妙義神社(その二) | 異界行

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オカルト歴ン10年の著者が、過去に行ってきたミステリースポットの調査内容を報告します。

前回の続きで、もう一つの妙義神社「妙義中之嶽神社」を紹介します。

 

<妙義中之嶽神社>

妙義山の南麓に鎮座する轟岩(とどろきいわ)を神体とする巨岩信仰の神社である。轟岩に隣接して拝殿が建立されており、本殿を持たない社殿形式となっている。
境内には、中之嶽大国神社があり、平成17年(2005年)には金色の日本一大きい大黒像(高さ20m、重さ8.5t)が鎮座している。大国主命(大黒天)を祭り、子の神様であるので甲子園にあやかりたい野球チームの参拝もあり、野球の神様としてお守りも置いてある。(wikiより)

御祭神

日本武尊(中之嶽神社) 大国主命(大国神社) 外十六柱

 

場所としては、前回の妙義神社前の道路を下仁田方面にしばらく進んで行った先にある。

余談だが、その途中の妙義温泉「もみじの湯」は著者が度々行くお気に入りの日帰り温泉である。

まずは県立妙義公園の駐車場に車を停める。妙義山の山容がすごい。

道路を横断し、鳥居を目指す。(道路の下をくぐる通路もある)

鳥居の向こうに、さっそく「日本一大きい大黒像」が見える。

参道からも否応なしに見えてくる。

これが日本一大きい大黒像である。お台場のガンダムよりデカい。

満面の笑みである。

ちなみに、著者ははるか昔の免許取り立ての頃、ドライブがてらに妙義神社を目指したものだが、行った先は前回の妙義神社ではなく、この中之嶽神社の方だった。そして、その時にはこの大黒像は無かった。

もっとも、こちらは大国神社の御祭神であるので、まずは中之嶽神社の社殿を目指す。

手水舎と社殿入口。御神体である「轟岩」と接する社殿なので、ひたすら石段を登らないといけない。

ひたすら登る。

そして拝殿到着。轟岩そのものが御神体なので、本殿は無い作りである。

拝殿後ろの轟岩。

このように、社殿が岩に接している。

神社本殿裏側マニアでも、これでは裏には行けないので、まずは社殿の右側に向かってみる。

このようになっている。

岩やら沢やらがある。

気になる岩を発見。

これは自然石だろうけど、ピラミッド山などに意図的に加工配置されている巨石はほとんどが花崗岩である。花崗岩は石英結晶を多く含むが、水晶の元である石英に圧力を加えると電気を発することが知られている。霊感の強い人間が巨石から何かを感じるというのも、この電気的な影響があるからかもしれない。

余談だが、世に言う霊現象は電気(プラズマ)を原因とするものが多い。さらに言うなら、霊魂=生体プラズマということらしい。

この先は道が無さそうだったので、社殿へ引き返す。

今度は社殿の左側に進む。数々の案内板があるが、ここもまた妙義山の登山道になっており、前回の妙義神社まで通じているらしい。

そして、轟岩にも登れるようだが、例によってしっかりした装備がないと無理らしいので、これまた次回の宿題である。

岩には登れないが、代わりに興味深そうなものがいくつかあった。

金網で囲まれた先が気になる。

その先にはこのような石祠もある。

その地点から、金網の内部を撮影することができた。特にこれと言って何かがあるわけではなさそうだ。

この先は登山道なので、再び社殿へ引き返す。

岩と接する社殿を反対側から。

ちなみに、石段を登った先の社殿前はとても狭い。

石段を下りながら、大黒像が見える。

次に、同じ境内にある大国神社に向かう。

狛犬代わりに大黒様が立っている。

大黒様は一般的に左のように小槌を持っているものだが、この神社ではあの大きい像も含め剣を持った「剣持だいこく」という全国的にも珍しいものになっている。厄を払う御利益があるとされる。

境内入口の鳥居横の大黒様もこの通り。

なお、大国神社は弘法大師が登嶽し大国主命(だいこくさま)を奉納したと伝えられ、
数百年もの間欠かさず斎行されてきた最も重要な祭りが「甲子祭(きのえねさい)」である。
甲子とは気が栄る事を言い、だいこくさまの御利益を頂く日。これが甲子園を目指す高校球児たちの信仰を集めている。

 

そして、中之嶽神社は元は「波胡曽神」を祀る神社であったが、倭建尊(日本武尊)が勅命に依り関東御巡行の際に妙義山に登嶽したと伝えれている。

つまり、前回の妙義神社の「波己曾明神」と同じもので、本来の妙義山の神が記紀神話の神に征服(?)されたようである。なので、関東では日本武尊や豊城入彦命といった東国を平定した皇子が祭神とされている神社が多い。

では、この元の神「ハコソ神」とか「ハキソ神」とは何者なのか?関東を含む東日本は縄文人の勢力範囲である。つまり、自然信仰の縄文人がこの妙義山において感じた神そのものなのだろう。その神を感じるためには、やはり妙義山に登ってみるしかなさそうだ。

 

ちなみに、妙義山は明治45年、イギリス人の登山家ウオルター・ウエストンが、妙義山を舞台にロープを使いながら2人で岩山を登る技術を日本人に初めて教えたことから、「近代登山発祥の地」として知られている。

最後に、中之嶽神社、大国神社それぞれの御朱印。宮司さんはお1人で両方の御朱印を書いていただいた。

 

以上、前回から妙義神社、その前は榛名神社と上毛三山の神社を紹介してきたので、次回はお察しの通り、赤城神社を紹介したいと思う。