豊葦原中国は何処か!? | 日本の歴史と日本人のルーツ

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豊葦原中国は何処あたりを指すのか色々あるが、弥生時代初期から開発されてきた稲作水田地帯の事です!従って、従来多くの研究者さん達が指摘した候補地は全て当てはまると考えられる。

例えば大分県中津市あたりは、豊の国の中津であるから豊葦原中国であろうと云われているが、この辺りは古代の条里制地割の水田地帯であり、その通りと回答しても差し支えありません。


参考

① 豊葦原中国

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② 豊葦原中国の比定地候補

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③ 大分県中津市

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美しい条里制地割が中津市に広く見られる


④ 海人族安曇氏は弥生時代初期から条里制地割の稲作用水田を日本全国で開発していた(参考)


⑤ 豊前国の京都郡あたりも海人族安曇氏の開発した地であり(参考)、中津市あたりと連続した圏内で、やはり豊葦原中国であろう。


⑥ 薦神社、中津市

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ただし、比咩大神については宗像大社の三柱の神では無く、海人族安曇氏の神、玉依姫命と考えられる(参考)。