Omenの黒歴史 | 川嶋未来(SIGH)のブログ

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先日ふとOmenを思い出した。80年代に活躍していたアメリカのパワーメタルバンドだ。パワーメタルと言ってもいわゆるパワーを感じるかとういと少々疑問で、アメリカのバンドらしからぬ湿った暗さが魅力のバンドだった。最初の3枚"Battle Cry"、"Warning of Danger"、"The Curse"は、当時日本でもそれなりに話題になっていたので、ご存じの方も少なくないだろう。だがOmenってその後どうなったのだろう?近年ライヴをやっているという情報も見かけるが、アルバムはリリースしているのだろうか。リリースしているとしたらその出来は?コアなOmenファンならばその後も追いかけているかもしれないが、私はしばらくOmenのことをすっかり忘れ去っていた。

 最近は便利なもので、Metal ArchivesやRateyourmusic.comなどのサイトを見れば、世界中殆どのバンドの全貌を掴むことができる。早速Omenの情報を調べてみる。どうやらその後も88年、97年、03年とペースは遅いながらもアルバムを出しているようだ。ところがRateyourmusicを見ていて、妙なタグがついているのを見つけた。"Groove Metal"。グルーヴメタル?日本ではあまり使われない呼称かもしれないが、いわゆるPanteraを筆頭とした、かつてモダンヘヴィネスなどと言われていたアレだ。Omenがグルーヴメタル?97年にリリースされている"Reopening the Gate"というアルバムが、Rateyourmusicで約1.8点とうい異常な低得点を叩きだしている。Rateyourmusicというのは参加型のレヴューサイトだ。世界中の音楽ファンが投票形式で5点満点で点数をつけたり、レビューをする。なので、少なくとも個人のレビューよりは客観性が担保されている。当然音楽の趣味というのは人により千差万別のため、レビュー数が多くなればなるほど4点以上の高得点や、1点台の低得点というのは出にくくなる。グルーヴメタルというタグ、そして1.8点という異常な低得点。これは興味をそそられる。レビューの内容も滅茶苦茶だ。「こんなクソをOmen名義でリリースしたことは冒涜以外何物でもない!」「こんなものを聞くくらいならThe Great Southern Trendkillを聞くよ!」「グルーヴメタルブームに飛びつきやがった」などなど。

 Omenは88年に4thアルバムをリリース後に一旦解散、96年に再結成したのだがヴォーカリストは別人。さらにはリリースされた再結成アルバムは、Panteraクローンだったいうのだからある意味凄い。21世紀の視点からすると、そんなものがうまく行くはずないのは火を見るより明らか。だってOmen名義ですよ?しかもグルーヴメタルをやったところで、Panteraのクオリティ届くはずもない。一体何を考えていたのか。

 一言で言えば、90年代というのはそういう時代だったのだ。多くのメタルバンドが迷走した。迷走せざるを得なかったのだ。80年代に隆盛を誇ったヘヴィメタル、スラッシュメタルは90年代に入り一気に人気が下降した。あくまでメインストリーム的な視点から言うと、グランジの台頭がヘヴィメタルを殺したとされる。さらにヘヴィメタル内部においても、デスメタル、グラインドコアの出現はスラッシュ・パワーメタルの存在そのものを脅かした。Metallicaの成功により、80年代中盤スラッシュメタルはメインストリームでの成功すら可能なジャンルとなった。だがやがて、メインストリームにおけるヘヴィメタルの凋落が顕著になり始め、それならばとスラッシュ・パワーメタルがアンダーグラウンドに活路を求めようとした時には、そこには既にデスメタルやグラインドコアが場所を占拠していた。スラッシュ・パワーメタルという音楽の居場所は完全になくなっていたのである。本当にスラッシュ・パワーメタルというジャンルが消滅するという危機感があった。スラッシュ・パワーメタルをプレイしていたのでは、アルバムをリリースすることすら不可能。信念を貫くのも良いが、ジャンルごと消滅されてはバンド存続すら無理である。音楽を続けるには時流に乗るしかない。アンダーグラウンドで勝負をしようと、デスメタルへ転向するバンドも少なくなかった。そしてメインストリームに何とか食い込もうとしたバンドもいたのだ。90年代というヘヴィメタルの不遇の時代において、成功を勝ち取ったバンドと言えばPantera。そう、Panteraのマネをすれば人気が出るかも!と言う勘違いが多くの迷盤を産み出すこととなったのだ。そしてまさかOmenまでもが、こんな恥ずかしい過去を持っていたとは。

 これがそのOmenのアルバムからの曲。実に酷い。何が酷いって、これをOmen名義で出す必然性がまったく感じられないところだ。Omenファンは怒り、Panteraファンには存在すら認知されない最低のパターン。そりゃ音楽を糧にしていれば、ある程度時流を取り入れることは必要でしょう。生活があるのですから。しかし、Omenが音楽で食っていたとはとても思えない。そもそもこれは再結成アルバムな訳だから、生活のためにこういう音楽性になったわけではない。もちろんメンバーが当時Panteraに熱狂していて、それが音楽性に反映されたのかもしれませんよ。だけど、それならせめて別名義で出すべきでしょう。正直90年代中盤にOmenの名前がそれほどの商業的価値を持っていたとも思えませんし。とまあ色々言いたいことはあるが、これもすべて90年代という時代が持っていた雰囲気のせいなのだろう。

 すでに2010年代も半ば。スラッシュ・パワーメタル消滅の危機から20年以上。スラッシュ・パワーメタルというジャンルはその後息を吹き返し、現在もきちんと存続している。限りなく細分化したヘヴィメタルのサブジャンルはどれも定着し、おそらくは今後も存続していくのだろう。この安定は、つまりOmenのアルバムのような迷盤が生まれる可能性が大幅に減少させたに違いない。それはそれでちょっと残念だ。