二代目の下関大丸 | 日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツを解明します。

基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

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大丸屋上遊園地

下関大丸は昭和25年、大和町で開業。朝鮮動乱に伴う好景気の波に乗り同34年に下関駅西口前の一等地に新築移転した。写真の屋上遊園地は子どもたちにとって憧れの場所であった。〈竹崎町·昭和41年,提供=橋本加代子氏〉


大丸屋上遊園地

遊具に乗る子どもは満足げ。先頭車は西ドイツ国鉄が TEE (TransEurop Express の略で西ヨーロッパで運行されていた列車の種別)用として製造した601型ディーゼルカーを模している。下写真はメリーゴーラウンド。〈大和町·右:昭和37年·提供=大場伸道氏、下:昭和38年頃·提供= 長谷川有氏〉


大丸屋上遊園地

簡素な造りではあったが屋上で乗る回転飛行機はスリル満点であった。〈大和町·昭和30年代·提供=北篠磨由美氏〉


大丸屋上にあったミニドライブ

昭和33年に登場したゲーム機で、ハンドルを操作して模型の車を進めるゲームである。「1回 10円」という値段に時代を感じる。〈大和町·昭和35年頃·提供=大場伸道氏〉


大丸地下の食堂 

普段は6階の大食堂で昼食を摂るのが定番だが、この日は地下にあった喫茶店へ。大人に囲まれてデザートを頬張る少年はちょっと大人になった気分。〈大和町·昭和37年·提供=大場伸道氏〉


(下関市の昭和より)(彦島のけしきより)


参考

① 下関漁港と二代目下関大丸(参考)


② 昭和38年の下関駅周辺(参考)


③ 二代目下関大丸と竹崎ニチイ(参考)