オカリナの演奏会 | そらねこカフェ・店主ゆぎえみ

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日々の思いを書いてます。







自宅近くにあるコインランドリーで、洗濯の乾燥のあがりを待つ間に、オカリナを吹き始める男性がいる。私は、たまにしかコインランドリーを使わないのに、かなりの頻度で遭遇するのだから、きっとほぼ毎日オカリナの演奏会は行われているのだと推測される。


時間は決まって午前の10時から12時あたり。


椅子は五つあるが、大概の人はそこで待たずに、洗濯物があがった頃を見計らってやって来る。だから誰も居ないことが多い。


オカリナ奏者はどうしても誰かに聞かせたいわけじゃないらしい。自分の洗濯物を洗い、仕上がるまでをオカリナの時間と決めているようだ。私が入って行くとサッと止める。それでも私が知らん顔で居座ると、ピッ、ポーッって、ちょこちょこ音を出しながら様子を伺う。そして、私がまったく気にしていないと判断すると演奏が始まるのだ。


年齢は70歳位。トレンチコートと山高帽を被り、オカリナを吹く。場所さえ違えば、素敵なミュージシャンだ。


レパートリーは多い。定番の「ふるさと」から「鯉のぼり」「シャボン玉」などの童謡は、哀愁いっぱいに奏でる。私の一番のお気に入りは「東京ラプソディ」だ。


一見、しっとりしたオカリナのイメージに合わないような気もするが、テンポ良く、ご自身で踵を慣らしたりして、軽快に演奏する。これはかなり楽しい。「はーなーのみやこ♪」って部分はつい、「みやこ!」と合いの手を入れたくなるのが私の悪い癖だ。相手がどんな人なのかわからないし、また、いつものように面倒に巻き込まれてもいけない。そう自分に言いきかせて、携帯を見ている振りをしながら我慢していた。けれど、ここまで上手なんだから、駅前の公園とかでやればもっと怪しさも薄れるのに。ケーブルテレビなんかに取り上げられたりして、ますますファン(今のところ私ひとり)も広がるだろうにと、残念に思った。



しばらく晴天が続き、コインランドリーには行かなかったが、毛布を洗いに久しぶりに行った。当然、オカリナ奏者に会えるつもりで、午前中を狙って向かった。午前中なら必ず会える。けれどオカリナ奏者はいなくて、その理由はすぐに分かった。【待合室への楽器の持ち込み、音出しはご遠慮ください】とパソコンで綺麗に打った貼り紙がされてあったから。



当たり前と言えば当たり前かもしれない。無理もないと言えばそうかもしれない。けれどつまらないものだと少し腹立たしく思った。つまらない。本当につまらない。


あのオカリナ奏者は傷ついただろうなあと思う。


勇気を出して、話しかけたら良かったろうか。春なら友人主催のイベントが沢山ある。だから、イベントにお誘いすることもできたかもしれない。もう会えないと思うと、少し寂しい気がしたし、そして何より、つまらない。