『レイチェル・ジーンは踊らない』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!
アイリスNEO最新刊の発売日が近づいてきました爆  笑ラブラブ
3月4日発売の新刊の試し読み第2弾をお届けしますキラキラキラキラ

試し読み第2弾は……
『レイチェル・ジーンは踊らない』

著:Moonshine 絵:ボダックス

★STORY★
子爵家の次女レイチェルは、手芸と魔術にしか興味がない地味で引きこもりの残念令嬢。結婚なんて少しも望んでいなかったのに、デビュタントに心ゆくまで術式を施した魔改造ドレスを着ていったら、宮廷魔術士のゾイドに婚約を申し込まれてしまった。地位と権力と美貌を兼ね備え、これまで縁談は全て断っていた国内随一の魔術士様がなぜ私なんかに――!? 手芸&魔術オタクの引きこもり令嬢と美貌の宮廷魔術士の溺愛ラブファンタジー、加筆修正&書き下ろしを収録して待望の書籍化!

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(早く終わんねえかな……)

 ジークの心の声はバッチリとルイスには聞こえたらしい。
 声を殺した笑いが忍び寄ってきた。

「殿下、まあそう面倒がらず。素敵な令嬢との出会いがあるかもしれないですよ」
「お前そろそろ不敬罪でしょっぴかせるぞ……」

 ジークのイライラは最高潮だ。本来王か第一王子の受け持つ、デビュタントの祝福の儀式の仕事を今年に限ってジークが押しつけられたのは、父である王の意向だ。いつまでたっても結婚しない次男の出会いを思っての、大変迷惑な親心だったわけだ。
 第二王子とはいえジークの王位継承権は高い。二年前に政略で決められていた婚約者である他国の姫君が急に儚くなってより、その空席となった隣の席をと自分を売り込むご令嬢に、その親に、文字通り囲まれて、狙われて、毎日毎日出席が義務となっているお茶会ばかりの毎日に、もう心から辟易しているのだ。
 ルイスには「さっさと誰か一人に決めてしまえば良いんですよ。流石に平民とのロマンスは困りますが、よほどでなければ陛下も自由になさって良いと仰せではないですか」などと言われたりもするが、どの令嬢も判で押したように会話の内容も、身につける衣装も、化粧の仕方までもほぼ同じだ。ほぼ全く同じような相手から、微小な違いを見つけてそれを愛して一生の運命を共にしろと、さもなくば適当に見繕った相手をあてがうからと言われ、ジークはただの人形にでもなった気分だった。
 三年前、第二王子と同腹の、仲の良い第一王子が結婚し、王はその王冠を第一王子に譲った。在命の王から王位を引き継ぐ際の慣例通り、第一王子は三年間の国王代理の身分を経て、来年の年明けには第一王子は正式に、アストリア王の王位を継承する。そして未来の王妃である第一王子妃は現在、第一子を妊娠中だ。
 第二王子ジークの婚姻は、第一王子の結婚と王子妃の妊娠によって外交的なしがらみからはある程度、自由となった。そこに目をつけた国内の有力貴族という貴族が、この麗しい、若き第二王子に群がってきているのだ。

(さっさと終わらせて今日は飲んだくれよう。もう俺疲れた)

 ジークはそんな内面は一切きれいに隠して、吟遊詩人がそう呼ぶところの「春の恵みの雨のごとく」美しい微笑を湛え、政務につく。
 トランペットの音が鳴り響く。静かに一番目の令嬢の淑女の礼を受け、ジークは傍らに置いてある白い薔薇でできた腕輪を渡し、祝福を与える。

「女神の恵みがあらんことを。輝く人の道に光あれ」

 頭を垂れて、令嬢は薔薇の腕輪を受け取る。

(あと四十九人……)

 第二王子という仕事は、肉体と精神にくる。



「女神の恵みがあらんことを。輝く人の道に光あれ」

 もはや棒読みの祝福なのではあるが、やはり王族の「祝福」を受けると、受けた娘達は一瞬光り輝き、今日の白いドレスと相まって、瑞々しい若い美しさが匂い立つ。
 ジークにはどうでも良いことだが。

