人と同じなのが嫌なようだ。
みんなが注目している事やモノには全く興味が湧かない。
例えば
今年は「赤」が流行色。
だとしても
自分だけは
「黄緑と紫と茶色とオレンジを混ぜた変な色(もはや何色か分からない色)」
に興味を示す。
だから、共感されることはあまり無いし、むしろ変人扱いされる事も多々ある。
操体法に興味を示したのもそういった異質な感覚が自分を惹きつけたのかもしれない。
私の操体法の師匠である今昭宏先生はちょっと変わっている。
また、それに集う仲間たちも異質な感覚を持つ人が多い。
操体法との出会いによって人生を開花させていく人たちをこの目で何人も見ている。
「操体法との出会いで人生が変わった。」
そう口にする人も少なくは無い。
しかし操体法は普通の「治療法、整体術」という感覚で捉えるとかなり違和感がある。かなり変わった方法や概念がある。
だから正直分かりづらい事が多々ある。
しかし、伝え方や使い方によっては強烈な価値を生み出す世界。
その「価値」を生み出すためには日々、人間性を高めていくしかないと考えている。
しかし、実に奥が深く面白い。
見る人の解釈によっては様々な意見があると思うが、このなんともよく分からない魅力に一瞬で惹きつけられてしまったのだ。
操体法は、みんなに分かりやすく伝えるために"整体術"や"治療法"として位置付けられている場合が多いが、むしろその一般的な解釈を余裕で飛び越えている。
あえて言葉で言い表すならば
「本能のスイッチを入れる」だろうか。
この本能へのスイッチが入ってしまうと、常識では考えられない事が次々と起こる。
治る、元に戻る、甦る、若返る、減る
いろいろな事が起こる。
もちろん個人差はある。
荒れていた波が
穏やか波に落ち着き
今まで纏っていた無駄なしがらみから
解放されまどろみのような感覚に浸り
ふと、ゼロに着地する
すると、何かのスイッチが入る。
言葉で伝えるのには限界があるかもしれないが、様々な事が当たり前のように起こる。
もはや治るのは当たり前。
人間に本来備わっている潜在的な能力や、深層心理に介入できる凄みを秘めている。
本能へのスイッチが入ると人はいとも簡単に変わってしまう。
頭で考えられることの領域をいとも簡単に超えてしまう事が普通に起こってしまう。
治療法や、整体術と位置付けられているので身体の変化ばかりに目が行きがちではあるが、身の回りの環境や、意識の変化、人間関係の変化。
様々な事が次々と好転していく。
だから、「治療法」と位置付けてしまうのは実にもったいない。と個人的には感じている。
これは正に世界の宝。財産。と言っても過言ではない。
ちょっと言い過ぎた(^^;;
これまたあまりに大袈裟で共感されない事は重々承知の上で書いているので全く期待はしていないが、いつしかこの素晴らしさに誰もが気づいていく日がくると思っている。
うむ。操体法は、すごい。
そして、日々修行なり。
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