若田部昌澄著「ネオアベノミクスの論点」(PHP新書)を読む | 世日クラブじょーほー局

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ネオアベノミクスの論点 (PHP新書)/PHP研究所

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 アベノミクスの最大の眼目は、デフレからの脱却だ。そのために、日銀総裁にリフレ派である黒田東彦を据え、2年間で2%のインフレ目標を掲げて、異次元の金融緩和に乗り出した。それとともに機動的な財政政策、民間投資を呼び起こす成長戦略のいわゆる「3本の矢」がワンパッケージ。

 これまで円安や株高、企業業績の回復など民主党時代には考えられなかった成果を得た。しかし、昨年4月の消費税増税によって逆噴射し、この5月20日に発表された2014年度の実質GDPは、前年度比1.0%減と東日本大震災があった11年度よりも悪化し、5年ぶりのマイナス成長となった。若田部氏は「増税を推進する人は、『増税で社会保障制度への不安が減り、消費が増える』と主張していましたが、現実には、そういう好循環は起きなかったと証明された」(読売新聞14年10月31日「語る」)と述べている。消費税増税だけはまったく悔やまれる。若田部氏は同記事において、アベノミクスの「3本の矢」は正しいと断言しているが、本書ではその過不足分を補う「ネオアベノミクス」を提唱する。

 本書では、まず「序」において、世界的ブームとなったトマ・ピケティの「21世紀の資本」を取り上げる。そして、この本には恣意的ともいえる「誤読」がつきまとうといい、それは、「経済成長は必然的に格差拡大をもたらす」との主張だという。しかし実際は、ピケティは、成長否定論者ではなく、高度経済成長を評価さえしているという。若田部氏は、「経済成長こそ人々に富をもたらすのであり、ピケティによれば、格差を小さくもする」のだとして、「問題は、資本主義や経済成長そのものではなく、その果実がうまく国民各層にいきわたるように運用できていない状態」なのだと指摘する。

 では、わが国がこれから人口減少社会へと突入していく中における経済成長は可能なのか。また財務省がしつこく発表する「国の借金(政府債務残高)1000兆円超・対GDP比230%(2014年時点)」も無視できないが、はたして、財政再建の道筋はどうあるべきなのか。

 若田部氏は「財政再建のための最良にして最短の道は、経済成長」だと断言する。もっとも「日本が必要としているのは高度成長のような高い成長率ではなく、4%程度の名目成長率」だとも。そして、「財政再健効果がいっそう不確実なのはむしろ増税再建路線のほう」と切り捨てている。 

 まず、財政再建についての前提として若田部氏は、国債の発行額を「国の借金」と呼ぶ表現について、「通貨発行権のない民間主体の借金と、発行権のある統合政府の国債発行額は、本来、同じ比喩で語ることはできません」と述べ、加えて「もし借金に例えるとしても、借金経営よりも無借金経営が優れているという根拠は薄い」と断じる。以上のことから、「適正な範囲の『借金』でそれに見合ったサービスが提供できているのであれば、それは望ましい状態」だということを確認。

 その上で、コロンビア大のデビッド・ワインシュタイン氏の議論を取り上げる。それによれば、「日本の債務を考えるときには総債務ではなくて、純債務で考えなくてはいけない。日本政府は債務だけではなく巨額の資産も持っているので、総債務から総資産を差し引いた純債務の額はぐっと少なくなります」とのこと。ワインシュタイン氏の試算では「2014年6月時点で純債務のGDPに対する比率は132%になる」という。さらに、今現在「第一の矢」によって、「日本銀行が大量の国債を保有し」ており、「この国債はそのまま持ち続けることができるので、この分を総債務から差し引くこともでき」るわけで、「そうなると、純債務のGDPに対する比率はさらに下がって、80%になる」。これらの数字をみれば、あたかも財政破たん間近というマスコミの報道が、いかに誤ったイメージを煽ったものかわかる。政府は、2020年度までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化を目標としているが、むろん必要なことなのだろうが、それに拘泥するあまり、木を見て森を見ずの愚は避けたい。

 若田部氏は、「経済成長をしない社会は、弱者に厳しい社会です。そうではない社会を維持していくためには、社会の生産性を高めていく必要があり、その際にカギとなるのは、教育です」と力説するが、全く同感。

 この若田部氏の考えと正反対の議論を展開するメディアの代表が、ほかでもない朝日新聞。同紙は2012年元旦に、「ポスト成長の夜明け」の社説を掲載。その論旨は、「成長の時代が先進国ではいよいよ終わろうとしており、環境や資源のことを考えればゼロ成長が望ましく、これ以上の金融拡大や財政支出は『成長の粉飾』だからすべきでない」というもの。

 若田部氏は、実はこれは今にはじまったことでなく、同紙が1970年から「くたばれGNP 高度経済成長の内幕」の連載を開始し、反成長キャンペーンを張った経歴に言及。またこれに至る源流を辿れば、笠信太郎(朝日新聞論説主幹)や、都留重人(経済学者、一時期朝日論説顧問)らマルクス主義者の存在に行き着くことを明らかにする。

 さらに若田部氏は、くだんの朝日連載と軌を一にして、DDTはじめ農薬などの化学物質の危険性を訴えたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」や「人口増加や経済成長を抑制しなければ100年以内に人類は滅亡する」と訴えたローマ・クラブの「成長の限界」が出版されるなどし、これらと「戦前から脈々と続く反成長・非成長の経済思想は、非常に相性の良いもの」だったとしているが、中川八洋によれば、これらは明白に連動したものだったという。

ローマ・クラブ事務局長アーヴィン・ラズローとその創設者アウレリオ・ペッチェイとが、ともに共産主義者で、KGB工作員説が流れるや、ローマ・クラブはその活動をすぐ停止し、この組織も忽然と消えた」「ローマ・クラブは、ソ連のこの(アフガン)侵略準備を、世界の目からカムフラージュする役割を見事に演じていた」(中川八洋著「民主党大不況」清流出版)

 笠信太郎は、戦後の復興期にリフレ政策をとって、デフレを抑制した石橋湛山を、都留重人は池田勇人の経済ブレーンをつとめ、「所得倍増計画」の理論付けをした下村治をそれぞれカウンターパートとして、論争を展開した。実は、安倍首相は下村治を経済政策の範としているそうだ。成長論者の下村に対して、格差縮小を訴えた都留という対立構図のあった時代背景には、60年安保闘争があり、格差論争と安保法制が審議されている現在とまさに相似形をなしている。もとより歴史は池田ー下村ラインに軍配を上げたはずだが、冷戦終結から20有余年、イデオロギー論争の鐘、いまだ鳴りやまず…か。