痛みを先送りし続ける日本政治 | 山本洋一ブログ とことん正論

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元日経新聞記者が政治、経済問題の裏側を解説!

 週末に新聞を読んでいて、こんな記事が目に留まりました。「ドイツとどこで差がついた?」。日本が景気低迷や財政難に苦しむ中、ドイツは順調に回復しているという記事です。結論は読む前からわかっていましたが、日本政治への教訓がちりばめられています。

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日本経済新聞 112日付朝刊

【核心】ドイツとどこで差がついた? 痛みを先送りせぬ志

 70年前の敗戦直後から経済を競ってきた日本とドイツの間に、ずいぶんと差がついたようだ。

 25年前の東西統一後、ドイツは経済的に立ち遅れた旧東独を抱えて苦労してきたが、1人あたり国内総生産(GDP)は今や日本より2割多く、財政収支は黒字である。

 貿易相手国ロシアの不調などで再び問題を抱えているものの、この国から学ぶべきことは少なくない。

 統一の前年に東ベルリンを訪れたとき東独製の乗用車、トラバントが黒い排ガスを出しゴトゴトと音をたてて走るのを見た。洗練された西独の車とは大違い。40年の経済体制の違いが生んだ性能差を実感した。

 そんな東独の1600万人を加え統一後は7900万人に。民族の悲願とはいえ西独側に不満もあった。西独マルクの1割の価値しかない東独マルクを等価で交換。先日死去したペール元連邦銀行総裁の反対を政府が押し切った。旧東独の復興には300兆円を費やす。経済が低迷し財政が悪化したのは当然だ。

 それでも企業は変化に対応しようと動いた。

 1996年、「メルセデス・ベンツ」を擁するダイムラーにユルゲン・シュレンプ社長を訪ねた。同氏は「株主重視」や「自己変革」をなまりの強い英語で熱っぽく説いた。ベンツの見習工から身を起こしたこの人が欧州最大企業の頂点に就いたのも、株主や経営陣の意識変化の表れだろう。

 2年後、同社は米クライスラーと合併する。合併は失敗に終わったが、改革の試みはその後も続く。

 経済のグローバル化や93年の欧州連合(EU)発足もあり企業間の競争激化が見込まれた。そこで化学大手ヘキストもフランス企業と合併するなどドイツ企業は必死に変革を模索した。これがまず大きい。日本では日立製作所が抜本改革に入る10年ほど前だ。

 だが労働組合が強いドイツでは、社会保険負担を含む高い人件費や解雇規制が経営改革を阻んでいた。

 そんななか2003年にシュレーダー首相は構造改革に着手する。この人は左派、社会民主党の党員なのに、労働者に受けの悪い政策ばかり。失業保険の給付期間を短くし、健康保険で患者負担を求め、年金給付の伸びを抑えた。

 さらに社員10人以下の小規模企業での解雇を容易にする。社会保険の負担が減り解雇も容易になったので、企業は新規の採用を拡大。失業率は05年夏の11%台から最近では5%程度に下がっている。税収増と社会保障の改革で財政収支も改善した。

 シュレーダー政権はまた株式売却益への法人税を撤廃。これが企業の合併・買収や再編を容易にし、グローバル化や産業構造の変化への対応を助けた。

 日本でも同時期に、小泉政権が労働力の流動化策などの改革を議論し始めた。「日独の違いはこれらを着実に実行したドイツに対し日本では掛け声に終わったこと」と八代尚宏・国際基督教大客員教授は言う。

 苛烈な改革を嫌われたシュレーダー氏は選挙に敗れ右派のメルケル氏と交代する。だが一連の改革は労働者を支持基盤に持つ左派政権だからできた面がある。ひるがえって日本の民主党政権は連合などの嫌う改革に関心が薄かった。

 メルケル政権は前任者の路線を引き継ぐ。日本の消費税に当たる付加価値税を増税し、法人税を減税した。財政改善と競争力強化を狙ったものだ。

 シュレーダー以前は改革が滞っていたが、結局のところ企業も政治家も困難な課題を大幅に先送りせず解決した。それも「競争」や「市場機能」重視へのバネが強く働いた。ケインズ理論をタテに総需要管理に終始し、必要な改革を遅らせた日本との違いだ。

 市場機能を重くみる新自由主義の発祥地はドイツとオーストリア。ナチズムや共産主義が台頭した1930年代に生まれ、ケインズとも距離を置いた。ドイツの新自由主義は競争秩序や社会福祉に関する国の役割も重視するが、根底には自由競争への信頼がある。同国の経済学者、ヴァルター・オイケンらを通じ戦後の政策に影響を与えたこの思想は、今日まで脈々と受け継がれてきた。

 「一般の人もケインズ政策の効果を信じていない。それより法人税減税など、企業のグローバルな事業展開を後押しする柔軟な政策が好まれる」とドイツ人のマルティン・シュルツ富士通総研上席主任研究員。

 さて日本。安倍晋三政権の「地方創生」や法人税減税は経済活性化へ前進に違いない。だが新しい解雇ルール作りなど労働力流動化策への熱意は薄れた。企業への賃上げ要請など政府の干渉はやたらに増えた。

 財政赤字の削減目標達成が危ぶまれているのに、補正予算案に再び景気対策を盛り込んだ。今や、のべつ幕なしのケインズ政策。

 財政健全化のカギを握る社会保障改革はどうか。公的年金の給付額を物価上昇より小幅な伸びに抑えることなどを除いて、抜本的な効率化はまた見合わせる。厚生労働省がまとめた医療保険制度の改革案も財源確保を主眼とし、医療費の抑制は二の次の印象だ。

 勤勉で技術力が高く辛抱強い。日独の類似性がいわれるが、経済思想や政策の違いは長い間に両国の経済を別物にした。指導者が担うものの大きさが分かる。

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 少しドイツを褒めすぎのような気もしますが、ドイツの指導者が覚悟を決めて、痛みを伴う改革に真正面から取り組んだのは事実。一方、日本では小泉政権が少し踏み込もうとしたものの、その後のいずれの政権も痛みから目をそらし、国民の歓心を買うバラマキ政治を続けてきました。


 安倍政権も掛け声だけは立派でしたが、社会保障費の抑制や労働市場改革と言った抜本的な改革には手を付けられていません。そして税収の回復をいいことに、相変わらず大盤振る舞いを続けています。財政再建と言いながら商品券をばらまくよう自治体に指示し、来年度も過去最大の大型予算を組むそうです。


 今こそ野党は安倍政権の足らざるところや誤りを指摘し、国民に痛みを伴う改革のビジョンを示さなければなりません。しかし、民主党の代表選をみていると非常に内向きで、とても国民に新たなビジョンを示せるようには見えません。


 痛みを先送りしない、志をもった政治家が求められています。