大己貴神社、福岡県旧三輪町と大神神社、奈良県桜井市三輪 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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甘木・朝倉あたりに畿内と同じ地名が沢山あるとか!よく似た名前と祭神を祀る神社の一例を紹介する。大己貴神社は811年、大神神社は707年の創建であり、畿内から甘木・朝倉地域への入植した人々の氏神として、勧進されたものである。


参考

① 大己貴神社(おおなむちじんじゃ)、福岡県朝倉郡筑前町弥永字大神屋敷(旧三輪町)、旧三輪町の中心の宮

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式内社 筑前国夜須郡 於保奈牟智神社、旧県社

御祭神
大己貴命、天照皇大神、春日大神

朝倉郡筑前町(旧三輪町)にあり大神神宮とも云われる。 鳥居の扁額には「大神大明神」とあり、「三輪大明神」とも呼ばれる。 「おおがみさま」が訛り、近隣では「おんがさま」と親しまれている。 神功皇后の新羅征伐に際して、兵が集まらなかったため、 大三輪社を建てた所、集まったという。 また、大三輪神の祟りによって、兵が逃げ、死亡していたが、 これを祀ったことにより、無事、新羅平定がかなったとも
(参考)。

太宰管内志(国学者・伊藤常足編)によれば「<筑前神社志>に、(神功)皇后より 後に嵯峨天皇弘仁二年(811年) 勅願ありてご建立あり(参考)。

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嘆きの壁形式の境内は渡来人秦氏の神社の証し


② 大神神社(おおみわじんじゃ)、奈良県桜井市三輪1422

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背後の三輪山が御神体

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嘆きの壁形式の境内は渡来人秦氏の神社の証し

御祭神
大物主大神、大己貴神、少彦名神

奈良県桜井市にある。桜井線・三輪駅の側に大鳥居がある(参考)。崇神天皇7年に祀るとの伝承があるが、実際の創建は707年ころであろう(参考)。