水に顰むあやかし「顰に倣う」 | リュウセイグン

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テーマ・水に顰むあやかし

「顰に倣う」

みつは、器量こそ良くなかったものの、気立てがよく明るい娘だった。

幼少より親しかった彦松と祝言を挙げると誰もが考えていたが、その直前に彦松が心変わりをしてしまった。

彦松は、村外れにある与裳川のふちに住む、さやに懸想してしまった。さやは病弱な娘で、村人もまず見たことがないという程に家から外に出なかったが、たまさか涼んでいるところを彦松が目の当たりにしてしまった。

全くといって良いほど日に当たっていない肌は山々に降り積もる雪を思わせ、長く濡れた黒髪は、夜の与裳川を、そのまま梳って纏めたかに見えた。

しかし何より彦松が心を奪われたのは、少しばかり眉を顰めたその表情だった。伏し目がちに痛みを堪えるかのようなその有り様は、ただでさえ消え入りそうなさやの儚げな美しさを、より際立たせるものだった。

以来、彦松はすっかりさやに執心し、一目その姿を見ようと毎日のように橋を渡り、さやの家の近くに赴くようになった。

一方みつは、それを知って鬱ぎ込むようになってしまい、明るい表情も消え失せ、次第に身体も窶れていった。

そんな矢先、みつは心を決めて橋のたもとで彦松を待った。

聞けば彦松は、眉を顰めるさやに惹かれたという。みつはそんな表情にはとんと縁が無かったけれど、或いはそういう顔を見せれば彦松が戻って来てくれるかもしれぬ。

夕暮れ時になり、彦松が来たところでみつはその前に立ち、思い切り眉を顰めた。

黄昏時の暗がりや、思い悩みやつれたその容姿と相待って、彦松にはみつがまるで鬼のように見えた。

彦松は驚いて与裳川に落ち、みつも後を追うように川へと入っていった。

村人達が川を探ると、彦松の遺体は河原にあったが、みつの遺体はついぞ見付けることが出来なかった。

それからというもの、夕暮れを過ぎると与裳川の橋の下に、苦悶の表情を浮かべた女が出ると噂になり、人々はその女を与裳川の橋姫と呼ぶようになったということだ。