「なあケイゴ、なんか今悲鳴が聞こえなかったか?」
オオガキが立ち止まり、周りを見回しながら言う。
「うん?気のせいじゃないのか?ここに危険なモンスターなんていないだろ」
「頻繁に人も通るから盗賊団なんかもいないしな。気のせいか」
「そうそう。……ん?」
ケイゴの視線が一点に固定され、次の瞬間。
「黄金きのこだあああ!」
叫びながらダッシュしてきのこの元へ駆け寄……、
ドテッ。
転んだ。
「お前…慌てすぎだ、きのこは逃げないだろ」
オオガキが呆れ気味に、転んだケイゴを見ながら言う。
「お、おお。そうだな、きのこきのこ」
起き上がったケイゴは、黄金きのこの方へ歩き出そうとして、言った。
「ない」
その言葉に反応して、きのこのあった方へ視点を移したオオガキも、同じトーンで言う。
「ないな」
ケイゴは服についた土を払いながら、
「気のせいだったワケないよな」
「ねーだろ、俺もハッキリ見てる」
二人は周りを見回すが、やはり見つからない。
「釈然としねーけどそろそろ時間だし、とりあえず戻るか」
オオガキの提案に頷きながらも、ケイゴは未だに辺りを探していた。
「俺の臨時収入が……」
*
オオガキとケイゴが集合場所に戻ると、ウェリアム達が既に座って、何故か抱き合っていた。
「すげーなウェリ、もう抱き合うほど仲良くなったのかよ」
オオガキが言い、
「おにーさんはな、ウェリが女の子と付き合ってもなんとも思わないから安心しろ」
ケイゴが続けた。
「ち、違うわ!」
ウェリアムがケイゴの顔面目掛けてキノコを投げ付けるが、ケイゴは片手で器用にキャッチして、
「キノコマイスターのオオガキさん、これ毒キノコであってる?」
キャッチした手をオオガキの前に出す。
「わかってきたじゃないかケイゴクン、正解だ」
「よっしゃ」
ケイゴがガッツポーズを取る横で、オオガキが女二人に言及する。
「で、お前らは何で抱き合ってるんだ?」
二人はお互いの身体を離した後、待ってましたとばかりに顔をあげて言った。
「お、お化けが出たの」
聞いたオオガキは真顔になって、
「さて、腹も減ったしさっさとティルコネイルに行こうか」
荷馬車に向かって歩き出そうとするが、ウェリアムの声に引きとめられる。
「ほ、本当だって!周りに誰もいなかったはずなのに、ガサガサ聞こえたもん!」
横ではマリーが、うんうん、と頷いている。
「アッハッハッハ!お化けですってよオオガキさん!ウェリもまだまだ子供だなあ」
言ったケイゴに対して、またしてもきのこが飛んでくるがキャッチ。
オオガキは呆れ気味の顔で、
「あのなー、別に見たわけでもないし何か盗られたわけでもねーんだろ?だったら気のせいだよ気のせい」
言われたウェリアムが、むう、と顔を膨らませる横で、マリーが言った。
「お、黄金きのこが、なくなってたのよ」
聞いたオオガキとケイゴが、顔を見合わせる。
「その話なら俺たちの方も体験したよな、オオガキ」
「あ、ああ…。でも別に幽霊ってことはないだろ」
「まあ、そりゃないだろうが…」
二人は腑に落ちない顔になる。
その時、
ぐぅ~~。
という奇妙な音が鳴り響いて、マリーが飛び上がる。
「な、なに?なんの音っ?」
飛び上がったマリーに対して、ウェリアムは俯いて、
「ごめん、今のは私のお腹…」
「な、なーんだ。びっくりさせないでよね!」
一安心したと表情でわかるマリーが言う。
あー、まあとりあえず飯にしようか、という意見が誰からともなく出て、一旦幽霊のお話は閉幕。
*
そして再開。
四人は、ダンバートンからティルコネイルへの道中にある広場でテーブルに座り、昼食をとっていた。
