憤懣やるかたない思い…
怒りに任せて踊ったところで、何が解決する訳でもなし、特別なエネルギーが出せる訳でもなかった。
ポーズは崩れ、ステップが絡む。
ダニエルがまた、何やら怒鳴っているが、私の耳には届いていない。
ただ、悔しさと怒りが込み上げ、それを八つ当たりにダニエルに向けて発射する事しか出来ない。
『俺は俺だ!クソったれ!誰の真似もするもんか!』
あれだけダニエルに近づきたいと願い、ダニエルの踊りを真似る事が幸福だったにも関わらず、この時の私はそれが非常に稚拙な事の様に思え、そんな事に全身全霊をかけて来た自分を全否定していた。
反抗期みたいな物だったろうか?
圧倒的なオリジナリティーを持つリチャードとブライアントを前にして、自分が非常にちっぽけで詰まらないダンサーである様に思えた。
キチンとしたベースあってこそのオリジナリティー。
取って付けの小手先で出来る事など、個性でも何でもない。
若い私には、それが理解出来ていなかったのである。
激しい八つ当たりの矛先は、やがてダニエルから自分自身へと向けられた。
『下手くそ!下手くそ!下手くそ!下手くそ!下手くそ!』
鏡に映る自分に向かって、心の中で野次を飛ばし続ける…
眼球が熱くなり、鏡に映る自分の姿がボヤけ始めた。
目から、ジワジワと溢れてくる熱い物で、すっかり視界が遮られた。
転倒…。
ドッカドッカと大きな足音…。
誰かに身体を掴まれ、床から剥がされる様に起こされた。
「バカか?オマエは!?」
ダニエルの声だ。
私は涙を拳で拭うと、そのままスタジオを飛び出した。
若い時分の事とは言え、我ながらお恥ずかしい限りである。
この男、一体何回、こうしてスタジオを飛び出した事か?
この先、筆を進める事も憚られるが、この後の彼の行き先は、例によってセントラルパークの巨大岩の上である。
現在の私ならば、当時のダニエルの気持ちがよく分かる。
『何とも…面倒臭い奴だ!』
そう思われていたに違いない。
しかし人間誰しも、どんな世界においても、自分らしさ…個性に対する自問自答をするものであろうと思う。
事の他、他人の技量と比べられる世界、個性がものを言う世界においては、極々当たり前の事である。
しかし恐らく、その答えは出ない。
はっきりと自分の魅力が何であるかを把握している人間など、ほんの一握り。
もしくはナルシスト。
あるいは…
大勘違い野郎くらいのモンである。
もしも、自分の踊りに何らかの魅力を感じてくれる人間が居たとしても、その理由を知ったところでどうなる物でもない。
積み重ねられた日々の中で、努力をすればしたなりに、努力を怠ればそれなりに、個性は生まれてしまう物である。
『個性を磨く』と言うが、この言葉の受け取り方も臨機応変である。
単純に長所を伸ばすと捉える事もあれば、未知数である可能性に向かい、様々な事象から刺激を受けると言う事でもあるだろう。
しかし、往々にして非常に曖昧な言葉である様に思われる。
従って私は、この『個性を磨く』と言う言葉をあまり使わない。
これを考え始めると頭痛に繋がるのがオチだからだ。
しかし若きKAZUMI-BOYは今、正に、この言葉の意味と具体的な方法とは何か?を考え、行き詰まった状態にある。
ダニエルに憧れ、真似て、後を追う事が一つの扉を開く鍵になるなどと、夢にも思えずにいるのであった。