豊受神社(岐阜県) | さかいくん日記

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主に中部地方の神社仏閣・パワースポット・不思議好きが送るほぼノンフィクションです。

岐阜県の豊受神社です。

自宅から一番近い神社で、初詣に参拝しました。





お正月バージョンです☺

鳥居の下にしめ縄?が。
くぐって入ります。
強制的に一礼させられるのと、
お祓いの役目があるのだろうと解釈しております。




ご祭神は豊受大神です。
伊勢神宮・外宮の神様と同じです。


内部もお正月バージョンですね。

普段は布がありません。


由緒の石碑

小学校のHPに詳細がありますので、かなり長文ですが貼り付けますね。

今から千六百年程前,垂任(すいにん)天王の第四子,倭姫(やまとひめ)が天皇家の祖先である,天照大神(あまてらすおおみかみ)をお祭りする場所を求めて,諸国を旅していた時の事てす。
 美濃(みの)伊久良(いくら)の宮に四年ほど泊まっていた倭姫は,神のお告げを受けて尾張(おわり)に向かうため,生津から舟に乗ろうとしていました。しかし,時ならぬ豪雨(ごうう)に,舟を出すことができず,生津にて数日間泊まることになりました。倭姫がお泊まりになるということは,神様がお泊まりになるということです。村人たちは,この出来事を大変ありがたく思いました。
 雨が止み,倭姫一行が旅立つ時,地方の豪族(ごうぞく)・国司(こくし)・郡司(ぐんし)達が,舟や織物(おりもの),男女の召使(めしつかい)等を贈ってお見送りしたという記録が残っているほど,倭姫がお泊まりなられることは,重大な出来事だったのです。
 倭姫一行が旅立った後,村人たちは,神様がお泊まりになったこの場所をかけがえのないものと考えて,祠(ほこら)を建ててお祭りしました。
 中学校の近くを流れる糸貫川の堤防沿いにある豊受(とようけ)神社こそが,この時,神様が宿られた 祠だったのです。
 その後,生津を去った倭姫が,最後に天照大神をお祭りした伊勢神官の内宮,外宮をまねて,村人たちは生津にも,豊受神社(外宮)と神明神社(内宮)の二つの神社を作りました。今でもこの二つの神社では,伊勢神官の祭礼(さいれい)をまねた古式(こしき)ゆかしい祭礼を毎年行なっています。

……とあります。

なんだか歴史を感じました。
この付近、昔は川だったんですね⛵


いろんな神社仏閣がありますが、この豊受神社を1番多く参拝しております。
私にとって身近な神社であります(^ー^)

宮司さんもいないさして大きくもない神社ですが、私のお気に入りです。

年末年始や節目には門松や装飾がなされて
、町の人たちに大切にされているのがわかります。



さて、初日の出を撮影してみました。



2016年1月1日午前7時です。ねぼけまなこです(=_=)

初日の出にはパワーがあるそうですよ🌄

みなさんのご多幸をお祈りしております。

いつもありがとうございます♪


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過去記事↓
豊受大神宮・2回目①

元伊勢・天神神社①