ターニング 第1章 | ゆきのブログ

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今日は2018年11月14日。

僕の人生をすっかり変えてしまった記念日である。

今から30年前の今日11月14日の出来事。
数年前から少しずつ書いていたのですが、30年目を期してここに残します。



これは実話です。




『ターニング』


エピローグ  第一章


  小山ゆうこ。。。夜の10時を回った位だろうか。僕は2階にある自分の部屋で彼女との電話を終えようとしていた。彼女とはバンド仲間の紹介で付き合うようになりまだ数ヶ月。1歳下の学生である。僕はというと、今年から社会人というものになっていた。決してやりたい仕事でもなかったが、就職したい仕事も見つからず、ただ『卒業生就職率100%』を目標にしただけの学校側の就職事情に従ってやるのもしゃくだったので、『無職』で卒業し、夏休みや春休みのバイトで世話になっていた塗装屋から人出が足りないと頼まれ、それが一時的に仕事になり、のらりくらりと働いている。というところだろうか。

受話器に解放され辺りの音が耳に入るようになる頃、相棒の武のバイクの排気音が段々と近づいてきた。
僕は寝転んでいたベットから反動をつけ飛び降り、冬物のライダーズジャケットを抱え倉庫に降りていく。
鉄扉を開け、彼をたわいもない軽口で出迎えた。
久しぶりに彼のバイクと僕のバイクを並べ近況報告で盛り上がっていると、母親が起きてきてうるさいとどやされ、鬱陶しく思いながらそそくさといつもの峠へ向かう。『行くかー』と軽くは言ったが内心は本気である。多分彼も。
僕の家からだと5分くらいだろうか、峠のふもとが見えてきた。時計は23時。今日はやたらとトラックが多い。邪魔な存在である。この辺は高速道路がなく、南下北上する最短最速のルートがこの国道142号線であった。目的の峠に入るまでは、長い下りの直線があり、入り口は二股に分かれている。右に行けば峠、左に行けば細い山間部に繋がる道。ここに感応式信号があり22時を回ると点滅に変わる。手前には廃墟レストランがあり、パーキングには数台の自動販売機が並び、そこそこ明るくなっている。
相棒の武と走るのは何週間ぶりだろう。その間、昨日まで1人で峠を攻めていた。ヘルメットを塗り替え、マフラーをアルミ製のスポーツマフラーに、ブレーキパットもエンジンオイルも高価な物に替え、シングルシート、リアフェンダー。夜間走行に不利だったヘルメットのスモークシールドも夜間用のクリアシールドに替えたばかり。簡単に言えば高性能に走りやすくなっているという事だ。
実際、バイクの性能を省けば武の実力の方が上であった。でもここ数週間、僕はこの峠を走り込んでいる。確実に勝てる自信まではなかったけど、前より車両も技術も確実に速くなっていた。


僕の名前は井本朋紀。

バイクとパンクバンド好きの自分勝手な19歳の薄っぺらい若造である。


  先頭を流していた僕は指先がピリピリするくらい早くバトルしたくて仕方がなかった。信号をよみ、トラックをかわし、ヘッドライトはハイビームのまま。そして峠までの長い下りの直線から加速。入り口の右コーナー手前でブレーキングしてギヤを落とし右膝がアスファルトにつくぐらいバイクを寝かしていく。アタック開始である。ここから登りだが、明らかに法定速度などあってないようなスピードなので、直ぐに左コーナーが迫ってくる。ギヤはそのままでセンターラインに埋め込まれているキャッツアイぎりぎりにバイクを添わせ左に身体を倒しこみながら目線は遥か先のコーナー出口を見据える。この高速コーナーが続く登りは馬力のある僕のバイクが有利なので差をつけておきたいところだ。
武の位置を確認しようとバックミラーを見たが、追ってくるヘッドライトが一つもない。武が居ない。

そう、彼は峠の手前、自動販売機の前で停車し、交通量が減るのを待っていたのだ。バイクに跨り腕を組んで。
この場に至ってより冷静に。。。

僕は走りたいばかりで何も見えてなかった。イライラした。Uターンして自動販売機の駐車場まで戻り、彼の斜め後ろに陣取り、再スタートを待つのであった。
鼓動が武に聞かれるくらい高鳴っているのを感じた。
肌寒い季節になってきたのに、車の排気熱のせいだろうか。自動販売機の明かりに夜虫がパタパタと力こそないが集まってきていた。


そしてその時は直ぐにきた。。。


彼が腕組みを解き、ハンドルに両の手をかけクラッチを握りギアを1速に。彼の上半身がバイクにめり込む様な姿勢で突入。排気音が爆裂し待ってましたとばかりに僕も彼の後ろから食らいつきタコメーター13000回転を超えレッドゾーン手前でギアを上げていく。一気に横に並び最初の右カーブを抜ける頃には先頭に。

よし、いける!

そのまま加速し左コーナー。一気にブレーキングしてさっきよりも押さえ込みながらハングオン。多分、武はすぐ後ろに居る。バックミラーに反射する彼のヘッドライトや間近で聞こえる排気音もそうだが、何より僕の背中を威圧してくる黒い風のようなものがその事を教えてくれる。

おかしな感覚である。
前方に高速で走っているにも関わらず、後方から追い風のようなものを感じるとは。

僕は前だけを意識し直し、アクセルを緩めずそのまま左に倒しこみながらまだ加速。コーナー出口、明らかにセンターラインを越えてのオーバーステア、オーバースピード。対向車が現れようなものらばもう諦めるしかない。

どのコーナーもセンターをはみ出し、気が気でなかった。この時に気付くべきであった。
全てにおいて自分の許容力をオーバーしていた事を。
そしてまだ登り道は続く。

深夜の山々に二台の改造バイクの排気音だけが響きこだまする。

11月14日。僕の一生を変えてしまう公道バトルの始まりである。