「少年ゾンビ高橋。#22」
一方、ゾンビでありながら、その理屈っぽい言動以外は特に害のない少年、高橋くんは過ぎつつある夏に思いを馳せていた。
「結局、今年の夏もどこにも連れてってくれなかったじゃないか、巡査さん」
窓の向こうに広がる空は青く澄み、赤とんぼが縁に停まろうかと旋回していた。
西島巡査は聞こえないふりで報告書にペンを走らせていた。彼が綴るそれには日付と「本日も特記事項なし」が延々と繰り返されている。
ゾンビが徘徊しているという事象の報告義務を怠り(説明が億劫だったのだ)、やがて存在に慣れてしまっていた。
「僕は君の保護者じゃないんだよ、高橋くん。君がいると僕は……」
「子供がいると思われて女の人と出会うチャンスが減るって言うんでしょ。それ、去年も聞いたよ」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。でも、こんな誰もいない廃村みたいなところで出会いをどうこうって言ってるのは滑稽だけどね」
面倒なガキ……いや、屍だなぁ、もう。
どうにも大人びた、生意気な物言いの高橋くんに彼はいつも閉口気味である。ひとつの言説に対して複数の否定が論理的に返される。ふたりの会話とは常にそれである。確実に言い負かされるのがまた癪に触るのだ。
「高橋くん」
「ん?」
「君、いつまでここにいるつもりかな? 子供は学校が始まっていると思うんだけど」
「学校って……。僕はゾンビなんだよ、就学の義務なんてないし、もし学校になんて行ったら大騒ぎだよ」
「だろうね。そんな小汚い……ハエがたかってるような子供はいないよな、あはは!」
「笑いごとじゃないと思うけどね、そこはね」
……なんてことを言うんだろう、この人は。高橋くんは思う。一市民に対して「小汚い」なんて発する公務員がいるだろうか。
「巡査さん、それ、問題発言だと思うよ……。Twitterにでも投稿しようかな……」
ゾンビなのに高橋くんはTwitterを知っていた。
一方。
高橋くん同様、生きる屍であるゾンビ少女・赤坂さんはふたりの会話に耳を澄ませていた。
空腹に耐えながら徘徊を続けていた彼女は人の気配を察し、裏手にて様子を伺っていたのだった。ぽつんと建つ白い交番、その東には陸橋が見えた。橋に往来はないようだ、しかし、それを渡ればこの村から離れることができる。
「このアホふたりから……ありったけを奪えば、いくらかにはなる」
少しでも都会にいこう。ゴハンも食べたいし、メイクだってしたい、いくら真夏ではないと言ってもUV対策だって必要。いつまでも若いわけじゃないんだから。早めの対策がカギよ。
……ゾンビのくせに、彼女は彼女で不要なことで頭がいっぱいだった。
「まだやっとるんかい!」と本人が思いつつ終われない……。
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