「一滴の涙」 | 「読む!ことぴよでいず。」

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学ぶ心と優しさを忘れない女優になりたいです。
ゆるくやわらかく生きる、ことりのまいにち。




-----A-----





君は、まばたきもせず、ほろりと、一滴の涙を流した。

僕の目の前で。

僕によって、流された涙なのだろうか。わからなかった。

ただ俯きがちに、表情も変えず、君は頰に涙をつたわせていた。

僕は、その姿をじっと見つめていた。君の曲線をつたう涙は、なんて美しいのだろうと思った。その一粒を飲み込んで、自分の中に大切にしまっておきたかった。

そんなこと僕にはできなくて、ただ、「どうしたの」と不細工な質問を落とした。

君の表情がくもる。目がおよぐ。してしまってから、違う言い方にすれば良かったと後悔した。

言葉を探し「僕の前ではどれだけ泣いてもいいよ、愛しているから」と言おうとした瞬間、僕はまた君の美しさに見惚れていた。

君の涙はすでに口元を通り過ぎ、ファンデーションの上に、ひとすじの痕がのこっていた。僕はその痕さえも、ずうっとそのままで良いと思うほど、君の美しさを引き立てていると感じた。君の涙のひとすじ。君のまわりでおこる出来事の全てが、美しく感じる。


「なにが」と君は、か細く音をたてた。

「いや、だって、泣いているから」

その音が嬉しくて、僕はすぐにでも飛びついて、返事をしてしまった。

「そんなことないよ」

君の口角が上がる。目が少し、安らかに見える。僕だけに向けられた笑顔だ。君が笑顔になってくれるなら、なんだってできると感じた。嬉しい。

「ありがとう」

君が言う。思いもかけない言葉に、僕も君が好きだと感じる。これからも君の涙を見守っていたい。大好きだよ。愛していると思いながら、僕は君に口づけた。








---B----



私と彼は、雑音の中、ただ池を見つめている。いま彼がなにを考えているのかはわからない。疲れたなぁとか思っているのだろうか。

私は、昔の彼にどんどんと嫌われていった自分の行動についてを、ふと思い返していた。私のひとつひとつが、ぎしぎしと否定されてゆく。私はこの世で最も、寂しい人間なのではないかと感じる。苦しい。あれだけ好きと、愛していると言っていたのに、どうしてこんなにも、私を否定するの。どうして嫌われることばかりしてしまうのだろう。私は私が嫌い。変わりたい。できない。死んでしまいたい。どんどんと気持ちが悪くなる。池の水に、沈められてゆくみたいに。



「どうしたの」

声が聞こえる。呼吸をする。車の走る音。人が地を踏む音。ふと我にかえる。隣には、現在の彼がいた。どうしたのと言われたが、何のことだろうか。わからない。

「なにが」と、 口に出していた。何気なく言ったつもりが、それはとても力のない声だった。

「いや、だって、泣いているから」

頰に感覚を寄せる。涙が落ちた痕を感じる。わたし、涙がでていたんだと気がつく。彼の顔は、私を心配し、私のことを好きな人間の表情をしていた。そんな顔を見て、わたしは面倒くさいと感じてしまった。

涙が出ていたと認識したことで、もう一度、昔の彼について思いを巡らせていた。わたしは、まだ彼についての記憶で心が動くのだと嬉しくなる。彼の記憶が、わたしの身体をかけめぐる。嬉しい。愛している。

「そんなことないよ」

わたしは少しはにかんでみせた。

彼の記憶で涙を流すことができることがとても幸せだった。隣の男は、私には彼だけなのだと再確認させてくれた。隣の男のことなど、どうでも良いが、今この瞬間わたしは喜びに満ち溢れていた。

「ありがとう」

思い余って私は彼に感謝の意を述べていた。

隣の男は満足げに、私にキスをした。何も感じない。唇と唇が触れ合った。ただそれだけだった。

池の水に鴨が浮いている。私は鴨を目で追いながら、ペットボトルの水を、ごくり、ひとくち飲んだ。