【床本】難波裏喧嘩の段 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫




■双蝶々曲輪日記
難波裏喧嘩の段





駈けり行く

大宝寺町を横切りにすぐには行かぬ郷左衛門ごうざえもん、業を煮やして与五郎がたぶさ片手に引きずりまわす。

難儀難波や畑中、嘆く吾妻あづまを有右衛門、小脇に抱い込み

「郷左殿、手ぬるい手ぬるい」
「オゝサ合点、コリャ吾妻、この泥棒めに何心中立て、こないきずりめ、大盗人め」

と両人寄って蹴据え蹴飛ばし踏みのめせば

与五郎は半死半生

「ヤレ吾妻、必ず短気持つまいぞ。エエ思えば無念」

とよろぼい立ち、しがみつくを

踏み飛ばし、大地に打ち付け動かさねば

吾妻はわっと泣き沈み

「胴欲や、酷らしや、マアマア待って」

と支ゆるを

突きのけ突きのけ両人が、与五郎ひとりを手玉に突き、踏んず蹴っつの打擲ちょうちゃくに、すでに危うきその所へ

戎橋筋えびすばしすじ一文字、とぶが如くに長五郎駈けりくる侍二人が首筋掴んでぐっと差し上げ、大地へどうと首の骨砕けてのけともんどり打たせ、二人を囲うて仁王立ち

「サア若旦那、長五郎が来たからは気遣いない。気を確かになされませ」

「オゝ長五郎か。よいところへよう来てたもった。わしを捕らえて無法の打擲。チェゝ無念なわやい」

「サゝようござります。吾妻様を手に入れねば、第一にわしが立たぬ。何かのことはわしが胸に。コレ吾妻様、若旦那をソレ介抱、介抱」

と二人をそっと此方なる稲村蔭に忍ばせ置き

「サアお侍たち。濡髪が言う事あって来た。ど性根付けてお聞きやれ」

と喚けど、さらに返答なく

砂まぶれになって起き上がり、互いに自脈、顔見合わせ

「アイタ、アイタゝゝゝ。何と有右、気がついたか」

「なるほど。なるほど、少しはついた。ついたはついたが皆目にアイタゝゝゝ、首が回らぬ」

「身どもも御同然、が、今のは何奴」
「アイヤ、俺でごんす」

と暗がり闇にすっくと立ちし長五郎

「ソリャコソ痴者しれもの、油断すな」

「オオサ、合点」

と刀を杖、口は達者に喚けども、反り打つところは首の骨、歪み筋張り立ったりける。

「アゝイヤ、そんな仰山な事じゃない。マア、下にいてくださんせ」

と言うも聞かず

「ヤア、黙れ長五郎。仮令けりょうここは難波道、骨接ぎへ近ければこそ、アイタゝゝゝわれがように痛みのない身体とは違うぞよ。しかし、有右はどうじゃ」

「身どもか。身どもは首が回らぬ。アイタゝゝゝ。ヤイ、長五郎。我々を騙して投げるとは卑怯な奴。日頃習い置いたる剣術秘術、猿の木登り山がらの餌落とし」

「エエやかましい。そんな事聞きにや来ぬ。濡髪が言う事かいつまんで申す。吾妻殿の身請けの金は六百両、与五郎殿から親方へ渡した手付けの金は半金の三百両、わしが手から渡してある。お前方が渡しもせぬ六百両を、追っ付け埒明け吾妻殿は国へ連れて去ぬ、イヤ、女房じゃ奥じゃ何ぞと言はしゃる故、それを案じての駆け落ち、お前方はまだ身請けの相談最中、此方は高が町人なれど山崎では一と言うて二のない与五郎殿、それでさえ金事というものは、そう心安うはないものじゃ。畢竟ひっきょうお前方は今度の身請けを邪魔して、吾妻殿を遣りともない、が、精一杯。ソリャ意地の悪いというものじゃ。その意地づく私が貰います。申し郷左衛門、どうぞこの儀をお取りなし、ひとしお頼み奉る」

