『天、共に在り』 | Wind Walker

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天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い

 

『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』 中村哲著 2013年

 

 

2019年に銃撃を受けて亡くなった中村哲さんの、おそらく最後の自著。それまでの人生を振り返る自伝的な本を書き残してくれていました。

 

内容は映画『荒野に希望の灯をともす』とほぼ同じで、映画でもこの本でも中村医師の最大の功績である用水路の建設に最もボリュームが割かれていましたが、個人的には幼少期から語られる過去に興味を惹かれました。

 

青年期に影響を受けたものとして挙げていたのが、キリスト教(内村鑑三)、宮沢賢治、西田幾多郎、カール・バルト、そして精神科医のビクトール・フランクル。

 

中村さんは最初精神科医でしたが、統合失調症の患者が自殺しようとしていたのを止めた時に「生きることの意味感がないのです。先生はなぜ生きているのですか」と尋ねられました。

 

そのときに人生の意味を自分でもよく分からないことを知りましたが、そこでフランクルの言葉と出会うのです。

 

 

「意味は人間に隠されている。その隠された意味を人間が無理に意識しようとすれば、それは人為の造花になって虚構から免れない。不安は意識されることによって現実化する。悩むものに必要なのは、因果関係の分析で無意識を意識化することではなく、意識を無意識の豊かな世界に戻すことである。」(p.46)

 

 

「良心が意味を感ずる器官だ」(p.47)

 

 

私もまた人生の意味を考え続けた青年期を送った一人として、特に後者の言葉は強烈でした。ぜひ若い頃に出会いたかったものです。とはいえ挫折を含めた人生経験を積んではじめて心に響く種類の言葉なのかもしれませんね。

 

私の場合は言葉ではなく、アメリカインディアンの生き方に触れ、人生とは意味を問うべきものではなく味わうべきものだと思うに至るようになりましたが。

 

中村哲さんの映画で聞いた「不条理に対する復讐」というワードにも強烈なシンパシーを覚えましたけど、「人生の意味は良心で感じるもの」という言葉もまた深く心に刻まれました。

 

 

ちなみにタイトルの「天、共に在り」とは中村医師の思う聖書の真髄で、「枝葉を落とせば、総てがここに集約する」言葉とのこと。

 

どのような思想や信念を抱いたらこのような偉人になれるのかと思っていた私にはとても興味深い一冊でした。