(あーさっきから前列でギラギラ令嬢見てるのはどこの馬鹿息子だ。うわ、この令嬢は香水一瓶使ったか? 臭い……この令嬢はなんか堂々と壇上で俺を口説いてきたけど、俺って馬鹿にされてるよな……あと何人だ)

 花のかんばせを一筋も歪めることなく、微笑を湛えたままいろんなことを考える。
 もう心が疲弊してきた頃、奇妙な魔力がゆっくり、だが確実にジークのいる壇上に近づいてくるのを感じた。
 微笑みを絶やさずに、しかしキッパリと部下を呼ぶ。

「ゾイド」

 魔道院の責任者は、ジークに呼ばれる前に横に控えていた。

「御心のままに」

 表情を一切変えることなく答える。

「何が近づいている」

 ゾイドはその赤い目をギラリと見渡し、告げる。

「魔力を持った何かが壇上に。東の古代魔術の魔力です。お気をつけください」

 そして後ろに控えるが、ゾイドが体内に魔法陣を練っているのが感じられる。攻撃態勢だ。

(東の古代魔術? 攻撃力も少ないそんな古の魔術をこの壇上で展開するなど、目的はなんだ)

 先程まで半分眠りかけていたジークの目に光が宿る。
 令嬢の一人がこの魔力の源だ。目的はなんだ。

「ローランド」
「御意」

 魔力の源である令嬢は誰だ。一見すると何一つ変化のない美しい壇上の貴公子達は、それぞれ臨戦態勢に入っていた。

(面白い。退屈していたところだ)

 目の前に立っていたのは、地味な茶色い髪に、今が盛りの七色に輝くメリルの花を飾った、小さな娘だった。高らかに宝石やティアラで金色の髪を飾り立てた娘達の中では大変地味だが、可憐で、ジークは少し、好感を持った。

「女神の恵みがあらんことを。輝く人の道に光あれ」

 薔薇を手渡す際にレイチェルの近くまで王子は近づいた。流行りの付けボクロもなく、香水もつけていない。柔らかなメリルの香りが鼻先をかすめる。
 そしてどうやらドレスの表面に薄く魔力が走っていることに気がつく。遠目では気づかなかった、ドレスの表面を埋め尽くす、妙な縫い取り飾りにも。

(これは…… 袖にあるのは古代のモンの意匠だな。これが魔力反応していたのか)
(裾には東の古代語だな……ええと、訳は……誉あらんことを、夜の鷹と暁の明星、いと高き者……それからなんだ。裏に回らないと見えない)

 ジークは乙女に授ける定型の祝福を与えた。
 魔力はこの小さな娘からだ。間違いない。

(((来るぞ)))

 全員身構えて攻撃を待つが、目の前の彼女からは呪いが発生するでも、攻撃魔法が錬成されるでもない。
 ゾイドは体内で錬成が完成した魔力の行き先を持て余していたし、ローランドはその知識をフル回転させるが、小さな堅実な領地を地味に管理する子爵の娘だという情報以外持ち合わせておらず、ルイスは刀のつかに掛けた親指を離して良いものかと、皆混乱していた。
 そんな壇上の男達の混乱なぞつゆ知らず、レイチェルは教わった通りに薔薇を受け取り、作法の通り、若干緊張気味に壇上を去る。
 ふとジークは、ゾイドの顔を見る。
 ゾイドは、ほぼ呆気に取られた顔をして、その赤い目を見開いていた。
 感情の読めない顔ばかりしているゾイドが、こんな子供のような腑抜けた顔をしているのは初めて見た。

「ゾイド」

 咳払いしてこの優秀な魔術士の意識を戻す。
 ハッといつもの無表情に戻ったゾイドは、冷静に状況を分析した。

「殿下。何も発動しませんでした。何も意図していないかの様子です。ですがそれにしては陣の作り込まれ方が複雑で、小憎らしいですね」

 ローランドが耳打ちする。

「殿下、あれはジーン子爵の次女です。子爵の領地は公用の事務の紙類の生産で安定してますが、それ以上でも以下でもありません。悪い噂もありません。上の娘は平民に嫁いだとか。そもそも殿下の横を狙うのであれば、化粧や香水をもうちょっとくらい強くするでしょう」

