「気」というもの | PTイワマの探究日誌

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PT(理学療法士)イワマが
『人の心と身体を動かすセラピスト』としてどう歩むべきか考え、感じたことを記すブログです。

というものがあります。


日本語での
元気や覇気などの力や勢いを示すものや、
気分・雰囲気など精神的な認識に関するもので、
総じて不可視なものとして捉えられています。


気という言葉がついた単語には
空気電気磁気などがあり
古来から「見えないけれど存在するもの」として
認識されてきたと僕は考えています。



今回は『気』を題材に
目に見えないものに対する捉え方
考えたいと思います。


「見えないものや測定できないものは信じない!」
という人もいるかと思いますが
どうか広い気持ちでお付き合いいただければと思います。




不可視であっても存在が測定、あるいは認識できるものは多くあります。

空気、電気、磁気、覇気、邪気、元気、陽気、陰気、気配、雰囲気、気力
差異はありますが
数値化できたり
感じ取れたり
少なくとも概念として理解可能なものだと思います。


気という言葉自体は
近年リハビリ業界でも
東洋医学的アプローチの考え方もあり
耳にする機会が増えているように感じます。


この場合の『気』
主に中医学に見られる概念ですね。
経絡治療では流れや寡多に着目しています。


経絡治療は
WHOでも認められていて
経穴(ツボ)も361箇所が認定されています。


一方、気はいわずもがな
経絡も解剖学的に不明確とされ、
非科学的と捉えられる側面もあります。

しかしながら、
一部の研究では電気的な性質が示唆され、
良導絡では導電性で経絡の一端が示されています。

また、解剖学的には
経絡上に毛細血管配列の特異性がある
としている研究もあるようです。


東洋医学は西洋医学に対して
非科学的に考えられることもありますが
少なくとも部分的には
科学によって証明されてきています。


気というものは
目に見えないから存在しないのではなく
科学の解釈が追いついていないと考えるのが
正確なのかも知れません。


先述の
電気や磁気にしても
人類が存在を認識してから
科学的に解釈されるまでかなりの時間を要しています。
例えば、電気は雷として存在はしていても科学的に理解が進んだのは17世紀以降です。


雰囲気気配なども
数値化はできなくとも
感じることはできます。


量子の世界から見ると
それらもある程度解釈が可能です。
量子の性質上、ある種の曖昧さは伴いますが
曖昧さも含むて科学化されていると考えるのが正しいようです。


リハビリの世界でも
不可視のもの、特に意識感情(広い意味での気)
重要視されるようになっています。


今は科学的に定量化されていなくても
いずれ理解が進むのかも知れませんね。

不可思議な現象も広い視野で見ると
意外と科学的に思えます。
量子力学に触れてそんなことを思いました。


本日は最後までお付き合いいただきありがとうございました!