外房線 土気駅と大網駅間の残る旧線の痕跡 中編 の続き
大網駅までの間、開けている部分にはほとんど旧線の痕跡は残っていない。
ただ、南玉不動尊(嵯峨天皇時代の812年に建立されたという南玉不動尊清岸寺)の裏山にほんの少しだけ、短いがインパクトは強力な景色があった。
参拝をすませて社殿の裏の斜面に取りつき適当なところを登る。
早朝でよかった、これは他人に見られたら気まずい。不動尊までの細い道に犬の散歩するおじさんはいたけど、きっとここまでは来ない…来ないでねと願いつつ、腰以上ある藪を掻き分けゴソゴソ登る。
夜の雨と朝露が付いた藪のせいでズボンは川にでも入ったようにビショビショだが、これはしょうがない。顔に蜘蛛の巣と蜘蛛自身がくっついてくるけど、これもしょうがない。毛虫に気づいてはイケナイ。
裏山の斜面を息を切らしながら登るとポンっと藪を抜けて、平らな場所に出る。
その先に地面はなくて、登ってきた斜面よりもずっと鋭い切れ込みがあった。これが120年前に造られた大掘割だ。法面の端にちょうどいい段差があるので、路盤には労なく下りることが出来た。
「うわーすごい。」思わずひとり言が出た。
法面の高さは15mはあるようだ。きっちり単線分の狭い谷底から見る空も一条のラインで、ここが線路跡だったことを主張しているように思えた。というか、法面の角度、急すぎやしないか。法面にツッコミを入れつつ、存分に歩きまわる。急角度と路盤の狭さが秘密基地のようで居心地がいい。
羊歯と枯葉が積み重なる足元はぬったりしていて、猪でもいたら喜んでぬたうつんだろうなと埒もないことを考えた。
再開発で永遠に消えてしまった大掘割とちょっぴり隧道。
もう実物を見ることは叶わないけど、この掘割が往時を偲ぶ縁。ずっと残ってほしいなと、もう一度不動尊に参拝してから帰路に着いた。
終わり
これは絶版になった洋泉社の「地図と鉄道」に寄稿したものを大幅に改稿したものです。
これにしようかなぁ。
あったかくなってきましたね。そろそろ奴らが出てくるw
これを3月初めに買いましたが、納品は6月になるそうでまだ手元にはありません。
スズキ純正の合皮椅子カバーは6万円なので、とりあえずこれでなんとかしのぎたい。
簡単につけれると口コミに書いてあるのでそれを信じて購入。うまく付けれるといいなぁ。