本来は、近くの森で採った木材を加工する、木こりの作業場なので、後ろからはせわしなく作業音が聞こえてくる。
「だからさー、俺はエルフの仕業だと思うわけよ」
サラダを食べながら、ケイゴが言う。
「エルフには姿を消す技術があるって噂聞くもんねー、見たことないけど」
ウェリアムがパンを口に運びながら言い、それに対してオオガキが突っ込む。
「そら姿消してたら見たことあるわけないわな」
「でも、なんでわざわざ隠れて採っていったの?」
マリーはマヌスの冷蔵庫から材料を貰ったのか、持ってきた弁当を食べている。
「うーん、取り合いになったら面倒だからとか?」
ウェリアムの言葉にケイゴは頷いて、
「それもあるだろうけど、黄金きのこは高く売れるからなあ、あとあと奪いに来られないようにじゃないかな」
オオガキは、ふーん、と適当に流しながら、思い浮かんだ疑問を口にした。
「しかしそのエルフの能力ってのは、衣服まで消せるもんなのか?」
しかし誰もその答えを知る者はいないので、
「あー、全裸ならいいんじゃね」
ケイゴは憶測で口にするが、
「つまり兄さんは、エルフが全裸で森を歩いていると!」
ウェリアムに指摘され、更にオオガキには、
「マリーが引いてるぞ、どうすんだケイゴ」
「いや憶測だから!願望じゃないから!」
ケイゴが必死に否定するも、マリーは、
「とりあえず幽霊じゃないんだね、よかったー」
「え!スルー!?」
「マリーちゃんそのお弁当美味しそうだねー、ちょっとちょうだい!」
「フッ、マリーもケイゴの扱い方がわかってきたな」
「黙れオオガキ!」
騒がしい男衆を置いて、女二人は話を弁当を分け合う。
「うわ、このお弁当凄い美味しい、マリーちゃんがつくったの?」
「ううん、マヌスさんが持ってけって」
「うわお、あの筋肉ヒーラー料理もできんのかよ」
あまりヒーラーの世話にならないケイゴが驚く。
「栄養バランスとか考えた上で美味いもんつくるからスゲーよな、マヌス」
親しいオオガキは頷く。
ウェリアムは味わいながら、
「うん、これ売り出せるレベルだよ。弁当屋に転向すればいいのになー」
「アイツにヒーラーやめられたら俺が困る」
「オオガキお前怪我しまくりだもんなー」
「ああ、今度の冒険は鳥にでも攫われて戻ってくるかもしれねー…」
四人が思い思いの会話に華を咲かせていると、隣のテーブルに、1人の男が座った。身長は大きくも小さくもなく、髪は短めに切り揃えられた銀髪で、椅子の隣にはキノコを入れるためのカゴが置いてある。
はじめに気付いたのはケイゴだ。彼の位置からだと、丁度かごの中身が見えて、
「ぉぉぉ…?!」
小声で感嘆した。かごの中には黄金きのこがどっさり入っていたのだ。
「おい、オオガキ、アレ見ろアレ」
「なんだよ?」
言って指された方を見たオオガキは、
「おっ」
おもむろに立ち上がると、男の方へと歩き出し、ケイゴがなにをする気だコイツと心の中で思うのも無視して、男に話しかけた。
「よ、れまっち」
男はオオガキの方を見て、
「おや。やあ、がっきー」
れまっちと呼ばれた男、レマサは、笑顔で挨拶を返す。アダ名で呼び合っている事から、親しい人物なのだろう。
「こんなとこで何してたんだ?」
「いやぁ、毒キノコ集めにきたんだけどさ……」
チラ、とレマサがかごの方を見たので、オオガキも釣られて視線を移す。
「うわ、すげー量の黄金キノコだな…、なにコレ、どうした」
「毒キノコが全然なくて、黄金キノコばっかりだったんだよね」
ははは、と笑ながらレマサが言う。
