D門とお茶を | オカミのナカミ

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気の利いたぽんこつです。メルシー。



オカミは友人が少ない気がする。

というか少ない。

だいたい友人とお茶という習慣がない。


 

お茶って。
ガチでお茶だけ飲むの?お茶を飲みきったらどうすんのさと、2人しかいないママ友のうちのひとり、D門に聞いたら「あんた、今までどうやって生きてきたの?」と、なぜかチョイ切れされ、危うくママ友がひとりになるところだった。(この会話もドラッグストアで化粧品を物色しながら行われた)



そうかぁ。
友人ってお茶をのみきっても会話が続くのか。
それは盲点だった、とD門に申し述べると、彼女は「オカミってなんていうか、ちょっとズレてるよね」と、ドラッグストアのマスカラを試し塗りしながら、私を総評する。



私からすると、マイナス5歳肌がうたい文句のファンデーションと下地を手にとり、「ねぇこれってさ、両方使ったらマイナス10歳だよね?」と、真顔で質問してくるD門のほうがズレ幅が大きい気がするのだが、これ以上友を失いたくないオカミは「効果の感じ方には個人差があります」というメーカーの防衛文書を指さし、微笑んでおいた。




だいたい友達の定義ってなんなんだろねと言いながら、試供品を試すだけ試して(不買)ドラッグストアを出たふたりは、D門の運転するドイツ車でマクドナルドに向かう。



 

車内でも、私がいかに世間の女子事情と乖離しているかを力説するD門。
女子たるもの、お紅茶一杯マカロン3つで2時間は潰せるけんと、彼女はツヤツヤのロングヘアをかきあげながら、ルームミラーでアイラインの具合を確認する。
指先には淡いベージュのジェルネイル。
D門はたまにニューハーフに間違えられるが、鼻梁の通ったかなりの美人だ。
マクドナルドのドライブスルーでも明瞭な発音で、てきぱき注文をする彼女を見ていると、経済的にも女子力的にも両極の私たちって、他人から見たら、やんどころない奥様とそこのお手伝いさんくらいにしかみえないんじゃないかしらと、卑屈な妄想が立ち上がってきた。


 

「ご注文のお品はこちらですね!お客様、申し訳ありませんが、後ろが少しつかえているようです。そのままお車を前進していただけないでしょうか。」と私の妄想を吹き飛ばすような、ハツラツとした声が不意に降ってきた。どうやらマクドナルドのクルーが、D門にお願いごとをしているらしい。



 

D門はハンバーガーを受け取りながら、やや威丈高に
「前進すればいいのね?」
とやおらアクセルを踏んだ。
彼女は悪気はないのだが、おおむね物言いが支配者層のそれだ。
まっすぐ前をみてアクセルを踏む彼女の横顔は何かに似ているな、なんだろうと逡巡した瞬間、D門がすっとんきょうな声をあげた。

 

 

 

「きゃー!オカミ!道路出ちゃったよ!お金はらってないんだけど!」

 

 

…は?

 

 

片側3車線の国道2号線。
広島でも有数の交通量の多い道路だ。D門はすでに左車線を走行している。

後ろを振り返るとア然としたマクドナルドのスタッフがどんどん小さくなってゆく。

こうしてオカミとD門は、謀らずも人生初の無銭飲食を達成した。もちろんその後支払いに戻ったのだが、ドライブスルーでお会計をスルーしたなんて、笑い話にもならない。


 

しかしD門が支払いに戻ったとき、やたら気取ってカウンターの前に立ち、堂々と万札を出したのには笑った。


 

 

クライム・ハイになっていたのだろうか。
彼女は、無銭飲食直後に2号線を80キロのスピードで飛ばしながら、意味もなく海田近くまで走った。

D門はシワが増えるからと、普段は爆笑するのを控えているのだが、この日ばかりは顔をくっしゃくしゃにして笑っていた。
私はいつも、2号線を海田方面に向かうたび、穏やかに光る春の瀬戸内海をバックに、くっしゃくしゃの顔で車を飛ばしていた彼女を思い出す。その映像は、いかにも、私の関係者らしいバカバカしさを含みながら、それこそマカロンみたいなカラフルさで鮮やかに再生されるのだ。





友人の定義なんてよくわからないけど、気負わず媚びず、面白い。

D門はやっぱりトモダチのような気がする。

 



 

そうそう。

D門が何に似ているのか、ほどなくわかった。

エジプトの壁画だ。

彼女は壁画のなかでも、侍女をはべらせ、お茶を飲んでいた。

 

もちろんD門には伝えていないし、伝える予定もない。

 



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