と親方思いぞ道理なる。

始終を聞いて郷左衛門、有右衛門に目配せし

「ムゝなるほど、屋敷の格式ある故、身請けの金調うまいとナ、そうじゃコリャもっとも、向後きょうこう吾妻が事ふっつと思い切ったぞ」

「エゝそんなら思い切って与五郎殿へ事なう」

「オゝサ、有右殿、二言はないナ、思い切る・・

「オゝサ切る」

と抜き打ちに有右衛門が切り付くる。
腕取って跳ね倒す。
間もあらさず突かくる。
郷左衛門が、あばらを丁とすねにて蹴上げ

「エゝコリャ何とするのじゃ。ほててんごうひろぐとうぬらがどすの貧乏神、相手になりかぬるぞと言うは嘘じゃ。どうぞ了簡つけてくだんせ。ソリャもう、お前方二人してなら、この長五郎を仕舞ひつけさんすじゃあろうけれども、エイヤットウの道もちっとばかり知らぬでもなし、ソリャもう互いに身の上づく、大事ごと、どうぞ了簡」

「イヤイヤ、了簡ならぬ了簡ならぬ。この上はもう破れかぶれじゃ。可愛い吾妻は手に入らず、身請けの才覚ならず、せめておのれ」

と拝み打ち

「さしったり」

と沈んで受け止め

「スリャどうでも了簡なりませぬか」
「了簡ならぬ」
「しかと左様か」
「くどいくどい」
「くどくばこうじゃ」

かいながらみの引き落とし、いながら殴る二人が刀、飛鳥のごとく踊り越え、突けば開き殴れば沈み、抜けつ潜りつ



***




長吉は長五郎が身の上いかがと尋る内、畑の中にうめく声々、すかし眺めて

「ヤ、長五郎か」

「ムゝそういう声は長吉か」

「オゝさては二人の侍を切ったか」

「オゝサ、今ばらした。モウとどめを刺すばかり。わりゃ又そこにどうしている」

「サア、与五郎殿を捕まえて」

「サアそれは」

「コリャコリャ濡髪うろたえな。急くことはない。この長吉とわれとはな、今日姉貴の意見で兄弟となったれば、与五郎殿の力となり、侍の肩持たぬほどに、心置きなうとどめ、とどめ」

「オゝサ合点じゃ。
コリャ長吉、二人の衆に怪我はないか」

「イヤ怪我はないが長五郎、わりゃこの大坂にいられまいがな」

と言われて吐胸の長五郎

吾妻はあるにもあられぬ思い。

「ほんにわし故この騒動、長五郎様の身の難儀、与五郎様のお身の上、わしゃ何としょうどうしょう」

と、さすが女の気も弱く、ワッとばかりに泣き叫ぶ心の内ぞ、いじらしき。

「オゝ道理じゃ。道理じゃわいの。人を殺せば大罪人。長五郎が身の難儀も皆わしが放埒故。身の言い訳」

とあり合わす刃物おっ取り逆手に持つ
長吉しっかと押し止めて、刃物もぎ取り

「マアマアお待ちなされませ。マアお待ちなされませ。今お前が死なしゃったら、親御へ対して不幸となり、また長五郎も生きてはいられぬ。ノウ長五郎、それじゃによってこの衆は汝になりかわって、俺がたしかに預かった。祖末にゃせぬ。マア一年と半年は影を隠したらよかろうと俺は思う。落ち着く先は、ナ」

「フム」

「サア行け」

「エゝかたじけない。与五郎様、吾妻様、そんならここでお別れ申します。ずいぶんご無事で。長吉さらば」

と後ろより

いつの間にかは下駄の市、野手の三とが一時に

「ヤア聞いた聞いた。人殺しの長五郎やらぬ」

と組付く我武者もの。
早速の濡髪、身をかわす。
ほぐれて向こうへ頭転倒骨、両人が
膝に固めて口に袖。

「長吉、此奴はどうしょう」

「ハテどうのこうのとあごきいたら、もくがりょ。ソレ、一寸切るも二寸切るも、毒喰はば皿」

「オゝ合点」

と真っ逆さまに千本突き。
目玉飛び出し死してんげり。

「エイ、行くぞや」
「行け行け。ヤレ急げ」

と胸はどきつく法善寺、諸行無常の八つの鐘、夜明けぬ内といっさんに足を早めて