祈り火と過ぎる夏<1>
祈り火と過ぎる夏<2>
祈り火と過ぎる夏<3>
祈り火と過ぎる夏 <4>
記憶しているのは飲み込まれてゆくときの狭くなる視界そのものだった、あの日は夜明け前に降り出した雨が突然強くなって、マシンガンが浴びせられるような雨音に目を覚まし、それから僕は寝姿のまま外に飛び出したんだっけ、氷柱ほどに巨大な雨粒で空を見上げることさえままならなかった、細めて見た一瞬、黒い雲が裂け、その切れ目は獲物を狙う蛇が口を開けているみたいだった。
そのあと……そう、そのあと全ての視界はまるで色のない暗黒、突如現れた荒れ狂う海に投げ込まれたような感じだった、そして渦のなかで手足をもがれるように翻弄され、なす術さえなく虚無に飲み込まれて意識を失ったらしい。
そこで記憶は途切れてしまう。記憶の次にあるのは真っ白い天井で、僕はその見知らぬ景色に戸惑いながらもどこか気を許していた、生まれたばかりに見たはずのそれに似ていたからかもしれない。見覚えがあったのかもしれない。
真っ白い天井とシーツ、人工呼吸器と吊り下がる点滴、音もなく落ちる滴。雨はもうやんでいた。
幸い、怪我はたいしたことがなかった。ほとんど奇跡に近いと担当医師は首を振った。そして、僕の住んでいた村の壊滅的な状況と行方の分からないままになっている人が多くいることを知る、
ほとんど全てが豪雨に流され、海に運び込まれたんだという。
事実を告げられても、それが現実なのだとしても、それをうまく飲み込むほどの想像力が僕にはなかった。ただ、ぼんやりと真っ白い上の一点の染みを見つめながら、淡々と話す医師の低くくぐもった声を子守歌のようにして、再び深い眠りについた。
photograph and story by Billy.