「ああ、じゃあ俺達の前の黄金キノコがいきなり消えたのもれまっちの仕業か…流石は神出鬼没の異名を持つ男…、いや、キノコ狩りの男に変更しようか」
「そんな異名いらない…、がっきーはここに何しに?」
「まあ、色々あってな。そこの奴らとティルコネイル行く途中に、フラっと寄ってキノコ刈ってたんだ」
「ふーん。あ、毒キノコあったらコレと
交換してよ」
レマサは言って、かごから黄金キノコを取り出す。
「そう言われてもな…、俺は食用しか採ってないし、残念だが……」
言い終わる前に、声が来た。
「ある!あるあるアルヨ!毒キノコぉ!」
いつの間にか、先程キノコマイスターに認定されたケイゴが、ウェリアム達の集めたキノコのかごを漁っていた。
それを持って、オオガキとレマサの方へと近づいてくる。
二人の前でかごを置いて立ち止まると、一礼し、
「はじめまして!」
声高に言って、かごのなかの毒キノコを、どさっ、とぶちまけた。
「どうも、ケイゴと申します!毒キノコをご所望と聞いて参りました!」
「あ、どうも、はい」
レマサは面食らいながらも応える。
オオガキは、本当に毒キノコということを確認して、
「あの二人毒キノコしか採ってこなかったのか、逆にすげーな」
変なところに感心していた。
「えーっと、どうする?れまっち」
オオガキが一応聞くと、
「もちろん交換させてもらうよー」
「して、黄金キノコに換算するといくつ分に!?」
ケイゴは金が絡んだので、安定してテンション高めだ。
「うん、黄金キノコなんて使わないし、全部でいいよ」
「「まじで!?」」
男二人がハモる。
「れ、れまっち、無理しなくていい?だぜ?」
オオガキが断ろうとする中、ケイゴはオオガキにだけ見えるよう、手でバツ印を作ったりしていたが、
「いや、ほんといらないから、いいよ」
レマサの一言で小さくガッツポーズをとった。
「交渉成立ということで!」
ケイゴが右手を差し出したので、レマサも握手に応じる。
「しかし、毒キノコをそんな量どうすんだ?」
オオガキの質問に対してレマサは、
「さぁ、俺は頼まれただけだからさ。まあ、人に使うような依頼人じゃあないから安心しなさい」
「ふーん、まあいいけど」
*
その後、オオガキ、ケイゴ、レマサは三人で昼食を済ませて別れ、二人で談笑していたマリーとウェリアムを連れて、ティルコネイルへと出発した。
「というワケで勝負はお前らの負けだな」
荷台の後ろ部分、荷物の間に座りながら、オオガキが言う。
「えー、でも黄金キノコになったんだし、私達の勝ちでも…」
ウェリアムが弁解するが、ケイゴに割って入られる。
「ありゃー俺の功績よ」
静観していたマリーは、
「そもそも、勝者には何かあるの?」
無論、何もない。本来はマリーを雰囲気に馴染ませるために始めたことだ。
「何にもない、だがしかし。勝負は白黒付けねーとな」
言ったオオガキは、別に負けず嫌いというワケではない。正々堂々と闘って完敗すれば負けを認めるし、死闘のすえに自分が勝っても負けても、相手に敬意を払う。
しかし、勝敗がはっきりしないのは駄目だ。なんとなく、そういう奴なのだ。
「うん、じゃあそっちの勝ちでいいよ」
「おお、マリーちゃん大人だな。オオガキも見習えよ」
「う、うるせー、勝ちは勝ちだ」
オオガキは言うと、寝転び空を見上げて静かになった。
その視界の端、近く丘にある樹の横に佇んでいたのは、
(黒い…重鎧…?)
全身を漆黒のフルプレートアーマーに包んだ、何人かの男の姿だった。
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驚異的遅筆