「こうあるべし」は感情的になってるサイン | いつも居心地よく、こころに自由に

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心と身体のデトックスアドバイザー・セラピスト。アーユルヴェーダ 、トウリーディング提供。アーユルヴェーダ講座監修
諒設計アーキテクトラーニングhttps://www.designlearn.co.jp/ayurveda/
SARAスクールジャパン
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「感情的判断はしていない、正しい判断をしている」
(かくあるべし「should thinking」) 
ということ自体が、じつは感情的な判断であるというパターンもあります。


それは「かくあるべし思考」とよばれます。



これは、「かくあるべし」の枠でしか判断できないというものです。


例えば、
人間は生きている限り働くべしと思っている人が、
うつ病にかかって、働けなくなったときに


「もうだめだ」と考えてしまうなどです。


「人は誰でも、心や身体の状態によって働けないことがあるので、生活保護のような社会保障システムが制度化されているのである」ということに気づいていれば、


そんな悲観的にならずに済みますが
「かくあるべし」に囚われているので


身動きができなくなり、
自分で自分を縛ってしまうのです。


かくあるべし思考の人は自分がその「かくあるべし」の状態で、まわりもその状態でないと許せないという感情を持ちます。


これも感情的になりやすい思考パターンといえます。
これらは人間の判断をゆがめてしまう思考パターンで、

「不適応思考」と呼ばれます。

認知療法を生み出したアーロン・ベックの後継者にあたるアーサー・フリーマンという心理学者が、


うつ病になりやすい人の特徴として挙げています。



また、そのほかに「二分割思考」
といわれるものがあります。


これは、


味方でなければ敵
正義でなければ悪


というように、二分する、
物事を白か黒かにはっきりと分けるような
極端な考え方です。

あいまいさ耐性が低いともいえます。


あいまいさ耐性とは白と黒の間のグレーの部分をどれくらい認められるかということです。


例えば、相手を見るときに


「まあ八割は味方だけれど、
2割ぐらいは敵の要素があるな」

と思うだけのゆとりがあれば、


冷静に話を聞くことができるわけですが、
それができないので

「あいつは敵だ」

と感情的になってしまいます。


その反対にあいまいさに
どれくらい耐えられるかの指標を
認知的成熟度といいます。


例えば
自然界にある食べ物で
ほどよく食べれば薬になり、
食べ過ぎると毒になるということがありますが、


「ほどよく、ほどほど」という概念がない
子供の場合、食べ過ぎることがあり、

それは「毒」になります。

そのため、
親も手の届かないところに置いたりします。



でも成長していく過程で
「ほどよく、ほどほど」の概念を学ぶことで、
さじかげんが分かってきます。


このようにグレーな領域があることが
理解できるということは「認知の成熟度」が高い
ということです。



不安心理に振り回されている人や
パニックになっている人、
あるいは「こうなるに決まっている」と
思い込んでいる人は、


まず、「ほかの選択肢もある」と
いうことを考えられるようになることが大事です。



それによって心理的余裕が生まれ、
判断ミスを防げるようになるのです。