釈尊のお骨の壺が発掘されたストーパから、バスで8分程走ると、
四角い赤レンガを積んで造られた、カピラ城の僧院跡に着く。
平原の中でポツンと突き出た僧院は、子供の頃に作ったブロッグ
玩具「REGO」の砦のようで、キューブ感にあふれていた。
カクカクした門から入ると、大きなスクエア・ガーデンがある。
その中庭の周りを修行僧の (これもまた) 四角い個室が並んでいる。
1辺が5部屋ほどに区切られ、4辺の合計で20部屋ほど?ある。
屋根は風化して崩れたのか、元々、青空教室なのか、何も無い。
僧院では、様々な僧が仏の教えを学ぶ為に、寝食を共にして、
四六時中、修行三昧の日々を過ごしていたのだろうか?
中庭では、大勢の僧が唱える経が、響き渡っていたのだろうか?
向きは不明だが、中央に仏像を安置していたような、台座が残さ
れている。それを仰いで、礼拝が繰り返されていたのかも知れない。
灼熱の夏は、酷寒の冬は、全てを洗い流す、壮絶な雨季は‥
僧たちは此処で、何を思い、何を願い、何を祈ったのだろうか?
四角いパーツを積むレンガ建築に、細かな意匠性は望め無いが‥
「REGO」のような大胆なフォルムは、単純である故に、なおさら
機能美が際だち、また、想像の翼も大きく広がるようだ。
◆ ◆ ◆
私は僧院の壁の上へ登り、ぐるりと歩いて回り、大きさを確認した。
今度は下に降りて、レンガで囲まれた、一部屋に入ってみる。
六畳間ほどの大きさだろうか? 広くは無いが、緊張感がある。
部屋の中央に座り、ゆっくりしたい、と、思うが、周りに気配が無く、
慌てて、四角い 「REGO」の砦から表の世界へと。舞い戻った。
僧院の外壁の一角では、茶色の牛が一頭、昔からずっと其処で
待っていたように、何食わぬ顔で人を迎え、見送っていた。
すでに、四角いデジタル数字は、午後3時を表示している。
確か今日の予定では、釈尊入滅の地「クシナガル」へ着いて、
涅槃堂とラマバール最後の説法地跡に、行くはずだが‥
オイオイ、いよいよ “インド時間” が、動きだしたのか ?
先行き不安も、いっぱい乗せて、バスは「カピラ城」を後にした。
インド仏跡巡礼⑭へ、続く