Side N
息を吐いたら白かった。
いつもより、早い時間のせいだろうか。
自転車を走らせて、駅に向かう。
俺の…好きな人が、そこで待っていてくれる。
俺が志望している翔ちゃんの通う大学で、入試を受けることになるから下見したい、と言うと、翔ちゃんは快く応じてくれた。
実家に帰っているタイミングで、電車での行き方の確認も兼ねて、一緒に大学に行ってくれるらしい。
大学での授業に合わせて、ちょっと早い電車に乗らなきゃいけないけど…と、翔ちゃんは申し訳なさそうに言った。
そんなの、全然構わないよ。
翔ちゃんと…一緒に居られたら、俺は…
自転車をこぎながら、前回の授業のとき、翔ちゃんについ英語で「キスさせて」って言ったときの、翔ちゃんの顔を思い出す。
笑われるかと思ってた。
あんな真剣な顔で、見つめられるなんて…
あのとき、母さんが入ってこなかったら、俺は、どうしたんだろう。
実用性、ないって言われたけど…
いつか、ちゃんと言いたいんだ。
翔ちゃんと、同じ大学に受かったら…
そしたら、言ってもいい?
翔ちゃん…
自転車を降りて、所定の場所に止める。混み始める駅の入り口に、翔ちゃんがいるのが見えた。
「ニノ、この時間の急行結構混むけど、大丈夫?」
翔ちゃんはグレーのコートに身を包んで、革のバッグを持っていた。
キレイめな服着てんな…
昔は迷彩ばっかり着てたのにさ。
「わかんない…乗ったことないから」
高校は自転車通学だから、こんな朝早くに電車に乗るなんて初めてだ。
「すごいから、気をつけてな」
「どうやって…気をつけんの?」
確かに、ホームには人が溢れかえっているのに、滑り込んできた電車はすでに人がすし詰め状態だ。
翔ちゃんは、俺の手をつかんだ。
「ニノ…はぐれんなよ」
そんなに⁈
嘘でしょ⁈
…と思うやいなや、俺は翔ちゃんに手をつかまれたまま、後ろから電車のドアに殺到する人たちに、すごい力で押されて、人と人との間でもみくちゃになった。