保渡田古墳群(その一) | 異界行

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オカルト歴ン10年の著者が、過去に行ってきたミステリースポットの調査内容を報告します。

どうせ食っていけないなら、やりたいことだけをやって残りの時間を過ごそうと、矢継ぎ早の更新です。

群馬県内の古墳シリーズ第3弾、今回は保渡田古墳群です。

 

<保渡田古墳群>

榛名山の南麓の保渡田・井出の地に分布しており、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の三基の大型前方後円墳が残っている。群の西南部に最大規模の二子山古墳があり、その東北方に八幡塚古墳、その西北西に薬師塚古墳がある。
築造年代は、5世紀代の後半も終わりに近い頃から6世紀前半代にかけてであり、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の順に造営されたと推定されている。(wikiより)

 

前回の太田天神山古墳がほとんど整備されていない状態であったのに対し、この保渡田古墳群は「上毛野はにわの里公園」として大変整備されており、かみつけの里博物館、土屋文明記念文学館、土屋文明歌碑、山村暮鳥詩碑などがある。

中でも、「八幡塚古墳」は全面を覆う葺石と埴輪群が復元され、とても良く整備されている。先述したように著者は前方後円墳のフォルムが好きなので、ここでは調査や考察より、写真を大量に掲載してギャラリーとして楽しんでいただければと思う。

実に良く整備されている。

木々で覆われていないので、建造時の美しいフォルムが楽しめる。

鞍部から後円部と前方部を臨む。

奥手に見える円形の構造物は「中島」と呼ばれるものである。

<中島>

内堀内部に4つある円形の盛り土構造物。他の地域の古墳ではほとんど見られないもので、この保渡田古墳群の特徴と言えるものかもしれない。定説ではないが、ここで祭祀が行われたと推察されている。

中島にも復元円筒埴輪が並べられている。

再び墳丘上から、遠方に榛名山を臨む(少し霞んでいるが)。そして、後円部から前方部へ至る鞍部はこのようになっている。

そして、この古墳は石室跡は無いのだが、後円部上部からなんと階段を使って内部に入ることが出来る。

その様子をYouTubeにアップしたのでご覧あれ。

コンデジ撮影のお粗末な動画ではあるけれど、内部にはこのように石室と石棺が復元されている。しかも、博物館のような内容。埋葬者の霊はどう思うことだろう?前回の記事に書いた「魔改造」とはこのことである。

動画では石棺がハッキリ映っていないので、静止画で。

こちらは前方部。奥手に「かみつけの里博物館」の建物が見える。

前方部から後円部を臨む。

それにしても、すごい数の円筒埴輪である。

このように後円部を見上げてみると、ほとんどピラミッドである。

前方部のそれは、マヤ遺跡の神殿ピラミッドのようだ。

様々な角度から撮影。

そして、この古墳の目玉の一つが「人物・動物埴輪群像」である。

特にウマやシカが可愛い。お尻の穴まで再現されている(笑)。

 

と、八幡塚古墳の紹介を終えたところで一先ず中断。続きはその二で。