 ルイスも呟く。

「体術どころか、かかとの高い靴で歩くのもやっと、殿下に危害などとても、といったところか」

(((一体なんだったのだろう)))

 貴公子達は、全くこの地味な娘に、心底度肝を抜かれてしまったのだ。

   ****

(うわ――――! 緊張した! 緊張したわ―――!!)

 レイチェルは受けとった白薔薇の腕輪を胸に、定位置に帰っていった。

(なんって第二王子殿下は美しい方なのかしら。側近の方々も目が潰れるくらい美しかったわ。ディエムの神話の神人ってきっとああいう方々なのね。いい思い出になったわ)

 アストリア王国の創世記に、ディエムという神の国の神人達の話がある。その身は芳しく香り、この世の物たらぬ音楽を奏で、黄金のような肉体を持ち、輝くほどの美貌を誇り、空を舞うことができるらしい。神人は争いのない世界で平和に暮らしていたという。現王族にはディエムの神人の血が流れていると言われ、皆々大変見目麗しい。ディエムの神人の如き、とはよくこの国では使われる賛辞だ。
 最後の令嬢が祝福を受け、また高らかにトランペットの音色が響く。その音を合図に弦楽団が優雅なワルツを奏でる。ロートレック伯爵夫妻がホールに滑り出し、流れるようにワルツを踊る。王都のデビュタント夜会をもう数代にもわたり催す栄誉の伯爵家である。夫妻ともかなりの腕前だ。余裕たっぷりの体さばきで招待客を魅了する。
 夜会の開会の合図だ。
 令嬢達は壇上を下り、それぞれ思い思いの相手とダンスを踊り出す。招待客も少しずつワルツの調べに体を預ける。会場はさながら白い蝶が放たれた花園の様相だ。
 レイチェルも父を探すべく、ドレスの裾を持ち上げて、壇上から、少々お転婆に下りてゆく。
 その小さな足が子爵の元に駆け出す前に、レイチェルの肩に、後ろから柔らかな絹の手袋の感触がした。

「私と踊っていただけませんか、美しい方」

 振り返ると、そこには壇上にいたはずの、赤い目をしたディエムの神人が、いた。



(なんでこうなってるの?? なんで私??)

 レイチェルはもう息ができない。必死でステップを踏んではいるが頭は真っ白だ。
 赤い目の神人は、ゾイドと名乗った。
 ゾイドはとってつけたように、貴女がとても美しかったから、と微笑みを浮かべて、レイチェルを呼び止めた理由を語ったが、それを鵜呑みにするほどレイチェルもおめでたくない。
 周囲の目も、何か面白いことが始まったぞ、と事の成り行きを興味津々に眺めている。

(どう考えても高貴な方のお戯れよね……私、手に汗かいてないかしら。こんな綺麗な人がこの距離にいらっしゃるなんて、もう生きた心地しないわ。息! 息の仕方! どうするんだったっけ??)

 ほぼパニックを起こしながらも、体が覚えてくれているステップを踏みつづける。この時ほど好きではなかった、体が覚えてくれるほどのダンスのレッスンの日々をありがたく思ったことはない。ライラのダンスの先生がそのままレイチェルについたが、それはそれは厳しく、正直レイチェルはダンスのレッスンが好きではなかったのだ。
 チラッと己の手を握る神人の横顔を確認すると、もうこの上なく整った美しい顔に涼しげな微笑を湛えてレイチェルを見つめる。だがどうもその笑顔の奥のルビーのような赤い瞳は、レイチェルではなく、レイチェルの何か、を見ているのだ。

(スカート? を? なんで? 見てるの? 袖も? 本当に一体何が目的なんだかよくわからない。早く解放して、お父様たずけてええ!!)

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~