしヨマは優しい瞳でアイを見た。
「そうかもな…」
金色の光が完全に消えても、3人はしばらくアイのポルクを眺めていた。
奇跡を目の当たりにして声を発することすらできなかった。
気づけばもう日は傾きかけ、あれほど高かった太陽も夕日になり始めている。
「…あ、ヨマさん、怪我はどう?」
最初に口を開いたのはアイだった。
ヨマはハッとしたように自分の胸を触る。
骨が折れていたはずなのに、まったく痛みがなかった。
「すごい…。本物のポルクよりも力があるな…」
ヨマは左肩をさすりながら言った。
こちらは完全に痛みが消えたわけではなかったが、血で汚れた服まですっかり綺麗になっていた。
アイはシコンを見る。
「目は開く?声はどう?」
シコンは難しそうな顔をしたが、わずかに掠れた声が出ただけだった。
「目も…開かないのか…?」
ヨマが心配そうに言うと、シコンは笑って"大丈夫"、と口を動かした。
元々ポルクは万能なわけではない。
シコンの喉と目の傷は深すぎて、癒しきれなかったようだ。
ヨマはそっとシコンを抱き締める。
「ごめんな…。俺のせいだ…」
シコンは首を横に振りながら困ったように笑った。
ヨマはシコンを抱き締める腕を緩めると、小さな手でシコンの頭を撫でた。
「さっきは助けてくれてありがとう…。シコンの勇気のおかげで、俺は今生きてるんだな」
シコンと同じく、猛植の犠牲となった男を見る。
男は相変わらず猛植に寄生されており、誇らしげに咲く花の苗床となっていた。
そこへアイが口を挟む。
「ちょっとー!ずるいんじゃないのぉ?なんで男ってみんなシコンにばっかり優しいわけ?私だって頑張ったのにさぁー!」
「何言ってるんだよ」
ヨマはアイに体を向けると、大きく両腕を広げた。
「ほら、来いよ?俺の胸で優しく包んでやるぞ?」
「ぎゃー!もう、何言ってんの?私がほしいのはそういうやつじゃないの!」
2人の幼稚なやり取りに、シコンも思わず笑みをこぼす。
そのとき、生い茂る木々の向こうから微かに太鼓のような音が聞こえた。
「あ、村の消防団だ。こんな奥まで消火に来てくれたのか?」
ヨマは慌ててシコンの手を引いて立たせながらアイに言った。
「行こう。猛植は火で焼かれたくらいじゃ死なないものもいる。こんな奥まで来たら村の人が喰われるぞ」
「え!そうなの?じゃあ私も消火手伝う!」
「あのなぁ、そのポルクはもう二度と奇跡は起こしてくれないぞ。アイとシコンは大人しく消防団と村に帰るんだ」
「えー!やだよぉ!1人にしたらヨマさん心配だし!」
ヨマは大人の男性のような笑みを浮かべた。
シコンと繋いでいるのとは逆側の手を、アイに差し出す。
「アイは本当に愛情深いな。さぁ、行こう。ご両親も心配してるぞ」
「う…」
アイはヨマの手が自分に向けられているのが急に恥ずかしくなって戸惑った。
「なんだよ、俺の胸だけじゃなくて手も嫌なのか?」
ヨマはいたずらっぽく笑った。
「べ、別にそんなんじゃないし!私、背高い男の人が好きだもん!」
「ふふっ、そうかそうか。俺の良さがわかるのはあと10年くらい先かもな」
「う、うるさいなぁ!」
アイは勢いに任せてヨマの手を握った。
「ち、ちゃんと無事に送り届けてよね!」
「あぁ、もちろん」
シコンはおかしそうに2人を見て笑った。
何千年生きたかわからない大樹が揺れる。
ヨマに手を引かれながら、アイとシコンは、ふと大樹に抱かれる大きなポルクを振り返った。
結局ポルクの正体を知ることはないまま。
しかし、今の2人にはそれもどうでもいいことだった。
この地はヨマにとって神聖な土地。
アイとシコンには、ただそれだけで十分だった。
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☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今回のお話はここで終わりになります。
少しでも読んでくださった皆様本当にありがとうございました(*´ω`*)
「役立たずが役に立つ日」を書こうと思ったのは、「幼神の決意」を書き終わったときにいつもブログに遊びに来て下さっている悊さんが「ここで一区切りですか。異色のオリジナルファンタジー…
神という存在のコガミが前回まさかの展開で、どうなるか気になっていました」とコメントしてくださったのがきっかけでした。
「こんなに一生懸命読んでくれる人がいたのに、私は中途半端な話を書いてしまったのでは…?(-_-;)」と思いまして(笑)
しかし、すぐに続きを書けるような準備はしていなかったので、一旦「幼神の決意」からは離れて、そこから数百年後の話を書くことにしました。
ついでに、中学生くらいのときに流行った「お題」というものを思い出して懐かしく思ったので、今回はお題を提供するサイトに飛びそこからタイトルを拝借することに。
そこで見つけたのが、「役立たずが役に立つ日」という言葉でした。
「お土産屋さんに売ってるおもちゃのお守りが本物以上の力を発揮するっていうのはどうだろう。"役立たずが役に立つ日"になるよね??」
こうしてアイのポルクがシコンの命を救うという構想ができあがりました。
お題に挑戦したのは初めてでしたが、ちゃんとストーリーになってよかった(T▽T)
こうして去年の12月頃、推敲まで終わった状態で私のスマホの中に物語は保存されました。
そんなとき、私はもえたんさんのブログと出会うのです。
お話のたびにイラストを添えているのを見て、「やっぱ絵があると華やかだなぁ。私もやってみようかなぁ」と思ったのが運の尽き。
2月くらいにはすべてのイラストの下書きが終わっていたのですが、そのタイミングで結婚が決まってしまいました。
入籍は3か月後。
それまでに2人で住むアパートを探したり引っ越しの準備をしなくてはいけません。
物件の下見に行くたびに片道4時間だしw
そして入籍して2か月後妊娠。
地獄のつわり。
まさかの切迫流産。
ようやく安定期に入ったと思ったら、もう次の12月( ゜▽゜;)
時間の流れとは恐ろしいものですねぇw
あっという間に1年経ってしまっていたなんて(笑)
こんなに時間が経つとさすがにモチベーション下がったり興味をなくしかけたりしたこともあったのですが、皆さんのブログを毎日見ていたおかげでなんとか完成まで漕ぎ着けることができました(о´∀`о)
やはり同じジャンルの仲間の作品を見るだけでテンション上がりますね♪♪
本当にありがとうございました(^皿^)
あ、ちなみに、アイは「愛情」を表しており、シコンは士魂、つまり「勇気」を表しております。
全体的に泣き虫だったシコンが一気に武闘派に(笑)
筆が遅いので次のお話はいつになるかわかりませんが、それまではまた日常のことを中心にブログを書こうと思いますので、今後もよろしくお願い致します(*´ω`*)